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聖女に転生したけど中身は世界最凶の暗殺者でした  作者: じゃむばた
聖女と南ディオール地方編
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断界の剣

「これ以上、好きにはさせない」

 

 影のように揺らめく灰黒色の騎士――リュミエルが強く踏み込む。

 足下の硬い地盤が砕け、石片が舞い上がる。鋼色の軌跡が陽炎のような残像を引き、その一閃が人造魔兵の腕を複数、容赦なく両断した。

  

 体重を支えきれず巨体が傾く。

 

 他の腕で踏みとどまろうとするが、リュミエルはカイトシールドを横薙ぎに振るい、伸びた腕をへし折ると、肉と骨が潰れる鈍い音が洞窟に響く。

 

 それでも剣は止まらない。

 

 正確で、速く、そして重い。

 無力さを噛み締めたあの日から、リュミエルは剣を振り続けてきた。明くる日も、その次の日も。

 

 ――聖女ソルフィーユ様を守る剣となり、盾となると誓ったあの日から。

 

「イタイ……イタイよ……」

 

 赤黒く染まった瞳。窪んだ眼窩から赤い涙が零れ、人造魔兵は悲痛な叫びを上げる。

 

「マルタ……タスケテ……タスケテ……死にたくナイ……」

 

 縦に裂けた口から、無数の腕が伸びる。

 標的はマルタ。

 だが――。

 硬質な石壁が隆起し、その侵攻を遮った。

 

「この先は死守するぞ」

 

 バロックが低く告げる。

 背には、小さな手が必死にしがみついている。

 マルタを守り、この窮地を切り抜ける。それだけに意識を集中させる。

 

 ――その時。

 

 地底湖の方角から空気を弾く鋭い音が響いた。

 圧力が横から叩きつけられ、人造魔兵の側面が歪む。

 巨体がついに地面へと崩れ落ちた。

 

「ふう。手柄が取られちゃうよ。ほら、ライナー、しっかり!」

 

「ゴホッ、ゴホッ……し、死ぬかと思った……」

 

 セレナが地底湖からライナーを引き上げる。

 水を滴らせながらも、彼は立ち上がった。

 前線に復帰したことを、リュミエルは一瞬だけ確認して視線を人造魔兵に戻す。

 

 まだ終わっていない。

 赤い瞳が再びこちらを睨んでいる。


「リュミ!」


 人造魔兵を挟んだ反対側から、片刃の大剣を担いだガルドが駆けてくる姿を捉えた瞬間、リュミエルは無言で走り出した。


 骨が軋み、肉が裂ける音。

 人造魔兵が体を震わせると新たな腕が生え、斬り落としたはずの腕も徐々に生え替わっていく。


 一瞬で数え切れないほどの腕が視界を覆い尽くし、人造魔兵の本体すら見えなくなる。


 それでも――二人は突っ込む。


 腕の隙間を掻い潜り、切り裂き、薙ぎ払い、引き千切る。ガルドの暴虐性――身体強化によって全身を巡る魔力が血流が熱を帯び、筋力が一段と跳ね上がる。


 そして、灰黒色の騎士の周囲の空気に緊張が走る。


「――聖騎士の極意」


 リュミエルの周囲で揺らめいていた魔力が、ぴたりと止まり、波立たない、溢れない。


 ただ、圧と純度だけが高まる。


 研ぎ澄まされた『纏い』が刃に収束する。


 上段から振り下ろすされた一撃は幾重にも重なった腕の層、肉と骨をまとめて断ち割る。


 洞窟に鈍い破断音が響く。


 人造魔兵は真っ二つになった。


 ――だが。


 肉が蠢き断面が膨らみ、瞬く間に繋がろうとする。


「アアアッッ! ニクイ……コワイ……コロしてヤル!」


 人造魔兵の頭部が裂ける。


 花弁のように開いた内部から、青白い触手が溢れ出した。


 ぬめるような光沢。


 イソギンチャクのように蠢き、四方八方へと伸びる。


 その先端が一直線にリュミエルを狙うと、空気が裂ける音を置いて触手が迫る。


 リュミエルは真正面から踏み込んだ。

 避ける必要はない、ただ流れを読み――斬る。


 刃が青白い触手を断ち、粘液が飛び散る。だが切断された先からさらに枝分かれするように増殖し、視界を覆う。


「先輩、右に三!」


 ライナーの声が微かに聞こえ、本能のままに右に散歩飛ぶと、触手の包囲を抜けられた。

 リュミエルが先ほどいた場所は、触手が無数に集まり地面を抉っていたのを見て、リュミエルの背中に冷たい汗が伝う。


 水滴を振り払いながら、ライナーは地底湖の縁を蹴って加速する。そして正確無比な一閃が触手の根元へと吸い込まれる。


 切断するが、だがまだ足りない。


「風の精霊よ、圧縮し――弾け! 『風烈弾』」


 空気が震え不可視の圧力弾が放たれ、直撃すると地底湖の空間に破裂音が反響した。


 触手の束がまとめて吹き飛び活路が開く。


「「今!」」


「おう! まかせろ!」


 仲間たちの声が重なりガルドが応える。

  

 ガルドの脚が膨れ上がる。

 筋肉が爆発的に収縮し、地面を砕きながら跳躍。

 天井近くまで一気に達すると、さらに岩肌を蹴る。


 重力を味方につけ、一直線に人造魔兵へ飛び込む。


 落下地点を瞬時に読み取ったリュミエルは、深く息を吐き、地を蹴る。 


 その瞬間、上空から影が落ちる。


 ――ガルドだ。天井を蹴った反動を最大限に活かし、片刃の大剣を両手で握り締める。


「――ぶち抜けぇぇぇぇ!」


 重力を纏った落下斬が人造魔兵の頭部中央へ直撃。

 骨が砕け、肉が弾け、衝撃波が地面を抉ると地底湖が大きく波打つ。


「やったか?」


 ライナーが呟くが――


 頭部が再び蠢き、裂け目からさらに触手が溢れ、ガルドの腕へ絡みつく。


「くっ……!」


 締め付けが食い込み骨が軋む音が耳元に届き、ガルドの顔に苦悶の表情が浮かぶ。


「ガルド!」


 ライナーが走るが間に合わない。


 その時。


 地底湖に流れる魔力の流れが変わった。

 音が消え、リュミエルを中心に収束する。

 呼吸が深く揺らぎがない。

 纏いが極限まで研ぎ澄まされ、刃の周囲の空間が歪む。


「……ここまでです」


 足下の地面が沈む。


 触手が迫るがだが届かない。

 リュミエルの纏いが触れるだけで触手が崩れる。


「断て――」


 刃が水平に構えられる。


 時間が極限に伸びる感覚、そして――


「――極断界剣(きょくだんかいけん)!」


 踏み込みと同時に横一閃、音を置き去りにして世界が割れる。


 人造魔兵の中心核――胸部の赤い輝きが露わになる。


 斬撃は腕でも肉でもなく『核』そのものを両断した。


 眩い閃光、光が爆ぜる。


 地底湖を真っ白に染め上げ、ライナーたちは光を遮るように顔を覆う。

 

 断末魔が空間に連鎖して木霊する。

 苦しみ、痛み、恨み、そして悲しみ。

 負の感情が幾重にも重なり混ざり合い、そして、人造魔兵だった者、フロンタン少年の表情が一瞬和らぐ。


「マ……ル……タ……」


 赤い瞳が揺らぎ、光を失う。


 全ての腕が崩れ落ち、触手が灰のように崩壊すると、巨体がゆっくりと膝をつき、崩壊しながら倒れた。


 衝撃が地面を揺らすと、灰が巻き上がった。


 ガルドが触手の残骸から頭を出し「……おいおい、俺ごと切りやがって」と、文句を言っているが「ま、倒したからいいか」といいながら、全身を震わせて灰を落としていた。


「再生が止まった。あそこに核があったのか」


 ライナーも腰を降ろし疲労の表情を隠しきれない。

 セレナもライナー側でゆっくりと息を吐く。


 リュミエルは剣を下ろし崩れ落ちた子供の亡骸を見つめた。


 赤い光はもうない。

 ただ、元の小さな身体の一部がそこに横たわっていた。


 ▽


 人造魔兵が暴走し、完全に制御不能と判断した二人は、勝手知ったる坑道を疾走していた。


「正規品の魔兵核だぞ。なのに異常を起こしただと? どうなってやがる」


 槍を担いだ男が前を走る背中へ吐き捨てるように言う。


「……魔兵核は失敗作ではない。素材も基準値内だった」


 淡々と返す声。


「じゃあ何で暴走した? あんな現象、見たことがない。無限増殖みたいだったぞ……って、おい、急に止まるな」


 前方の人物が足を止める。


 槍を担いだ男は舌打ちしつつも、即座に周囲へ視線を巡らせる。


 フードの奥から冷静な瞳が振り返った。


「ゼロスティア。あの場にいた冒険者の中に、おかしな数値を出していた個体がいる」


「へぇ……素材になりそうか?」


「未知数だ。ただ、そいつの放つ波長が、魔兵核に干渉を起こしたのは事実だ」


「ルキサリアが言うなら、そうなんだろうな」


 ルキサリアと呼ばれた者はフードを外すと、蓄光石の淡い緑光が、その整った顔を照らした。冷静で、感情の揺らぎを感じさせない目。


「私の収集したデータによれば、あの波長は“神力”と酷似している」


「はぁ? 神力ぅ?」


 呆れたように笑いかけ、しかし次の瞬間、表情が変わる。


「……それ、マジか?」


「古い記録だが、一人だけ聖女が帝国へ亡命してきた事例がある。その時の波長と一致率が高い。あそこに聖女がいた可能性は、否定できない」


 沈黙。


 坑道を抜ける風の音だけが響く。


「……リーダーに報告だな」


 ゼロスティアは低く呟く。


「それより、この鉱山はどうする?」


「決まっている」


 ルキサリアは壁際に設置された箱へ手を伸ばす。


「証拠は消す」


 蓋を開け、内部のレバーを一気に引き下ろした次の瞬間。


 地底湖の方角から連鎖する爆発音が轟く。

 天井が揺れ、砂塵が降り注ぐ。


 崩落が始まった。


 ゼロスティアとルキサリアは視線を交わす。

 そこに迷いはない。


 振り返らず、出口へ向けて駆け出す。

 背後で坑道が悲鳴を上げるように崩れ落ちていった。


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