水晶鉱山
――バートリー男爵への表敬訪問から二日後。
鉱山について調べた結果、複数の鉱山を視察する案が浮上した。
一つは、鉄鉱を産出する現役の鉱山。
古くから今なお採掘が続いており、ペルジーオの鉱夫の大半がここに通っているという。
そして、もう一つ。
水晶鉱山。
かつて巨大な水晶を産出し、バートリー家が爵位を得る契機となった場所。
だが現在は廃坑とされ、立ち入りはない――表向きは。
「深夜、その周辺で人の出入りを見たって話を聞いた」
ライナーが、南ディオールが描かれた地図を広げながら、ある場所を指さす
「酒場で拾った情報だ。信憑性は微妙だが、無視はできない」
「その話、気になりますね」
「ペルジーオから二日ほど。ここ、バフォル山脈寄りだ」
指先が地図の奥まった地点を示す。
「帝国領とも近いのですね」
聖王国ディオールの西には、カレドニア帝国が陸続きで広がっていて、王国の五倍の領土を持つ軍事大帝国だ。
「バフォル山脈が天然の壁になっていて帝国と摩擦はない。で、ソルフィーユ様の懸念が当たっているなら……俺たちも同行する」
「視察を兼ねて様子を見るだけですよ?」
「おい。俺たちは何のために護衛を引き受けたんだ。二日も離れる場所だし、万が一があれば俺たちの責任問題になる」
ライナーはソルフィーユの発言に前のめりになって異論を挟んだ。
「そうじゃ、ワシらも遊んでいるわけではない。……まあ、鉱山は久しぶりだからな。個人的に興味もある」
エールの入ったジョッキを飲みながら、バロックは少し楽しそうだ。
「樽爺、それが本音でしょ! まったく、雇い主が勝手に危険地帯へ行くのはやめてほしいわ。私たちも行く」
セレナには苦労を掛けているので、申し訳ない気持ちになった
ただの視察目的で行くついでに何か見つかれば良いと、軽い気持ちで言ったのだが、月下の牙が請負った依頼のことを考えると軽率な考えだったと、ソルフィーユは少し反省する。
「わかりました。準備が整い次第、水晶鉱山へ向かいましょう」
「「了解」」
声が重なる。
月下の牙の面々は即座に動き出し、必要な物資の調達へ散っていった。
「さて、リュミエル。私たちも準備を」
「はい。……何も見つからなければよいのですが」
ペルジーオ周辺には複数の鉱山がある。
坑道も入り組み、怪しい場所を特定するのは容易ではない。
だが、目撃情報と、バートリー家の歴史を照らし合わせれば――絞り込める。
「何もなければ、次を探すだけです」
ソルフィーユは窓の外、遠く連なる山脈を見やると、今後について思考を巡らせる。
子供失踪事件について、何かしらバートリー男爵は関与していると思われる。
できれば一人でも多く救えれば良いと思っている。だが、子供たちがまだ、そこに居ればの話だが……。
「ああ、念の為にペルジーオの教会に居る神官宛に手紙を出していただけませんか?」
「かしこまりました。ペルジーオの教会ですね」
ソルフィーユは一通の手紙を書き終えるとリュミエルに手渡した。
▽
水晶鉱山までは、東へ馬車でおよそ三日。
道中、目立った問題は起きなかった。
ペルジーオも難なく出られ、後をつけてくる気配もなく、拍子抜けするほど平穏な旅路だった。
馬車から見える景色を眺めてみると、森はすでに葉を落とし、灰色の枝が空へ伸びている。
その足元――道の脇には、白や透明の石が点々と散らばっていた。
それに気づいたリュミエルが馬車を降り、いくつか拾って戻ってくる。
「ソルフィーユ様、これは水晶でしょうか?」
手渡されたのは、白い石に小さな透明の結晶が張りついた塊だった。
「石英ですね。この透明な部分が、水晶と呼ばれるものです」
「わぁ……宝石が、こんなに落ちているなんて」
「それはクズ石ですよ」
「え? そうなんですか?」
「水晶は大きさや色、透明度で価値が決まります。これは加工に向きませんし、装飾品にもならないでしょう」
「なるほど……勉強になります」
リュミエルは名残惜しそうに石を手放した。
やがて馬車は山麓へ差しかかると、岩肌に、ぽっかりと口を開けた暗い穴が見えた。
「よし、情報通りだな」
ライナーが馬車を止めると、一行は静かに降り立った。
「バロック、どうだ?」
「ふむ……人の出入りはある。それも、つい最近じゃな」
低い声が坑口へ吸い込まれと、空気がわずかに張り詰めた。
セレナが周囲を警戒し、ガルドは鼻をひくつかせ、耳をわずかに動かす。
「特に妙な匂いはねぇな」
「気配も薄いわね」
「……では、馬車をここへ置き、内部を確認しましょう」
荒れてはいるが元鉱山というだけあって、人の手が入った痕跡はいくつも見える、
その中で、坑道入口の脇に古びた厩舎が残っていた。
馬を繋ぎ、魔物避けの香を焚く。
これでしばらくは安全だろう。
「それでは、バロック。先頭をお願いします」
「まかせんしゃい。坑道はワシの庭みたいなもんじゃ」
水晶鉱山の探索には、バロックの力が欠かせない。
元鉱夫であり、ドワーフの血を引く彼は、坑道の癖を読む。
空気の流れ、岩の質、足音の反響――それらを感覚で掴むのだという。
無闇に迷路を進む必要はない。
彼の能力をもってすれば迷わず戻ることもできる。
ゆえに今回は、月下の牙の陣形は自然と決まった。
暗い坑道へ、ゆっくりと足を踏み入れる。
坑道へ足を踏み入れた瞬間、気温が急激に落ちた。
ひんやりとした空気は、外気よりもなお冷たい。
息が白くなる。
「さ、寒いですね……防寒着を着てきて正解でした」
「ええ。坑道というのは、こんなにも冷えるものなのですね」
リュミエルは厚手の外套を羽織っているにもかかわらず、腕を抱きしめる。
「場所によるな」
バロックが鼻を鳴らした。
「ワシがいた鉱山は湿度が高くてのう。地下にマグマが流れておったせいか、四十度を超えることもあった。死ぬかと思ったわい。ガッハッハ」
「バロック殿は凄い鉱夫だったのですね!」
「凄くはない。ワシの国では、鉱夫か鍛冶師になるしかなかっただけじゃ。鍛冶の才がなかったから鉱夫になった。それだけの話よ」
笑いながらも、その声はどこか乾いていた。
リュミエルはそれ以上踏み込まない。
ソルフィーユも、以前から彼が過去を語りたがらないことは察していた。
だが、短い言葉の端々から、彼の歩んできた道の重さが垣間見える。
坑道を進むこと二時間余り。
やがて、わずかに開けた空間へ出た。
「ここで一度、休憩を取ろう」
セレナの精霊魔法が周囲を淡い光を補うと、その光が天井へと反射すると、無数の水晶が淡く輝く。
暗闇の中に星空が広がったかのようだった。
「……素晴らしいですね」
「ええ。大聖都ミレニアでは見られません」
静かな光景を見上げながらソルフィーユは思い出す。
ソルフィーユのやりたいことリストの数は多い。
だが、こうして一つずつ、知らなかった景色を目にしていく。それだけでも今日のような旅をする意味はある。
「しかし……この水晶鉱山」
バロックが低く呟く。
「十年以上前に廃坑になったとは思えん。まだ、生きておる」
「生きている、とは?」
ソルフィーユが視線を向ける。
「ワシの見立てでも、まだ良質な水晶は採れる。この原石も、銀貨十枚は下らん」
壁から突き出た水晶に触れる。
「他にも気になることがある……風の流れが多い。出入口は一つではないな。いくつもあるはずじゃ」
――その瞬間、ガルドの耳がぴくりと動いた。
「……奥から足音だ。何か来る」
静寂が、一気に張り詰める。
武器が抜かれる音が坑道に響いた。




