魔物の魔石
ソルフィーユとリュミエル、月下の牙、そして突如現れた聖騎士ゲイズ=ノイマンは、バートリー男爵領内にある小さな村を目指して進んだ。
まず越えねばならないのは、オルロレアンの森。
だが、先の戦闘の騒ぎを嗅ぎつけたのだろう。ついに魔物が姿を現した。
「ソルフィーユ様、魔物が現れました。あれはゴブリンですね」
月下の牙が即座に警戒を強め、武器を抜いて陣形を取る。
「あの魔物は強いのですか?」
「いいえ」
リュミエルが落ち着いた声で答える。
「個々の力は弱く、正面からなら脅威ではありません。ただ……」
視線を前方へ向ける。
「あのように数が多い場合は、非常に危険です」
街道を塞ぐように現れたゴブリンは、少なく見積もっても二十匹以上。
道沿いだけでなく街道を外れた森の中にも、ちらほらとその姿が見える。
このまま足を止めれば、包囲される可能性が高い。
「俺とガルドは正面だ。セレナとバロックは馬車を守れ!」
「「了解!」」
ライナーの的確な指示とともに、月下の牙は一気に動いた。
無駄のない連携で間合いを詰め、次々とゴブリンを刈り取っていく。
「ふむ……」
幌馬車の横に馬を寄せたゲイズが、その様子を眺めながら口を開く。
「あの者たち、多少動ける。護衛として申し分ないな」
その言葉に、ソルフィーユは視線だけを向ける。
「ゲイズ。あなたも聖騎士であるなら、魔物の排除を手伝ってはどうですか?」
ソルフィーユが口を開くより早く、リュミエルが代わりに問いかけた。
「馬車や周囲の護衛は冒険者の仕事だ」
ゲイズは即答する。
「俺の役目は、聖女を守ること。それだけでいい」
頼んでもいない役割を、当然のように口にする。
この状況での非協力――
それは、小さな歪みとなり、やがて致命的な問題を招きかねない。
森の奥から、小さな矢が飛来した。
乾いた音を立て、ゲイズの盾がそれを弾き落とす。
「おい、ドワーフ。馬車の守りはどうなっている。狙い撃ちされているぞ」
「……すまんのお」
バロックは一拍置き肩をすくめる。
「お主がおったから、大丈夫じゃと思ったわい」
軽い返答に、ゲイズの眉が僅かに動く。
「おい、エルフの女。どんどん矢を放て。ゴブリンどもが馬車に近づいておるぞ」
「……気が散るから、喋りかけんな!」
鋭く吐き捨てるように言い返し、セレナは再び弓を引き絞る。
苛立ちが声に滲んでいた。
――これは、良くない流れだ。
「ゲイズ」
ソルフィーユが、戦場の隙間に声を差し込む。
「はい、何かご用意でしょうか? 私がゴブリン共を蹴散らしましょうか」
「月下の牙のリーダーは、ライナーです。戦闘中の指示は控えてください。指示系統が複数あると、混乱を招きます」
事実だけを淡々と告げる。
「それは理解している」
だが、ゲイズは一歩も引かない。
「だが命がかかっている。一つの判断ミスが、仲間を危機にさらすこともある」
盾を構えたまま言葉を続ける。
「だからこそ、俺の経験を彼らに伝える必要がある」
正論だった。
しかし、その正しさこそが――戦場では最も厄介な異物でもある。
ゲイズと話している間に、ライナーがゴブリンに囲まれ、背中をこん棒で殴られたが、すぐに立て直し、ゴブリンの首を切り裂く。
「そもそも、あのライナーという男……元は銀翼だったのだろう。それに、そこのリュミエルといい。仲間を率いるには経験が足りん」
ゲイズは盾を構えたまま、淡々と言葉を重ねる。
「私は心配しているのだ。本当に、聖女を守れるのかを」
「もういいです」
ソルフィーユは、被せるように言った。
「口を塞いでいただけませんか。士気に関わります」
これ以上続ければ、『言葉は他の者にも飛び火する』
そう判断し、話を打ち切った。
「……む、そうか」
ゲイズは一拍置き、頷く。
「ならば、俺は聖女の守りに専念しよう」
その直後だった。
御者席に立ち、矢を放ち続けていたセレナが、「あーっ! めんどくせぇー!」と、思い切り叫んだ。
一時間後。
最後のゴブリンが倒れ、戦闘は終わった。
ソルフィーユは怪我をしたライナーに駆け寄り、神力で癒す。
その後は、逃げた個体を深追いすることはせず、遺体の処理に移る。
その最中、月下の牙たちがゴブリンの死体から何かを取り出しているのが目に入った。
興味を引かれ、ガルドに声をかける。
「それは何をしているのですか?」
「ああ、これか。見たことないか?」
差し出されたのは、小さな赤い宝石のようなものだった。
ガラス玉に似たそれは、淡く赤く光っている。
「魔物から取れる『器』だ。魔石として利用価値がある」
「器……ですか?」
「主に魔道具の材料になるらしいが、詳しいことは知らねぇな」
その言葉に胸の奥がざわついた。
「その『器』というのは……私たちの中にある器と、同じものですか?」
「らしいな」
ガルドは顎に手をやる。
「魔石はその者の『器の格』を表すって話だ。俺のじっちゃんが言ってただけだが……詳しいのはセレナだな。おーい」
呼ばれて、革袋に魔石を集めていたセレナが手を止める。
「何? もう少しで終わるのに」
「悪ぃ悪ぃ。ソルが魔石のこと知りたいってよ。俺、体の中に石があるって程度しか分からなくてな」
「はぁ……あんたね」
小さく溜息をつき、セレナは視線をソルフィーユへ向けた。
「まあいいわ。聖女様でも、知らないことはあるのね」
「はい。魔物にある魔石が、『器』だとは知りませんでした」
「また魔物が寄ってくるかもしれないから、ざっくり説明するわよ」
セレナは簡潔に言葉を選ぶ。
「私たちと魔物は、種族は違うけど、元は同じらしいわ」
革袋を軽く揺らす。
「私たちの中にある力の根源、それが『器』。魔力を生み、溜める器官なのは知ってるわね?」
手にした魔石を指で弾く。
「このゴブリンの器は最低ランク。屑魔石よ。でも、お金にはなるから回収してる」
セレナはソルフィーユの目を覗き込み――
「分かった?」
「……はい」
「なら、手伝って」
説明はそこで終わった。
分かったのは一つだけだ。
体内にある間は『器』と呼ばれ、体外に出された瞬間、『魔石』と呼ばれる。
そして、人間は常に器として語られ、魔物は魔石として扱われる。
それは恐らく、人間にも魔石があると認めることが、何らかのタブーに触れるからだろう。
それが事実を覆い隠すための言い換えなのか、あるいは――最初から線を引くための、言葉による差別なのかは分からない。
ただ、ソルフィーユの手のひらに転がる、この小さな魔石も器なのだ。
全ての魔物を処理し終えたソルフィーユたちは、ゆっくりと馬車を進める。
オルロレアンの森は自然豊かで、人を襲う魔物の他に、襲ってこない魔物も多く存在していた。
それは兎のような姿をしていたり、鳥の姿をしていたり。
この世界はどのように進化していったのか『サイファとして』とても興味深いが、今はそれよりも後方を付いて来る聖騎士の存在が悩ましかった。
「諸君、俺がいればこの旅も楽なものだ。安心したまえ」
「「……」」
誰も返事を返さない。
「どうするんですか、ソルフィーユ様」
まだ旅は始まったばかりなのに、余計な荷物を背負ってしまったが、最悪、次の村で巻くことも考えている。
「最初に会ったときとだいぶ印象が違うので、ゲイズの目的もわかりません」
「そうですが、私や月下の牙を見下しているのは確かです」
「そうですね。彼らが逆上して手を出さなければいいですが……」
腐ってもゲイズは聖騎士だ。
手をだしたら大変なことになるのは、ソルフィーユも知っている。
暫く様子を伺うしか、今はできなかった。




