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聖女に転生したけど中身は世界最凶の暗殺者でした  作者: じゃむばた
聖女と南ディオール地方編
84/119

ゲイズの企みと、希望の光

 半日をかけ私たちは森を踏破した。


 最短距離とはいえ、獣道を辿るこのルートは想像以上に長い。だが、悪い道行きではなかった。

 あの後、賊が現れることはなく魔物が時折姿を見せる程度で、その都度、月下の牙が難なく対処している。


 別のルートを選べば森の中で野宿を強いられ、人が暮らす拠点を経由する迂回路が存在するのも、旅人の安全を考えてのことだろう。


「やっと、森を抜けましたね」


「ソルフィーユ様、見てください」


 リュミエルが指差した先には、一面の緑が広がっていた。

 整えられた畑は作物が規則正しく植えられており、冬本番に向けて収穫を待っているのだろう。


「畑の左手奥に見えるのが、バフォル山脈です」


 彼女の視線の先には連なる岩肌が見えた。

 頂上付近には真白な雪化粧、上空には巨大な鳥の姿もも見える。

 

「あの一帯は複数の鉱山があり、バートリー男爵領最大の収入源となっています」


 ――バートリー男爵。


 違法な奴隷オークションに参加していた人物だ。

 資金の流れも掴めている。高額な奴隷を買えるということは、それ相応の裏がある。


 いずれ必ず顔を合わせることになるので、調べておく必要がある。あの件についても。


「ソルフィーユ様。今夜は、あの村に泊まります」


 御者席から、ライナーが前方に見える村を示した。


 今日はいろいろなことが起きた。

 静かに休みたいが、確認したいことが沢山ある。


 ――そして、その夜。


 私は認識阻害のマスクと『静黒聖衣』を身に纏い、ある人物を闇の中から観察していた。


「――どうなっている。護衛の冒険者は、全員生きているではないか」


 林の奥、影に溶けるようにして立つ二人の男の会話が、微かに耳に届く。


 風に揺れる草の音、枝葉の擦れる音に紛れ、ソルフィーユは音を殺したまま距離を詰めた。漆黒の衣装は夜に溶け込み、気配すら残さない。


「相手が『月下の牙』だぞ。そんな簡単な連中じゃない」


 一人が低く言う。


「冒険者ギルドじゃ、護衛や魔物狩りで名が通ってる。奴らの技量を見誤ったあいつらが間抜けだっただけだ」


「なら、どうするつもりだ」


 短い問いに男は一拍置いた。


「……俺に考えがある。これを使う」


 懐から何かを取り出す気配。


「ほう。なるほど」


「ゲイズは、女を教会に張り付けさせろ。後は俺がやる」


「もう時間が無い。失敗したら、死んだ奴らの分の金も払えんぞ」


 低い声が、念を押す。

 その声には有無を言わせない圧があった。


「大丈夫だ俺に任せろ――」


 言葉を残し、ゲイズともう一人の男は、何事もなかったかのように別れた。


 ソルフィーユはその背中を見送ることなく、闇の中に留まる。


 ――今の会話を、頭の中で整理すると単純だった。


 ゲイズが賊を使いソルフィーユたちを襲ったが、今回の襲撃は失敗している。しかし、会話を聞く限り計画そのものは終わっていない。

 

 次の舞台は教会で何かをするつもりだ。

 聖女が拒めず、護衛が動きにくい場所。

 狙いは最初から一つだけ。


 ゲイズが何かを企み、他者と手を組み、月下の牙を狙い――、そして、ソルフィーユを狙っている。


 恐らく、動くなら今夜。

 日が昇る前までに、何かを起こす可能性が高い。


 焦りが胸をかすめるのを抑え、ソルフィーユは村へ戻った。


 村はすでに眠りに落ちていた。

 家々は静まり返り、足音も闇に溶け込む。


 ソルフィーユはリュミエルのもとへ向かい、そっと体を揺らす。


「――ん、ソルフィーユ様? どうかなさいましたか?」


「ゲイズが動きそうです。月下の牙の皆を起こし、万が一に備えてください」


「かしこまりました!」


 即座に理解し、リュミエルは足早に部屋を出ていった。


(ゲイズは、何をするつもりだ?)


 あの協力者が何かを起こすのは間違いない。

 だが、方法が読めない。


 思考を巡らせる間に――。


 村の外から微かな振動が伝わってきた。


 最初は、気のせいかと思うほど小さい。

 だが、それは次第に重さを増し、確実にこちらへ近づいてくる。


 地を踏み鳴らす複数の足音。


 ――カン、カン、カン、カン。


 物見櫓から、金属を打ち鳴らす音が村中に響いた。


「魔物だーっ! 魔物の群れが迫っているぞーっ!」


 叫び声と同時に扉が勢いよく開く。

 リュミエルが息を切らし、部屋へ飛び込んできた。

 その表情が、ただならぬ事態を物語っている。


「ソルフィーユ様! 魔物です! 魔物の群れが森から迫っています! 今すぐ避難を!」


「わかりました。月下の牙は?」


「村の人たちと、魔物を食い止めるため外へ。ライナーが、教会に避難しろと」


 ――魔物を呼び寄せた?

 どうやって……?

 

 今はライナーの指示に従う他ないようだ。


「……わかりました。一旦、教会へ向かいましょう」


「はい!」


 混乱が広がる村の中を抜け、ソルフィーユたちは教会へと駆け込んだ。


 中には、すでに避難してきた老人や女性が身を寄せ合っている。

 聖レイディア教の聖句を小声で唱える者もおり、不安が祈りとなって漂っていた。


「……聖女もここにいたのか」


 扉を開けて教会へ何食わぬ顔で入ってきたのはゲイズだった。 


「……魔物が迫っています。聖騎士であるなら、村のために剣を振るってはいかがですか」


「無論、そのつもりだ」


 ゲイズは胸を張り教会内を見回す。


「この教会を死守し、弱きを守り、そして――聖女を救う。それが、聖騎士の務めだ」


 そう言って、胸当てに刻まれた聖騎士の紋章を誇示するように見せつけた。


 その瞬間だった。


「今、聖女と……?」


 一人の老婆が、震える声を上げる。


「それに、あなたは……聖騎士様なのですか?」


「そうだとも」


 ゲイズは即座に答えた。


「私は、ここにおられる聖女ソルフィーユの聖騎士である」


「「聖女様!」」


 歓声が教会内に広がる。

 安堵と期待が、波のように押し寄せた。


「ゲイズ! どういうつもりですか!」


 ゲイズの目の前にリュミエルが一歩踏み出した。


「あなたの職務は、ソルフィーユ様の護衛ではありません!」


「私は聖騎士だ。民を救い聖女を守る責務がある」


 ゲイズの声が冷たく響いた。


「いくらお前でも、聖騎士の資格を失えばただの人間だ。元聖騎士のお前なら理解できるはずだ」


「……っ」


 ギリギリと食いしばり、リュミエルが言葉を詰まらせる。


「リュミエルよ。ここは俺が受け持つ」


 ゲイズは、当然のように続けた。


「お前は教会の外へ出て、魔物を近づけさせるな」


「しかし――」


「良いのです」


「ソルフィーユ様!?」


 ソルフィーユはリュミエルと視線を交わし、静かに合図を送った。

 心配はいらない。――後は、私が引き受ける、と。


 リュミエルは鼻を鳴らし、ゲイズを睨みつけると何も言わず教会の外へ出ていった。


「さて、聖女よ――」


 ゲイズが言葉を継ごうとした、その時。


「怪我人はいませんか」


 ゲイズが言いたいことは分かる。

 奴のペースに合わせるつもりはなく、聖女として職務を全うする。


「私の神力で癒します」


 その一言で空気が変わる。


「胸が……少し苦しくて……」


「私は、逃げるとき足を痛めました……」


 数名が恐る恐ると集まってきた。

 女性の手を取り「大丈夫です。順番に、奇跡で癒しますので」と告げると次々と神力を行使する。


 ――怪我を。

 ――痛みを。

 ――不安を。


 ――人々の前で丁寧に。


 村民の多くは生涯に一度も聖女や神力を見ることなく生きていく。

 

 祈りはあっても奇跡は遠い。

 

 ――そんな彼らの目に、今夜の私はどのように映っているのだろうか。


 教会の外から、魔物の叫び声と人の怒号が重なって聞こえ、戦闘の激しさから教会の柱に振動が伝わる。

 それに呼応するように、避難していた村民たちの間から小さな悲鳴が漏れた。


 彼らを安心させるため神力を行使し、教会の空間にいくつもの光の玉を展開する。


 柔らかな光が天井から降り注ぐと、避難した人々は目を輝かせた。

 一時しのぎではあるが、不安は確かに薄れていく。


「これも奇跡なのですか?」


 老婆が期待を隠さない瞳でソルフィーユを見上げる。


「お母さん、やめてください。この方はとてもお偉い方なのよ」


「大丈夫ですよ」

 

 老婆の娘らしき人物が止めるが、それを優しく受け答える。


「私も、ここに避難してきた一人の人間です」


 老婆の視線がまだ離れない。


「私の力は奇跡を起こすことができます。怪我を治したり、病を癒したり……こうして、光る玉を生み出すこともできます」


 先ほど空中に浮かべた祝福の奇跡を、手のひらに引き寄せて光らせる。

 神力の無駄遣いではあるが、恐怖を抑えるための必要な演出は、お手玉のように手から手へと光を移し、くるくると空中で回してみせる。

 教会に満ちていた重苦しさが、少しずつ和らいでいくのを感じた。


「しばらく、この光る玉が皆さんを照らします。光が消える頃には、外の魔物はすべて撃退されているでしょう」


 村民たちは聖レイディア教の聖句を唱え、祈りを捧げ始めた。


 ――この緊急時に興味が村民と聖女だけの聖騎士ゲイズ=ノイマン。


 視線を向けると、ゲイズは優越感に浸ったような満足げな表情で、光の玉に祈りを捧げる村民たちを眺めていた。


 まるで――

 この光景こそが、自分の功績だと言わんばかりに。

 


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