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聖女に転生したけど中身は世界最凶の暗殺者でした  作者: じゃむばた
聖女と南ディオール地方編
87/118

夜を越えた者たち

 魔物の群れの中に異様な存在が一体紛れ込んでいた。


 その体躯はオークよりも大きく、オーガよりは小さい。

 だが、何より目を引くのは――腹部に縦に裂けた巨大な口だった。


 太い腕でゴブリンを掴み上げ、そのまま腹の口へと放り込み咀嚼すると、悲鳴と骨が砕ける音、そして液体が地面に滴る音が耳に不快感を与える。


 異質な空気が周囲に広がり、防衛に当たっていた村民たちは次々と恐怖と錯乱が伝染していく。


「村の人間は下がれ! あいつは――、俺たちがやる!」


 ライナーは一瞬で判断し村民を退避させると、自ら前へと踏み出した。


「ア゙ア゙ア゙ア゙ァァァァ……」


 腹部の口が大きく開き、その奥にある一つ目が、ライナーを次の獲物として捉える。


「来るなら来い!」


 怪物の腕が振り抜かれライナーの頭を掠める。


 返す刃が肉を裂いた。


 だが――


 怪物は悲鳴一つ上げない。

 まるで痛覚が存在しないかのように、腕を振り回す。


「くそっ……こいつ、鈍い!」


「ライナー、下がって!」


 後方からセレナの声が飛ぶ。


 弓が引き絞られ、矢先に精霊の気配が集束する。


「精霊よ、この矢に宿り――、火の雨を降らし、魔を焼き払え!」


 一拍の間。


「『紅蓮雨ぐれんう』」


 上空へ撃ち放たれた一筋の矢が、怪物の頭上で弾け火の雨が容赦なく降り注ぐ。


「ア゙ッ……ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ッ!!」


 怪物は苦悶の声を上げのたうち回ると、暴れる拍子に周囲のゴブリンたちを次々と巻き添えにしていく。


 怪物は一体のゴブリンを掴み上げ、

 そのままセレナに向かって投げつけた。


 ゴブリンは悲鳴を上げながら空を舞うが手前で戦鎚が叩き落とす。


「気を抜くと危ないぞい」


「……ありがと。助かったわ」


 バツが悪そうに礼を言うセレナを横目に、バロックは怪物から目を離さない。


「ライナーが切りつけた傷が……もう塞がっとる。火は効いとるが、足止め程度じゃな」


「じゃあ、どうすればいいのよ」


「弱点を突くしかあるまい」


「弱点って言われても……」


 ライナーと打ち合う怪物をセレナは注視する。

 だが、腹部に裂けた異様な口以外、それらしい急所は見当たらない。


「オラッ! ゴブリン共、邪魔だ!」


 ゴブリンを蹴散らしながら、ガルドが戻ってくる。


「コイツは……しぶとそうだな! セイヤッ!」


 片刃の大剣が唸りを上げ、怪物の背中を深々と切り裂いた。


 しかし、怪物は怯むことなく即座に振り返り、太い腕を振りかぶる。


 ガルドはその一撃を紙一重で回避し、怪物の肩口へと踏み込んだ。


 大剣を担ぐように構え、

 体重を乗せて一気に回転する。


 ――ゴギッ。


 一閃。


 怪物の腕が付け根から断ち切られた。


「ア゙ア゙ッ!」


 怪物が叫び、地に落ちた腕を残った片腕で拾い上げると、そのままガルドへと叩きつけた。


「っ……まじかよ! ――ぐっ!」


 ガルドはとっさに大剣の面で受け止める。

 金属同士がぶつかるような鈍い音が響き、衝撃に押され、ゴブリンを薙ぎ倒しながら後方へ吹き飛ばされた。


「ガルド!」


 ライナーが名を叫び駆け出す。


「ライナー、援護するわ!」


「ワシも一撃かますとするかの」


 バロックの周囲の空気が、張り詰める。


「土の精霊、来い来い。小さな怒りは、集まれば大きな怒りになる」


 低く構え、拳を握る。


「ほれ、拳を握って――、突き放て! 『岩拳来怒(がんしょうらいど)


 地面が盛り上がり岩の塊が突き出すように飛翔し、その塊は轟音とともに衝撃波を放ち、ゴブリンと怪物をまとめて飲み込む。


 直撃を受けたゴブリンたちは、ボロ雑巾のように引き裂かれ、臓物を撒き散らしながら地に転がる。


 生き残った個体も、大小さまざまな傷を負い、手足を折られて戦闘不能となる者が続出した。


 だが――


 肝心の怪物は倒れ伏しているものの、その傷口が、ゆっくりと塞がっていくのが見える。


「……ワシ、もうそんなに魔力が残っとらん」


「樽爺はサポートに回って! あとは、私が攻撃に出る!」


 セレナはそう言うと、ライナーを追うゴブリンを的確に射抜いていく。


 時折、精霊魔法が閃き、ゴブリンの群れを切り裂く。

 月下の牙の活躍で、ゴブリンの数は確実に減っていった。


「ガルド! 大丈夫か!?」


「……っ、痛ぇ。俺は……どうなった?」


「安心しろ。大した怪我じゃない」


 ガルドの下敷きになっていたゴブリンが、クッション代わりにっていた。

 負傷は打撲程度で済んでいると確認すると、ガルドは大剣を手に立ち上がった。


「あのデカブツは?」


「あそこだ」


 ライナーが指差した先に、山のような隆起が見える。

 それは化け物の腹部だった。


 相当なダメージを受けたのか、腹の口が大きく開閉し、荒い呼吸を繰り返している。


 周囲を見渡すと、村の一部は燃えているものの、致命的な被害は出ていないように見える。


「ライナー……あいつの腹の中、見たか?」


「ああ。目があるな」


「やっぱりか。……あそこを狙おうぜ」


「いいだろう」


 ガルドの提案にライナーは即座に頷いた。


「俺が引きつける。ガルド、お前の大剣を――、あの腹に叩き込め」


「戦いが終わったら、剣の手入れを念入りにしねぇとな……」


 ぼやくガルドにライナーは鼻で笑い、化け物へ向かって歩き出す。


 セレナが精霊と弓矢で周囲のゴブリンを掃討しているのを確認する。

 バロックもまた、戦鎚を振るい続けていた。


 ――勝負はもう見えている。

 この戦いは、あの化け物を倒せば終わる。


 ライナーは盾を構えたまま化け物へと歩み寄った。


 化物の腹の口がゆっくりと開く。

 内側に覗く一つ目がぎょろりと動き、ライナーを捉えた。


「……ほら、こっちだ、俺を見ろ!」


 盾を剣で打ち鳴らす。


 乾いた音が夜に響くと、化け物の全身が大きく震えた。


「ア゙ア゙ア゙ア゙ァァァァ――ッ!!」


 怒りとも悲鳴ともつかぬ咆哮。

 重い体が起き上がると太い脚が地面を踏み砕き、巨体が突進してくる。


 ライナーは一歩も退かない。


 振り下ろされた腕を、盾で受けると同時に衝撃を殺すように体をずらす。


「――遅い」


 腹の口がさらに大きく開いた。


 中から、ぬめりを帯びた肉が這い出し、まるで拒絶するかのように蠢く。


 目が血走る。

 歯のような肉片が、噛み砕こうと動く。


「……黙って食われるつもりない!」


 ライナーは盾で殴りつけ、肉の牙が砕ける。


「今だ!」


 その叫びと同時に――


 背後から地を割るような足音が迫った。


「オオォォォォッ!!」


 ガルドが跳ぶ。


 片刃の大剣を両手で握り締め、全体重を乗せて振り下ろす。


 腹の口が悲鳴を上げた。


 再生しかけていた肉が断ち切られた刃の前で、ぴたりと止まる。


 ――切断。


 刃が奥の一つ目を貫いたのだ。


「ア゙……ァ……」


 声にならない音を漏らし、化け物の体が崩れ落ちる。


 塞がりかけていた傷はもう動かない。

 再生は完全に止まっていた。


 重い音を立てて巨体が地に伏す。


 夜の戦場に静寂が戻ると、ガルドは大剣を引き抜き、それに付着した体液を見て呟いた。


「……きったねぇ。手入れ、面倒だな」


 ガルドのぼやきに、ライナーは思わず笑い、剣を下ろした。


「みんな、無事か?」


 その声に応じて、月下の牙の面々が集まってくる。

 誰もが疲労の色を隠せないが、表情には確かなやり切った感触があった。


「矢が切れたわ。新しく買わないと」


「ワシも酒が切れたわい」


 だが、戦いは終わりではない。


 残党のゴブリンの掃討。

 村の警備。

 そして――聖女の安否確認。


 ゲイズの姿が見当たらないことも含め、やるべきことはまだ山ほど残っている。


 それでも。


 血腥い戦場に立ちながら、空の色はゆっくりと黒から青へと移ろい始めていた。



 激しい戦いを、闇夜の中から二つの視線が見つめていた。


 膨大な数の魔物。

 そして、異型の魔物。


 いつでも援護に入れる位置にいながら、結局――ソルフィーユとリュミエルの出番は訪れなかった。


 月下の牙の連携と積み重ねてきた経験。

 それこそが、この窮地を乗り切った最大の要因だったのだろう、とソルフィーユは戦いを見て感じた。


 ただ一人、リュミエルだけが、左手中指にはめた指輪を名残惜しそうに指でなぞっていた。


「……私、出番ありませんでしたね」


 ぽつりとこぼしたその言葉に、ソルフィーユは穏やかに微笑み、励ますように声をかける。


「次は、活躍する姿を楽しみにしていますよ」


 監獄塔から戻って以降、リュミエルは人一倍、剣を振り続けてきた。


 その努力が無駄になることはない。

 ソルフィーユはそれを知っている。


 これから先――

 月下の牙の力も、そしてリュミエルの力も、もっと必要とされる時が必ず来る。


 今はただ、静かに牙を磨く時だ。


「さあ。道中のゴブリンを片付けながら、教会に戻りましょう。皆、心配しているはずです」


「はい!」


 二人は闇に溶け込むように歩き出し、教会へと続く道を、静かに進んでいった。

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