刺客と聖騎士
騎乗した男が三人、馬車から降りた男が二人。
計五名がガルドとバロックの前に立ち塞がった。
男たちの装備を見て「随分と準備の良い刺客のようじゃの」と、バロックは武器を構える。
「……男は殺し、女は確保しろ」
一人が低く指示を出すと、男たちは一斉に武器を抜き、間合いを詰めてくる。
「ガルド、時間を稼げるかの?」
「任せろ」
短く応じたガルドが地を蹴った。
迫る男たちへ獣じみた気迫のまま突っ込む。
手にするのは片刃の大剣、分厚い鉄板をそのまま刃にしたような代物を軽々と担ぎ、一気に間合いを詰める。
振り下ろされた瞬間、風が唸った。
ガルドの攻撃を受けた男は盾が砕け、脳天から地面まで、一刀両断。血と肉が飛び散る。
「この獣人やべぇぞ!」
「こんな強さ聞いてねぇ!」
「馬鹿野郎! 作戦通りだ、個に対して複数でかかれ!」
叫びながら、残る四人がガルドを囲む。
「雑魚ども、全員ぶった斬る」
「ぬかせ! その牙、抜き取ってやる!」
男たちが一斉に踏み込んだ、その瞬間――
「地の精霊よ、踊れや、歌え、伸びろや――『針山散々(はりやまさんさん)』」
詠唱と同時に大地が応えた。
ガルドを囲むように地面が割れ、岩の槍が噴き上がる。
不意を突かれた男たちは逃げる間もなく串刺しとなり、悲鳴を上げた。
運よく岩を避けた男も、次の瞬間にはガルドの一撃を受け肉塊と化す。
戦場に残ったのは血の匂いと沈黙だけだった。
「そっち、大丈夫〜?」
空を滑るように降り立ったのはセレナだった。
風の精霊を巧みに操り、地に足をつけるまで風切音一つ立てない姿はまるで森の妖精のようだ。
「こっちは片づけたぜ。そっちはどうだ?」
「こっちも今終わったところ」
「なんだよ、獲物は一匹も残ってねぇのかよ」
どうやら追跡者は全員始末したらく、手応えが全く無かったガルドは少し不満気だ。
襲ってきた連中を調べる為、遺体を回収しようとした、その時だった。
森の来た道から勢いよく飛び出してくる人影。
「おのれ賊ども! か弱き聖王国国民に、なんたる無礼!」
甲高い声が、戦場の静寂を切り裂く。
「我が名はゲイズ! ゲイズ=ノイマン! 聖王国が誇る、三百の聖騎士の一人!」
「「……」」
突如現れた聖騎士を名乗る男に、空気が一気に凍りついた。
誰もが言葉を失う中、バロックがぽつりと呟く。
「……賊なら、全て返り討ちにしたぞい」
「な、何ぃ!? さ、作戦が違うではないか……」
ゲイズは小さく呟く。
そんな状況に見かねたリュミエルが一歩、前に出た。
「ゲイズ=ノイマン。なぜ、あなたがこのような場所に?」
「おお、リュミエルか」
男はわざとらしく胸を張る。
「私は別任務でこの地を訪れていた。怪しい者どもを見かけてな、追っていたのだ」
「そうですか」
リュミエルは頷き、穏やかな声で続ける。
「私たちが雇った護衛が対処いたしました。ですので、ご心配には及びません」
「む……しかしな……」
男が言葉を継ごうとしたとき、「――それならば」と、リュミエルの背後からソルフィーユが静かに姿を現した。
「賊の検分をお願いできますか? 恐らく、誰かに雇われた者たちでしょう」
「検分、か……」
ゲイズは一瞬だけ言葉に詰まる。
「た、確かに必要だな。だが、それよりも問題がある。また賊に襲われる可能性が高い。私も護衛として同行した方が良いだろう」
……やはり、そう来たか。
(聖騎士団本部で、ヴァルディス=ヴァン=ディオルクから聖騎士を護衛につける件は、はっきり断ったはずだ)
それでも、この男は現れた。
(この賊どもは、本当に偶然だったのか。それとも――、私たちに近づくための餌だったのか)
ヴァルディスが裏で糸を引いている可能性。
そして、メルドラ宰相との繋がり。
そこまで考えを巡らせると、結論は一つしかなかった。
――この男は、危険だ。
「わかりました。一時的な同行は許可します」
「はっはっはっ! 流石は聖女。賢明な判断だ」
「ソルフィーユ様!?」
声を上げかけたリュミエルを、ソルフィーユは手で制した。
「あくまで一時同行です。基本は別行動でお願いします」
淡々と、条件を先に並べる。
「それから、遺体の検分を。ただの賊にしては、こちらのことをよく知っているように見えました」
「……うむ」
ゲイズは一瞬だけ思案する素振りを見せ、すぐに頷いた。
「確かに不自然だ。それで構わない。では早速、遺体を検分し、証拠を集めよう」
視線を周囲に巡らせる。
「月下の牙の皆さん、手数をおかけしますが、遺体を一箇所に集めていただけますか?」
「ま、しょうがねぇな」
「どれ、サクサクと片づけてしまおうかの」
短い応答の後、全員で遺体を集めていく。
武器、装備、身につけていた小物。馬と馬車の積み荷も一つずつ確認した。
遺体は、全部で十人。
装備は統一されておらず、寄せ集めだ。
その中で、三名だけが明らかに場慣れした装備を持っていた。
「この三人は、傭兵崩れだろうな」
ゲイズが装備を指差し、推測を口にする。
「近頃は傭兵の需要も落ちている。資金繰りが悪化し、今回の襲撃に加わった……そんなところだろう」
報告を受け、ソルフィーユは静かに頷いた。
「では――」
視線を遺体の列へ戻す。
「残りについては、どう見ますか?」
「ふむ……特にこれといった物証は見つからなかった。こやつらも、金品目的の賊の類だろう」
ゲイズはそう断じた。
(……だが、私が後ろから見ていた限り、指示を出していた人間は明確だった。そして、謎のタイミングで現れたゲイズ=ノイマン関与も否定できない)
そして、その背後で糸を引く存在の可能性も――。
「わかりました」
思考を伏せたまま、ソルフィーユは頷く。
「魔物に遺体を荒らされても困りますし、遺体は焼いて供養しましょう。私も祈ります」
「よし、セレナ」
「わかったわ」
ライナーの合図に、セレナは精霊へ語りかけるように手を伸ばす。
次の瞬間、遺体に火が移り、炎が静かに燃え上がった。
黒煙が立ち昇る中、ソルフィーユはさりげなくゲイズと距離を取り、声を落とす。
「月下の牙の皆さん。襲ってきた者に対して、何か気になる点はありますか?」
「ん……思ったより連携が取れてたな。素人じゃない」
「そうね。まあ、私たちの足元にも及ばなかったけど」
ライナーとセレナが応じる。
ソルフィーユの目から見ても、セレナの後方支援は完全に機能していた。
一方的な弓矢の援護があったからこそ、ライナーは戦場を自在に操っていた。
「こっちの五人は、俺たちの力量を把握してなかった。だが、その後の動きは統率されていた。単なる賊の動きじゃなかった」
「ガルドの言う通りじゃ」
バロックが低く続ける。
「傭兵の線も濃いが……何人か、聖王国軍式の戦闘術を使っておった」
その一言で、空気が目に見えて冷えた。
「……刺客、ということですか」
リュミエルが慎重に言葉を選ぶ。
「ソルフィーユ様。聖王国が動いた可能性は?」
「……低いでしょう」
ソルフィーユは即座に否定した。
聖王国が本気で私を排除するつもりなら、レオナール国王の一言で事は終わる。
それも、いつでも、確実に。
だが、今回の襲撃は回りくどい。
計画性も甘く、詰めが足りない。
組織として動いたとは考えにくい、と考察するソルフィーユ。
思考の海の中でも、視線の端でなおもゲイズ=ノイマンの背中を捉えていた。
「……取り敢えず泳がせましょう」
静かな声だったが、その場にいる全員が意味を理解した。
「ソル。ヤツが、少しでも妙な動きをしたら、すぐに知らせろ」
「はい。お願いしますね」
短い言葉のやり取りの裏で決定は下された。
敵か、味方か。
ソルフィーユは死者に祈りを送ると、炎と黒い煙の中から青白い光の放つ物体が浮き上がり、空に上がると消えていくの眺めていた。
それは魂なのかは分からない。
もし、生まれ変われるのならば、真っ当な人生を送ってもらいたいものだ。




