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聖女に転生したけど中身は世界最凶の暗殺者でした  作者: じゃむばた
聖女と南ディオール地方編
88/122

祈りの中にいない者

 日が昇り、村に差し込む太陽の光が、冬の冷えた空気をゆっくりと温めていく。

 村に残るのは血の匂いと、ゴブリン特有の鼻を突く異臭。それらは村民たちの手によって処理され、大きく掘られた穴へと次々に投げ込まれていった。


 傍らに置かれた木箱の中には、小さな赤い石――魔石が集められている。


「月下の牙の皆様、本当にありがとうございます」


 白髪の老人が、ライナーに深く頭を下げた。


「それだけではありません。これほどの魔石まで分けていただけるとは……感謝してもしきれません」


「気にしなくていい。俺たちは、そのために戦ったんだ」


 そう言ってライナーは、右手に握った魔石を見下ろす。

 拳大の赤黒い魔石。

 あの異形の魔物の体内にあったもので、他の魔石とは明らかに違う。

 内包されている魔力の量が、異常と言っていいほど濃い。


「そういえば、聖女様があなたをお探しでしたよ」


「そうか。教えてくれてありがとう」


 ライナーはそう答えると、教会の方へと足を向けた。


 ソルフィーユは、村へ戻った後も休むことなく、戦闘に参加した村民たちの治療を優先しているはずだ。


「おーい、ガルド」


 壊れた家屋の解体を手伝っている、ガルドの背中を見つけて声をかける。


「おう。こっちは、だいたい片付いたぜ」


「お前もいい加減怪我を診てもらえよ」


「セレナは魔力切れで寝てるんだよ」


「だからだ。ソルフィーユ様に頼め。今、教会にいるだろ?」


「ソルか……」


 ガルドは少し間を置き肩をすくめた。


「まあ、頼んでみるか」


 ライナーとガルドが教会に足を踏み入れると、ソルフィーユは祭壇の前に立ち、聖句を唱えながら村民たちに聖レイディア教の教えを説いていた。

 ステンドグラスを通した朝の光が差し込み、ソルフィーユの銀色の髪を照らす。光を受けた髪は七色にきらめき、白い肌はまるで純白の陶器のように滑らかに映えていた。


 おとぎ話の挿絵に描かれる『聖女』――、その言葉が、そのまま形を持ったかのような光景に、ライナーは思わず息をのむ。


「よっ、ソル。今、大丈夫か?」


「おい、ガルド。空気を読め。今はソルフィーユ様の仕事中だぞ」


 その声に、ソルフィーユの聖典朗読が静かに止まった。


「……本日は、ここまでです。皆様、昨夜は大変な目に遭われましたが、きっとこれも女神レイディア様のお導きなのでしょう。どうか互いに手を取り合い、共に乗り越えて参りましょう」


 教会に集まっていた村民たちは、次々とソルフィーユに礼を述べ、静かに教会を後にしていく。


「ソルフィーユ様、邪魔をして申し訳ない」


「いえ。ライナーを呼んだのは私ですし、ガルドも、早く怪我を診ましょう」


 教会奥の個室へ向かうと、ソルフィーユは椅子に腰を下ろし、ガルドに近くへ来るよう促した。


「……全身打撲ですね。ですが、大した怪我ではありません」


「いやいや、全身ボロボロだぞ。すげぇ痛ぇ。あのデカブツ、タフすぎだろ」


「そんな凶暴な魔物が……生きて戻れて、本当に良かったです」


 ソルフィーユはすべてを見ていたが、あえて触れなかった。

 ガルドもまた、戦闘中に感じていた違和感を口にすることはなく、彼女が何も言わない理由を察していた。


「はい。これで治りましたよ」


 言葉と同時にソルフィーユの神力が流れ、ガルドの傷は瞬く間に消えていた。


「うおっ……神力ってすげぇな。精霊魔法の治療より早いじゃねぇか。もっと早く頼めば良かったぜ」


「次からは我慢せずに来てくださいね」


「おう!」


 ガルドは軽く跳ねるように立ち上がり、体をひねりながら調子を確かめる。

 引き締まった筋肉と毛並みは、戦いの跡を感じさせないほど健全だった。


「ソルフィーユ様」


「ああ、ライナー。お待たせしました。お伝えしたいことがあります」


 ライナーは姿勢を正し、彼女の言葉を待つ。


「今回の騒動はゲイズが仕組んだもののようです」


「本当か? なら捕まえて吐かせないと――」


「それは難しいでしょうね」


 ソルフィーユは、窓の外に広がる村の風景へと視線を向けた。


「彼は、すでにこの世にはいません」


「……なぜだ?」


「昨夜の騒動に巻き込まれて亡くなったようです。詳しい確認は取れていませんが」


 ゴブリンの大群、そして異型の魔物。

 あの混乱の中にいれば無事でいられる方が不自然だ。


「……わかった。とりあえず、旅の障害が一つ消えたのは助かるな。俺はまだゴブリンの処理が残ってる。また後でな」


 ライナーは軽く手を振り、部屋を後にした。


「なあ」


 見送った後、ガルドが静かに声をかける。


「……本当のことは言わねぇのか?」


「ガルドの鼻は誤魔化せませんね」


「ソルが手を汚す必要はないと思っただけだ。ヤツが動いたら、俺がやるつもりだったしよ」


「……タイミングが悪かったのです。仕方ありません」


「ま、いいか。俺も手伝ってくる」


 そう言い残し、ガルドもまたライナーの後を追って教会を出ていった。


 部屋に残されたのは、ずっと口を閉ざしていたリュミエルだけだった。

 彼女は、ようやく小さく息を吸い、口を開く。


「ソルフィーユ様……ゲイズに、何かされましたか?」


「まさか。私が遅れをとることはありませんよ」


「ゲイズは、それなりに腕の立つ聖騎士でした。特に戦闘に関しては生き残ることに長けております」


「……では」


 ソルフィーユは一瞬だけ間を置き、静かに言う。


「私の方が、ゲイズより生き残ることに長けていただけのようですね」


「むむむ。仮にも聖騎士相手に戦うのは、お気をつけください。彼らには『秘匿した力』を持っている者も多いのです」


「気をつけます」


 ソルフィーユは反省の色も無く、懐からナイフを取り出した。

 太陽光を受けた刃を確かめるように指先でなぞる。


「試し斬りにはなりませんでしたが……」


 淡々と事実だけを口にする。


「新しい毒を試せたのは大収穫です」


「……毒ですか」


 リュミエルは小さく息を吐いた。


「また、そんな危険なものを……。いえ、もう驚くことはやめます」


 そう言って話題を切り替える。


「それでは、次の目的地は決まっておりますか?」


 オルロレアンの森から現れた魔物の大群と、異型の怪物。

 本来であれば掘り下げるべき案件だが、まずは報告が先だ。


「バートリー男爵が治める町、ペルジーオを予定しています」


「ペルジーオ……鉱山を抱える、山の麓の町ですね」


「ええ」


 ソルフィーユは頷いた。


「バートリー男爵は、違法な奴隷オークションにも顔を出していました。資金の出どころも含めて、調べる価値はあります」


「……それだけではありません」


 ソルフィーユは静かに言葉を継いだ。


「この村の異変も気になります」


「異変……ですか?」


 リュミエルは小さく首を傾げる。


「昨夜の騒動で、村中の人々が教会に避難してきました。全員ではなかったかもしれませんが……」


 そこで、言葉が一拍止まる。


「――子供が、一人もいませんでした」


「あ……」


 リュミエルの喉から、かすれた声が漏れた。


 言葉にならない沈黙が、二人の間に落ちる。


 魔物の襲撃。

 異型の怪物。

 そして――、いなかった子供たち。


 偶然で済ませるには揃いすぎている。



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