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聖女に転生したけど中身は世界最凶の暗殺者でした  作者: じゃむばた
聖女と南ディオール地方編
85/119

魔物による夜襲

 ――ソルフィーユが静まり返った村へ戻る、ほんの数分前。


 ゲイズと密談していた男は村外れに近い森の入り口で、息を吹きかけ香を焚いていた。


 枯れ草を被せて火力を増やした瞬間、鼻を刺すような強烈な匂いと火が立ち上る。


 煙が森へ流れ込むと――空気が脈打った。


 大地そのものが唸り声を上げたかのような低い振動に、男は思わず息を呑む。


「……なんだ? 何か、おかしい」


 男の手にこびり付いた黒い塊は『呼び香』と呼ばれる物で、違和感を感じつつも香に息を吹きかけ、白い煙を森に流していく。


 ふと男は酒場で噂になっていた話を思い出す。


 最近、魔物の数が増え新種が現れていること。

 国外や聖王国全土で異常が起き、特に魔物災害と呼ばれる事が起きているという噂。


 男はアルコールの勢いと共に噂話として切り捨てていた。


 ――目の前の光景を見るまでは。


 闇の奥から木を薙ぎ倒し、腹の底から響くような唸り声を出す影。

 姿を現したのは、男の想定を遥かに超える巨体だった。


 その瞬間、男は確信する。


 自分は決して触れてはならないものに手を出したのだと。


 悲鳴を上げる暇すらなかった。


 現れた魔物は男の頭部に噛みつき――、そのまま丸ごと喰らった。


 血の匂いが辺りを満たした。

 闇の奥から複数の視線が村へと注がれる。

 その目は獲物を定めた眼差しだ。

 

 次の瞬間、魔物の群れが森を割って飛び出した。

 地を蹴り枝を砕き、香に焚き付けられた本能のままに。

 獰猛な叫びが重なり、それは――狩りの始まりを告げていた。


 ▽


 物見櫓で夜番に就いていた中年の男は、森の奥から何かの音がした気がして目を凝らした。


 風に揺れる木々は見慣れた夜の森――のはずだった。


 だが、影の動きがどこかおかしい。

 やけに大きく、不規則に、闇が蠢いているように見える。


 ――カラン。


 遠くで、乾いた音が響いた。


 次の瞬間、

 ――カラン、カラン、カランと森沿いに設置された鳴子が連鎖する。


 男の背筋に冷たいものが走る。


「……ま、魔物だ……!」


 物見櫓に備え付けられた金属製の半鐘を男は力任せに打ち鳴らした。


 ――ガン、ガン、ガン。


「魔物だーっ! 魔物が攻めて来たぞーっ!」


 鐘の音が夜の村に叩きつけられる。

 何度も何度も――

 震える手で鐘を叩く。


 闇の奥から迫る気配に男は息を呑んだ。


「……だ、大変だ……」


 言葉が震える。


「……とんでもない数が来る……」


 ▽


 深夜。

 宿の廊下を駆ける足音でガルドは目を覚ました。


 ただならぬ気配を即座に察し、静かに立ち上がると壁に立てかけてあった片刃の大剣に手を伸ばす。


「……皆さん、起きてください」


 扉の向こうから聞き慣れた声が響いた。


「あん? リュミか。少し待て」


 頭をぼりぼりと掻きながら扉を開けると、息を切らしたリュミエルが立っていた。

 しかも、すでに武装している。


「……何があった?」


「ソルフィーユ様からの言伝です。聖騎士、ゲイズ=ノイマンが動く。直ちに戦闘準備を、とのことです」


「おい、ライナー!」


「聞こえてたよ」


 奥の寝台から、むくりと起き上がる半裸の男が姿を現す。

 その瞬間、リュミエルは慌てて顔を逸らした。


「リュミエルや、その話、本当かの?」


 バロックも起き出し低い声で尋ねる。


「ソルフィーユ様は嘘をつきません。今すぐ戦えるよう準備を。私はセレナを起こしてきます」


 そう言い残し、リュミエルは部屋を後にする。

 すぐ隣から扉を叩く音が響いた。


「……ガルド、どう思う?」


 身支度を整えながらライナーが問う。


「ソルが動くって言ったなら、あの聖騎士は何か仕掛けてくる。ま、守ればいいだけの話だ」


「そうじゃの。契約じゃし」


 装備を整え終えた、その時だった。


 ――ガン、ガン、ガン。


 外から、けたたましい鐘の音が夜の村に叩きつけられる。


「魔物だーっ! 魔物が攻めて来たぞーっ!」


 ライナーたちは顔を見合わせると、同時に部屋を飛び出した。


「先輩! 先輩はソルフィーユ様のもとへ! 教会に避難してください!」


「私たちも戦います!」


「状況が掴めない。村の人々を安全な場所へ避難させるには、教会が一番安全だ!」


 私たちも戦えると伝えたかったが、ぐっと言葉を飲み込む。自分自身にしかできないとことがあると、リュミエルは言い聞かせる。


「……分かりました。後は頼みます」


 リュミエルが背を向けた、その瞬間。


 眠そうに目を擦りながら、弓を抱えたセレナが姿を現した。


「いい夢、見てたのに……あのハゲ聖騎士、ぶっ殺してやる」


「落ち着け、セレナ。外じゃ魔物が出たって話だ」


「そうだぜ。聖騎士が動いたならともかく、魔物が来てるなら――俺たちの出番だ」


「うむ。ワシらも外へ行こう」


 月下の牙は迷いなく動き出した。


 宿の外へ出ると村はすでに混乱の渦に飲み込まれていた。


 男たちは武器を手に取り、叫びながら走り回っている。

 オルロレアンの森へ続く村の出入口には、人が集まり、防衛線を張ろうとしているのが見える。


 ライナーの脇を慌てて駆け抜ける男を見つけ声をかける。


「すまん、俺たちは冒険者だ。状況を教えてくれ」


「あんたら冒険者か!? 助けてくれ!」


 男は血相を変え、まくし立てる。


「オルロレアンの森から、もの凄い数の魔物が迫ってる! あと数分で、ここは戦場になるぞ!」


 断片的な情報をつなぎ合わせるまでもない。

 事態はすでに最悪に近い。


 ゲイズの姿は見当たらず追う余裕もない。


「……聖女様の方は、リュミエルがいる。大丈夫でしょ?」


 セレナが言う。


「それは、そうだが……」


 セレナがライナーの言葉を受けて口を開く。


「ライナー。村を守らなければ、聖女様を守ることもできないでしょ」


「……」


「ここは、腹を括るしかあるまい」


 迷っている時間はない、とバロックが静かに背中を押す。

 今、目の前にある脅威を排除しなければ、すべてが崩れる。


 そう判断し月下の牙は村の入り口へと走り出した。


 ――村の入り口にはすでに大量のゴブリンが溢れていた。

 ぎらついた目。口元から垂れる涎。理性を失った獣の群れだ。


「魔物を一歩も村に入れさせるな!」


 怒号と、魔物の奇声が夜の空にぶつかり合う。


「俺たちは冒険者だ! ここは受け持つ! 漏れた魔物を倒してくれ!」


「助かる!」


 簡素な装備の村民では、単体のゴブリンを倒すのが精一杯だ。

 集団で襲われれば、あっという間に囲まれ叩き潰される。


 ライナーは即座に判断し前へ出た。

 自らが盾となり村民を背後に押しやる。


「こっちだ! 俺に来い!」


 盾に剣を打ち付け挑発する。


 奇声を上げたゴブリンたちが一斉に殺到した。


 シールドバッシュ。

 弾かれた反動を利用した回転斬り。


 剣閃が走り、次々と魔物が地に伏す。


 一方、バロックは戦鎚を軽々と振るっていた。

 一振りで五体以上を吹き飛ばすその一撃に、数の優位など意味を成さない。

 押し寄せるゴブリンをただ叩き潰す。

 老獪な胆力が、前線を押し返していく。


 後方ではセレナが弓を引き絞っていた。

 邪魔になる魔物を、的確に一撃で射抜く。

 同時に精霊魔法を操り、飛来する投擲物は風の壁で弾き返す。


 そして中央。


 破竹の勢いで道を切り開くのは、片刃の大剣を振るうガルドだった。

 獣人特有の身体能力は大剣ですら棒切れのように振り、脚力を生かした縦横無尽の動き。

 地面を蹴り上げると通り過ぎざまに大剣が空を裂き、肉と骨を断つ。

 数で押すというゴブリンの利点を力でねじ伏せていく。


「よし、このまま数を減らし――」


 そこまで言いかけてライナーは言葉を失った。


 ゴブリンの群れの奥。

 闇の中の中から現れた不自然に大きな影が、篝火に照らされた異様な姿を映し出す。


 次の瞬間、その影が腕を伸ばした。

 掴み上げられたのは、暴れる一体のゴブリン。


 影の腹部がぐにゃりと裂けた。


 皮膚が割れ内側から大人の胴ほどもある、歪な口が現れる。

 不規則な形の歯が、個々に意識を持つように動く様は異型、その姿を見た人間は寒気と同時に皮膚が栗立つ。


「グフルルル……」


 低く濁った声。


 ゴブリンは、そのまま口の中へ放り込まれた。

 ――ボリ、ボリ、と。


 骨を砕く音を立てながら魔物は平然と咀嚼を始める。


「……なんだ、あれは」


 ライナーの喉から掠れた声が漏れる。

 どんな強敵でも勝つイメージは持てた。

 しかし、目の前の化物を目にした瞬間、『逃げろ』と警告音がライナーの頭で鳴り響いた。


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