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聖女に転生したけど中身は世界最凶の暗殺者でした  作者: じゃむばた
聖女と南ディオール地方編
94/119

坑道の奥底から

 足音が坑道の奥から不規則に響いてくる。


 次の瞬間――


 暗がりから飛び出してきたのは、一人の子供だった。

 なぜこんな場所に、という疑問が浮かぶより早く、子供はその場に崩れ落ちる。


「おい!」


 ライナーが駆け寄る。


 警戒を解かぬまま、月下の牙の面々も周囲を固めた。

 抱き起こされた子供の姿に誰もが息を呑む。


 全身、擦過傷だらけ。

 泥と血にまみれ、服は裂けている。


 特に足は酷かった。素足で走ったのだろう。皮膚は裂け、石で削られ、血が滲み続けている。


「セレナ!」


「任せて!」


 精霊の光が子供を包む。

 だが、出血を止めるのがやっとだった。


「代わります」


 ソルフィーユが静かに告げる。


 神力を込めた『治癒』。


 淡い光が広がり、傷口がゆっくりと閉じていく。

 裂けた皮膚が再生し、荒れていた呼吸が整う。


 やがて、子供の胸の上下が安定した。


「……助かったか」


「命に別状はありません」


 だが疑問は消えない。


「この子はなぜここに?」


「ペルジーオでは最近、失踪者はいないと聞きましたよね」


 リュミエルの言葉にソルフィーユは頷く。

 では、この子はどこから来たのか。


「まさか……失踪事件と関係があるんじゃねぇか?」


 ライナーが低く呟く。


「可能性はあります。ですが――」


 目を覚ますのを待つしかない、と言いかけた、その瞬間――


 ガルドが鋭く振り向き大剣を構える。


「……また来る」


 空気が震える。


「足音だ。さっきより重い。……人間じゃねぇ」


 奥の暗闇から確かに響く、規則的ではない複数の足音。


 石を擦る音。

 低く湿った呼気。


 ソルフィーユは子供をライナーから受け取り、後方へ下がる。


「陣形!」


 ライナーの号令で月下の牙が即座に動く。

 前衛が展開し、セレナが詠唱に入る。


「ソルフィーユ様、私の後ろに」


 リュミエルが抜剣し、盾を構える。


「お願いします」


 松明の炎が揺れ、闇の奥で何かが蠢くと、坑道の闇からぬるりと緑色の刃が滑り出た。

 鋭利な鎌が水晶を削り甲高い音を立て、削れた結晶がぱらぱらと砕け落ちた。


 次いて、重い体を引き上げるような動き。


 闇を押し分けて現れたのは――


 魔物でありながら人の輪郭を残した化物だった。


「……なんだ、あれは」


 ライナーが低く呟く。


 下半身は巨大なカマキリ。

 節くれだった脚が岩を掴み、硬質な外殻が鈍く光る。

 だが上半身は人間に酷似している。

 肩、腕、胸郭。


 そして――口。


 頭部から腹部へと縦に裂けた裂け目の奥に、無数の歯が並んでいる姿から、先日遭遇したあの異形と酷似していた。


 松明の炎が揺らぎ、その姿を歪ませ、異型の怪物の姿を見たライナーは、皮膚の奥がひやりと粟立つ。


「キリキリキリキリキリ――」


 頭部の口が左右に裂け、耳障りな鳴き声を撒き散らす。


 両腕の鎌を構え、迷いなく一歩を踏み出した。


「ガルド!」


「おうよ!」


 ガルドが疾走し、側面へ滑り込み死角を取る。


 化物は即座に追従した。

 節足が軋み上半身が捻れる。


 ヒュッ――


 セレナの矢が頭部へ突き刺さる。

 だが、止まらない。


 鎌の角度が変わり、狙いがセレナへ向く。


「させるか!」


 ガルドが後脚へ斬り込むと、鋼が岩を打つような衝撃。


「――硬ぇ!」


 刃は食い込まず跳ね返ってしまった。

 さらに、剣を握った手から肘にかけて痺れる痛みが脳に伝わり、ガルドの表情が歪む。


 返礼のように振るわれた鎌が、予備動作もなく横薙ぎに迫る。


 ガルドは大剣を盾にてわずかに軌道を逸らすが、衝撃をを完全に殺すことはできず、水晶に打ち付けられる。


 獲物を捕食しようと、頭部から腹部まで裂けた口から粘着質の液体を垂らしながら開く。 


 ライナーが前へ出る。


「カマキリ野郎! こっちを向け!」


 盾を叩き音を響かせると、カマキリの化物は苛立ちを隠そうともせず、複眼がぎらりと光った。

 


 ――月下の牙が異形と刃を交えている最中。


 ソルフィーユに抱かれていた子供が小さくうなされると、まぶたが震え、ゆっくりと開く。

 焦点の定まらない視線が、やがてソルフィーユを捉えた。


 その瞬間――


 子供は目を見開き、恐怖に染まった顔で身をよじると、ソルフィーユを突き飛ばすようにして腕の中から離れた。


「ソルフィーユ様!」


「大丈夫です」


 ソルフィーユは転びもせず静かに手を広げる。


「私たちは何もしません。ここにいれば、あの魔物に襲われることもありません」


 震える視線が戦闘中の化物へ向く。


 化物と戦う数名の人間が見え、怪物の鎌が閃き火花が散る。


「わあああっ……ぼ、僕たち、殺される!」


「大丈夫です。彼らは実力のある冒険者です」


 ソルフィーユは意識して穏やかな声で語りかける。


「安心してください。……名前を教えてくれますか?」


 子供は荒い呼吸のまま二人の顔を交互に見た。

 やがて、震える手を胸元で合わせる。


「ぼ、僕は……マルタ」


「いい子ですね、マルタ」


 ソルフィーユは視線を合わせる。


「私たちはペルジーオから来ました。ここは水晶鉱山と呼ばれています。どうして、ここに?」


 その問いに、マルタの顔が歪む。


「……攫われたんだ。お父さんとお母さんといたのに……急に……」


 言葉が途切れ、今にも崩れそうな心をソルフィーユはそっと抱き寄せると、小さな体は冷たく感じた。


「大丈夫。ここには、もう誰もあなたを傷つける人はいません」


 しばらくして、マルタは震えながらも顔を上げる。


「気がついたら、ここに連れてこられてて……その先で……」


 指先が闇へ向く。


「恐ろしいことが起きてるんだ」


「落ち着いて。何があるのですか?」


 坑道の奥は底知れぬ闇に沈み、風が抜ける音か、それとも獣の呼気か。

 ――その響きは不安の音色を含んでいた。


「わからない。でも……僕たちみたいな子供に、何かをするんだ。そうしたら……あんなふうに……」


 必死に思い出し声が震える。

 マルタが見た光景を想像したソルフィーユたちは一瞬息を飲む。


「小さな子もみんな、あそこで……」


 マルタの喉から小さな嗚咽がこぼれた。


 ここへ辿り着くまで、どれほどの恐怖を飲み込んできたのか、頬を伝う涙がそれを雄弁に語っている。

 治癒によって消えた傷も、少年がすべてを置き去りにして逃げてきた証だ。


「大丈夫。私たちが調べます。今は少しだけ、休んでください」


 穏やかな声は震える心に届いたのだろう。

 マルタは戦闘の続く方へと視線を向ける。


 ――その瞬間。


 バロックの精霊魔法が発動する。

 地面が唸り石礫が弾丸のように飛ぶ。


 岩を貫くような鈍い衝撃。

 外殻に亀裂が走り、巨体が大きく傾いた。


「今だ!」


 ライナーが懐へ滑り込む。

 剣先を残る脚の関節へ突き込み、抉るように捻る。


 関節の筋が断たれた嫌な音が坑道に響いた。


 バランスを失った巨体が、腹から地面へ叩きつけられる。


 だが――


 怒りに任せた鎌が地を削りながら跳ね上がり、一直線にライナーの首元へ。


 その軌道を矢が断ち切った。


 鎌から胴へ続く腕の関節一つひとつに、正確に矢が突き立つ。


 筋が断たれ、腕がぶらりと垂れ下がった。


「ナイス、セレナ!」


「まだよ! ガルド、樽爺!」


 外殻の裂け目から肉が蠢く。

 潰れたはずの脚が再生を始める。


 その中心へ轟音が落ちた。


 ガルドの大剣が胴の節を力任せに叩き割ると、硬質な殻が砕け内部が露出する。


 黒ずんだ内臓が飛び散った。


 さらに――


 バロックが土の精霊を使い頭上の水晶を操ると、天井から外れた巨大な結晶の塊が、ゆっくりと、しかし確実に落下する。


 鈍い衝撃と押し潰される音が響く。

 

「ギイイイイイ――!」


 断末魔が坑道を震わせる。

 それは痛みか、怒りか、あるいは憎悪か。

 鼓膜を刺す振動が、皮膚の内側まで響く。


 やがて――


 硬質な装甲が割れ、ぐしゃりと果実が潰れるような音を立てて巨体は沈黙した。


 蠢いていた再生もやがて止まる。


 坑道に残ったのは、血と粉塵と、生き残った人間の呼吸の音だけだった。


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