鉱山の町ペルジーオへ
村の復旧は深刻なものではなく、魔物の遺体処理に二日を要した程度で済んだ。
聞いた話によると、大半はゴブリンだったが、中には蜘蛛や虫の魔物も混じっていたらしいが、ソルフィーユは遭遇しなかった。
それらの魔物は、月下の牙と村の男衆の手で集められ、バロックが空けた大穴へと投げ込まれていく。
火をつけて焼き払い、燃え尽きた後に土をかぶせる。
そうすれば死体を魔物に荒らされることもない。
「お疲れ様でした。これなら、明日には出発できそうですね」
「いや……ソルフィーユ様の旅なのに、足止めしてしまって申し訳ない」
「お気になさらないでください。長い旅には、トラブルはつきものです」
護衛という立場でありながら、ライナーは今回の一件を放置せず、率先して村のために動いていた。
「あーもう! 幸先悪すぎじゃない? 変な聖騎士にはつけ狙われるし、魔物の大群には襲われるし!」
「これ、まな板娘。結果的に村を救えたのなら、悪くなかったではないか」
「それはそうだけど……最近、空気おかしくない? 精霊も、なんかいつもと違う感じがするのよ」
「ふむ……数ヶ月前から、大気中の魔力の流れが変わったのは確かじゃ。原因は分からんが、魔物災害と関係しておる可能性は高いの」
セレナとバロックの会話を、ソルフィーユは静かに聞いていた。
恐らく――私とネハル拷問神官が行った、あの儀式の影響だ。
だが、その儀式の全容は、ソルフィーユ自身にも完全には知り得なかった。
王国上層部は把握しているようだったし、その意図までは見えなかった。
「皆さんに、まだお伝えしていないことがあります」
ソルフィーユは一同を見渡し、一泊おいて続ける。
「私の旅は王命によるもので、聖王国内で起きている異変の調査も含まれています。今回の件も、教会を通じて聖庁へ報告するつもりです」
「やはり……何か起きているんだな。しかし、そんな重要な任務を、聖女一人に任せるのは荷が重くないか?」
「……そうですね。王国上層部も、何かしらの意図があって、私を大聖都ミレニアの外へ出したのでしょう」
そして――
「その隙を狙い、私を襲う者が現れる。今回のように、ですね」
「はぁ……やっぱり今回の護衛任務、過去一ハードになるわね」
「望むところだぜ! 向こうから襲ってきて、合法的にぶっ飛ばせるなら、俺は大歓迎だ!」
「……ついていけないわ」
ガルドの能天気な言葉に、セレナは完全に匙を投げた。
「申し訳ありません。これから先、魔物だけでなく、私を狙う者や計略を掻い潜る旅になります」
ソルフィーユは静かに頭を下げる。
「ですが――皆さんの力は信じています」
「ははっ。なら、この旅でさらに強くなって、Aランク冒険者を目指そうぜ!」
「Aランクになれば、報酬も増えるし、うまい酒も飲めるようになるしのぉ」
軽口を叩き合いながらも誰もが感じていた。
この旅はもう『普通ではない』と。
――翌朝、ソルフィーユは村の司祭に一通の手紙を託した。
宛先は聖王国のレイディア教皇。
私が見たもの感じたこと、村民や討伐に当たった月下の牙の面々から聞き取った情報をもとにまとめている。
ゲイズの件については、あえて触れなかった。
今は知らせる必要がない――そう私は判断したからだ。
馬車は、ゆっくりと村を後にする。
手を振って見送る村民たちを見渡すが、やはり不自然な光景だった。
「リュミエル。子供はいませんでしたね」
「はい。私も改めて確認しましたが、成人前の子供は一人もいませんでした」
本来、どんな村にも子供はいるのに、それが一人もいないという事実は、異常以外の何物でもない。
「失礼を承知で、何組かの夫婦にも話を聞いてみましたが……」
リュミエルは、言葉を選ぶように一拍置く。
「……数年前から、あの村だけでなく、周辺の村でも子供の大量失踪が起きているそうです」
「……」
ソルフィーユは静かに思考を巡らせる。
聖王国内では時折、子供の行方不明事件が起きている。
だが、それらは単発で偶発的なものとして処理されてきた。
「謎の事件簿に記載されていた、大聖都ミレニア内の失踪事件……。もし、同一犯、あるいは同一組織の犯行だとすれば――」
言葉を区切り、続ける。
「地方の方が攫いやすい。あるいは……本拠地が近い、という可能性もあります」
それでも腑に落ちない点が残る。
「これほどの規模の事件であれば、本来、大聖都ミレニアに情報が入ってきてもおかしくありません。にもかかわらず、表に出てこない……」
「もしかすると」
リュミエルが、静かに口を挟む。
「謎の事件簿を書いていた影の執筆者は、警告していたのかもしれませんね」
「……その影の執筆者も、数ヶ月前から更新が止まっています」
ソルフィーユは、ノワレ司書長の言葉を思い出す。
「何かに気づき、そして――何かが起きた可能性もあります」
さらに別の線が頭をよぎる。
ライム誘拐事件。
その犯人である魔族の女は、南ディオール地方について意味深な言葉を残していた。
偶然とは思えない。
点は確実に線になりつつあり、確信めいた思考を胸の奥に沈めたまま、馬車は確かにバートリー男爵領、ペルジーオへと進路を向けた。
それから二日、旅路は驚くほど順調だった。
道中に現れる魔物はすべて撃退でき、行程に支障が出るほどの戦いにはならない。リュミエルも時折前に出て、なまった体をほぐすように剣を振るっていた。
さらに一日進むと、道の起伏は激しさを増し、山間を抜ける時間が長くなる。
澄んだ清流に沿って続く道を進み、やがて視界の先に大きな街の姿が現れた。
「これがペルジーオ……立派な町ですね」
町を一周するように石造りの壁がそびえ立ち、外敵を拒む意志そのもののように見える。
街へと繋がる街道は複数あり、行き交う馬車の荷台には、切り出されたばかりの石の塊が無造作に積まれていた。
「ペルジーオの主な産業は鉱山です。昔は水晶が採れていましたが、今は銅や鉄、それに――稀ですが、金も出るそうですよ」
「それほど重要な土地なのに、バートリー男爵は男爵止まり……不思議ですね」
リュミエルの説明を聞きながら、拭いきれない違和感が胸に残る。
それでも汗にまみれながら忙しなく働く鉱夫たちの姿を見る限り、町の活気そのものは本物のようだった。
――ペルジーオの門に辿り着いたとき問題は起きた。
「だーかーらー、私たちは仕事で来てるんだってば!」
「通行証と通行料が必要だ。それが無ければ、ここを通すわけにはいかん」
セレナと門兵が門の前で声を荒げている。
耳に入ってくる話をまとめると、この町では通行証と通行料の両方が必須で、それが無ければペルジーオに足を踏み入れることすら許されないらしい。
「そもそもだ。このボロい馬車に貴族様が乗っているはずがないだろう。証明できるのか?」
これ以上こじれる前に、ソルフィーユは幌馬車から静かに降り、門兵の前へと歩み出た。
「ふん……。わたくし、ローラ=エクスリプス=デ=ベルサール。聖王国ディオールより、わざわざこんな何もない辺鄙な場所まで足を運んだというのに……この扱いは、いささか酷ではなくて?」
声音は柔らかいが視線は鋭い。
「これがバートリー男爵の歓迎の仕方かしら? それとも――あなた、わたくしに無礼を働いているつもり?」
その一言に門前の空気が凍りつく。
いつか目にしたあの演技だと悟り、リュミエルは無言のまま一歩後ろに立った。
一方、後方で様子をうかがっていた月下の牙の面々には、明らかな動揺が走る。
「べ、ベルサール家……!? も、申し訳ございません! しかし、規則でして……通行証が無ければ――」
「その通行証、どこで発行しているのかしら?」
ソルフィーユは間を詰めるように一歩踏み出す。
「わたくしたち、長旅でとても疲れているの。それに、バートリー男爵にもご挨拶をしなければならない身……」
口元にわずかな微笑みが浮かぶ。
「――分かっているわよね?」
門兵は唾を飲み込む音さえ大きく響くほど、押し黙った。




