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【和風ファンタジー】蜘蛛網に白羽の矢  作者: 早瀬史田
村へ

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12/17

話し合い

本頁には、首を絞める描写および性的な内容が含まれます。

後書きに、本頁の概要を記載しております。内容の把握はそちらでも可能です。ご利用ください。

 生贄を辞めると言っても、話はそう単純ではない。食糧や生活必需品を手に入れるため、大っぴらに村を歩くためには、生贄を辞めたことを、認めさせる必要がある。

 誰に。名主様や神主様にもゆくゆくは認めさせなければならないけれど、衣織では、隠れ蓑があったとて、直接顔を合わせるところまで近づけるか分からない。姿を現した時点で斬られてもおかしくない。

 まずは、話を聞いてもらえる可能性の高い関係者。

 それでも、単にいつも通りに話すだけではきっと足りない。

 だから、神の言葉を騙る。


「本当に……衣織、なのか……」

「はい。衣織です」


 お屋敷の座敷で、旦那様と奥様と向き合う。出来る限り背を伸ばして、目に力を込めて。この屋敷にいた頃と同じ、怒られてばかりの役立たずな衣織だとは思われないように。そのために、白膠木や山ぶどうなどから出した色で、化粧もした。

 その効果かどうかは定かではないが、旦那様は見たことがないくらいに怯えている。


「しかし、しかし……どうやって戻った。お前は神の元に、確かに、あの日……」

「凛代さんから聞いていないのですか」

「神からの言葉を伝えに戻った、などという馬鹿げた話を信じろと言うか。獣が掘り返しでもしたのでしょう」


 旦那様では話にならないとでも言うように、青ざめながらも奥様が話を引き継ぐ。


「衣織。お前はのろまでも、人を謀るようなことはしなかったのに。散々世話もしてやったろう」

「もちろん感謝しています。だからこそ、お伝えしなければと思ったのです。

 生贄の儀式は無意味どころか、害悪です。神様は生贄を喜びません。……まして、不要なものを生贄として寄越すなど大変不敬であると、お怒りでした」


 言いながら心のどこかでほんの少しだけ期待していた。不要なものではない、違う理由で生贄に選んだのだと、そんな言葉を。


「まさか、そんなはずがない。あれは村に伝わる由緒正しき儀式です。……生贄が駄目なら、この病害はどうすればいいと言うの、衣織。昨年の苦しみを覚えているでしょう? 今年の収穫は、このままでは、昨年よりもっと少なくなる……」


 ただ目を伏せる。過ぎた期待だった。


「神の言葉を聞いたとして、そいつは他に何も言わなかったのかい。生贄の代わりに望むものはないのか」

「……あの御方に、もし、望むことがあるとしたら」


 失望の中で、彼の声を思う。

 それはきっと、死者への祈り。私たちが過去を思い出すこと。けれど。


「それは、今の私たちには不可能なことです。たった一度の儀式や物品で満たされることはありません」


 座敷に憎々しげな沈黙が満ちる。

 ひとまず伝えたかったことは伝えた。肩の荷が下りるどころか、ずっしりとした重荷を抱えてしまったような気分だけれど、衣織が村のために出来るのはここまでだろう。

 あと、衣織にとって重要なのは、今後どうやって生きるかだ。山での暮らしには慣れつつあるが、塩や服などはどうしても容易には手に入らない。

 この後どうやって話を持っていこうか考えていると、旦那様が奥様に向かって言った。


「なあ。衣織と少しの間、二人にしてくれないかい」


 一体何をしようというのか。


「あなた……。まさか、またあの女のことを」

「いいから」


 奥様も衣織と同様に戸惑ったようだった。けれど、奥様はひと睨みだけ残して、出て行ってしまう。

 旦那様と二人になるのは珍しい。基本的に下女の躾は奥様の仕事だった。


「……何か、ありましたか」


 恐る恐る問いかけると、旦那様はにっこりと笑った。


「なあ、衣織。お前は、自分の母親のことを覚えているかい」

「母――のことは、覚えては、いませんが……」


 何故ここで母の話が出て来るのか。訝しむ衣織をよそに、旦那様は笑みを浮かべたまま話した。


「とても美しい人だったが、不思議な人でもあった。元は旅芸人の一座にいて笛を扱っていたが、彼女が吹くと、草木も鳥も喜ぶように騒いだ。わしらはあの人を、影で天女と呼んでいた。

 だが、お前の母親が選んだのは、山で怪しげな業を行ってばかりの、村一番の痴れ者であった。わしらが信じがたく思っている内に、あの人はお前を産んで死んでしまった。

 長年わしは、何故あんなことになってしまったのかと思っておったが、此度のことで合点がいった。

 きっと、天女であったあの人は、その美しさのせいで、物の怪に取り込まれたのだ」


 唖然としている衣織を気にせず、旦那様は優しげに言った。


「衣織。お前が会ったのは、神ではなく、物の怪だ。騙されているのだよ。このままでは、母の二の舞に終わってしまう」


 すぐに逃げるべきだったと、後に悔いる。けれど思いもよらない話に、この時の衣織は、聞き返してしまった。


「父、が、物の怪だと……? そ、いや、それより、神が物の怪だとして……どうするのですか」

「私が助けてあげよう」

「だからどうやって」

「私の(めかけ)になりなさい」


 「はあ?」と言いそうになった。


「神主などは何か言うだろうが、心配はいらない。生娘でなくなってしまえばこちらのものだ。本当のことを言えば、君を生贄にするのは私は反対だったんだが、妻がうるさくてね……」


 耳から毒を流し込まれているかのような不快感だった。あまりの気味悪さに、視界がくらむ。

 顔が引きつって口がきけない。だが、目と目が合った時、旦那様は何か悟ったように、目を微かに開いた。

 近づく時のぬるりとした印象とは裏腹に、首に巻きついた手は、かさついていた。


「大丈夫だ。よくしてあげるから。ほら、頷きなさい」


 ぐっと喉笛が圧迫されて、本能的に腕が前に出た。狙いも定めず、ただ振り回す。旦那様の腕や顔に当たるが、振り払うには力が足りない。

 視界が、周辺から赤く染まっていく。

 さすがにこの流れは予想外だけれど、屋敷に戻ったらこんなこともあるかもなぁ、とは正直思っていた。生かしておいたって、食い扶持は増えるし、儀式の内容は漏れるし、いつ復讐されるか分からない。逆に、生かしておくことで得られる利点は何もない。役立たずだから。

 ただ、あるかもなぁ、くらいで。ある意味ではそれも楽だから。本気で対処する気はなかった。

 帰る場所が定まるまでは。


「――嫌ッ」


 どれだけあの人のためになれるか、具体的なことはまだほとんど考えられちゃいないけれど、少なくともこの命は、こんな人間にくれてやるためにはない。

 この命には、役目がある。

 ぐっと意識を引き寄せたのと同時に、障子が勢いよく開いた。

 そこには誰の姿もない。旦那様がうろたえた隙に、姿を隠したその人は、思い切り体当たりをしたようだった。衣織の喉から手が離れ、旦那様の体は座敷の端まで吹き飛んだ。ごろりと床に漬物石が転がるような重い音。

 咳き込みながらも、気配のするところへ手をのばすと、力強くつかまれる感触があった。

 ぐい、と引っ張られて、廊下に出る。驚いた面持ちの奥様が立っていたけれど、構わず、縁側から地面へ飛び降りた。

 周囲に人がいなくなったところで、目の前を走る人は口を開いた。


「あんたの靴、納屋の脇んところに隠してある。この変な蓑もそこで返すわ」

「ありがとう!」


 納屋はすぐに見えてくる。周囲を広く見れば、見知った同僚たちがちらほらと立っていた。話しかけられる距離ではなかったが、その中には、幼馴染の姿もある。しかし、衣織の姿があっても、騒ぎになる様子はない。

 凛代が話を通してくれたのだ。


「みんな……よく信じてくれたね」

「さっさとしなさい」

「ご、ごめん」


 靴を履き替えるとすぐに隠れ蓑を渡された。凛代は、ぐっと眉を寄せていた。


「別に、信じた訳じゃないんじゃない。信じたかったんでしょ」


 その目には光るものがあった。彼女が泣いたところなんて今まで見たことがない。しかも、衣織のことで泣くなんて。驚きの混じった、とらえどころのない感情が胸に湧く。


「あの社にいるなら、そのうち遊びに行くわ。どうせ困ってるんでしょうから。何か持っていった方がいいものとかある?」

「そんな。助けてくれただけで充分。この後、私の立場がどうなるかも分からないし」

「いいから。ま、適当に持ってく」

「ありがとう……」


 急かされて蓑を着ると、すぐに納屋の外に向かって押された。顔を見ると、日陰だからか、さっきよりも痩せて見えた。


「じゃ、またね」


 生贄にはならない。その決断は変えない。

 けれど、一時、自分でも正しさが分からなくなった。


「――凛代さん、ごめん、生きてね」


 姿を隠したのだから、もうその必要はないのに、走り出していた。体に馴染んだ景色が、まるで知らない場所のように目に映った。



 今は誰にも会いたくない。社務所に寝転がりながらそう思う。その気持ちを察してか、それとも単に衣織に呼びかけられないからか、蜘蛛様は出て来なかった。

 頭が、混乱している。

 殺されかけたこと、両親の過去や、生贄の役目を果たさない自分を助けてくれた同僚たちのこと、彼らの酷く痩せた顔。

 目的は、結局のところ、達成出来たのだろうか。薄暗い天井を見ながら自問自答する。大手を振って村を歩けるようになった、とは言い難い。むしろ以前よりも危険になったとも考えられる。

 生贄は無意味だと、村の希望を摘んだだけ、かも知れない。

 今はとにかく寝てしまおうと、布団も被らず身を縮めて頭を抱えて、目をつむった。

 眼裏に、赤い光が透けた。

 蜘蛛様に助けられた日に見た空の色と同じ。

 ――目的が達成出来ていなくても、希望を摘んだのだとしても。

 自由に手足が動かせる。今すぐにでも立って、外に出ていくことが出来る。ただ死を待つだけではなく、自ら行動することが出来る。

 蜘蛛様に助けられるばかりでなく、助けになることが出来る。

 とても今の気分を変えることは出来ないけれど、この決断は間違っていたとは言わない。

 一つ息をついて体を起こし、ぼんやりと明るい部屋を見る。壁の隙間から、夕日が差し込んでいた。




衣織は、生贄を辞め、村の人々から隠れずに生活していくために、屋敷の主人夫妻を説得し始める。「生贄は神の意志ではない、むしろ迷惑している」と神の言葉を騙って、二人を説得しようとするものの、奥様は認めようとしない。

そんな中、旦那様が奥様を退出させ、衣織と二人きりになる。いぶかしむ衣織に旦那様は、「衣織が会った存在は神ではなく、人を惑わす物の怪」であり、衣織の母もまた同じように父(物の怪)に取り込まれた、危険だと話し、衣織を守るという名目で、衣織を妾にしようと提案する。


強引に妾にしようと、旦那様は衣織の首を絞める。

衣織は実のところ、暴力を振るわれる可能性も予期していた。以前であればそのまま命を諦めていた可能性もあったが、今は帰る場所があると奮起して、声を上げる。その声をきっかけに、事前に隠れ蓑を渡して、いざという時に助けてくれるように頼んでいた同僚の凛代が介入し、その場を逃げ出すことに成功する。


納戸に逃げていく途中、衣織はその他の同僚が、衣織を見てみぬふりしていることに気がつく。死んだはずの衣織が生きていることをよく信じたものだと衣織が驚くと、凛代は涙を浮かべながら、「別に、信じた訳じゃないんじゃない。信じたかったんでしょ」と彼らの内心を代弁する。


「そのうち遊びに行く」「またね」という凛代の言葉、痩せた姿に、衣織はあらためて生贄を辞めたことが正しかったのかと懊悩し、村を逃げるように後にする。


社務所で倒れながら、生贄を辞めることも成功したとは言い切れない、本当に生贄を辞めるという決断が正しかったのかと、つかの間迷う。しかし、「ただ死を待つ存在ではなく、自分で選び、動ける状態に戻れた」ことも自覚する。


失敗したという気分についてはすぐには変えられないものの、この決断は間違っていたとは言わないと、心に決めて、蜘蛛様に救われた日を思い出すような、壁の隙間から差し込む夕日を見つめる。

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