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聖女に転生したけど中身は世界最凶の暗殺者でした  作者: じゃむばた
聖女と南ディオール地方編
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出立最終確認

 南ディオール地方へと出立する当日。

 ソルフィーユとリュミエルは、朝のうちにエルヴァンの工房へ立ち寄っていた。


「おはようございます。例のナイフが仕上がったと伺いましたので」


「おう、待ってたぜ」


 エルヴァンはそう言うとカウンターの上に布に包まれた二振りをゆっくりと置き、布を優しく開くと姿を現したのは無骨だが余計な飾りのないナイフだ。


「手に取っても?」


「もちろんだ。聖女様の依頼品だからな」


 一本を手にした瞬間、思考より先に指が動いた。


 刃に触れた指腹が僅かな冷えを拾うと、ただの鉄ではない層を重ねた特殊な合金だと感じる。

 冷たさの質が均一で反応に遅れが生じない。


 自然と身体が動く。


 指先で重心を測り、柄を離す。

 空中で受け、握り直す。

 回転の半径、刃先の軌道。

 左手へ持ち替え、順手から逆手へ。

 影打ちの動作で間合いを切り、取り回しを確かめる。

 そして、過去に切った相手を思い浮かべ、急所に一撃。


 音は立てていない。

 だが、刃の軌跡は確かにそこにあった。


(……まるで、私の体の一部だ)


 懐かしい感覚が指先から伝わる。

 刃が意思を介さずに、手の延長として収まる感触。


 全ての動作が止まったとき、評価は既に終わっていた。


 顔を上げる。


 リュミエルとエルヴァンが、息を詰めたままこちらを見ている。


(……ああ)


 小さく息を吐く。


(道具を持つと、どうしてもこうなる)


 自分の動きが、どう映っているかなど意識していなかった。

 だが――、聖女が無言で刃を操る光景は誰が見ても異様だ。


「……素晴らしいナイフでした」


「お、おう。そう言ってもらえるなら、打った甲斐がある」


「重心の取り方が絶妙です。どの角度から入っても、刃がブレない。……エルヴァン、あなたの腕は本物ですね」


「ま、自信作だしな。大事に使ってくれ」


 二振りを受け取ると不思議と落ち着いた。

 生前の自分の感覚に、ようやく戻れた気がした。


「ソルフィーユ様。ヨアン殿からの伝言ですが、馬車と荷は、すでに南門に用意されているそうです」


「分かりました。ギルドに寄って、月下の牙と合流しましょう」


 工房を出る前に振り返る。


「エルヴァン。暫く旅に出ますが、戻ったらまた顔を出します」


「あいよ。達者でな」


 エルヴァンはそう言って、パイプタバコに火をつけた。

 白い煙が、工房の天井へとゆっくり昇っていく。


 ――エルヴァンの工房を後にしたソルフィーユたちは、そのままギルドへと足を運んだ。

 扉を潜った瞬間、むっとした熱気と酒と汗の匂いが押し寄せる。相変わらずの混雑だ。

 仕事を求める冒険者たちの怒号が飛び交い、笑い声と罵声が入り混じっている。


「ソル、こっちだ」


 ガルドが手を振り、すでに確保してあるテーブルへと誘った。

 人波をかき分けようやく辿り着くと、ガルドが果汁水の入った木のカップを差し出してくる。


「ありがとうございます」


「ソルは小さくて埋もれて見えねぇが、匂いで分かるな」


「え、臭いですか?」


「アンタねぇ、そうやって匂いで判断するのやめなよ! 女の子に嫌われるわよ」


 即座にセレナが鋭く突っ込む。

 だがガルドは肩をすくめただけで、気にした様子もなく続けた。


「違ぇよ。ソルは古い本の匂いと、妖精の匂いがする」


「本はわかりますが……妖精、ですか?」


 思わず自分の袖口を確かめる。

 妖精と出会った記憶はヨアンのお菓子工房で見たきり。着ている服も洗濯済みで、鱗粉のようなものも見当たらない。


「妖精の鱗粉は特殊でよ。傷を癒したり、甘い香りで人を惑わせたりするんだ」


「ガルド殿は妖精を見たことがあるのですか?」


 リュミエルが興味深そうに尋ねる。


「ヨアンの工房で働いてる妖精と……昔、セレナの故郷で色々やらかした時にだな。あいつら、いたずら好きで好奇心旺盛でよ。セレナが――」


「あーもういい! その話終わり!」


 セレナが被せるように声を張り上げる。


「ライナー、ほら。ギルドに報告して、さっさと南門行こうよ!」


「ああ、わかったよ」


 ライナーは苦笑しながら席を立った。


「実はのぉ、まな板娘が――」


 バロックが何か言いかけた、その瞬間。


 ヒュッ、と短い風切り音。

 振り下ろされた弓が、バロックの鉄兜に直撃し、カン、と小気味いい音が響いた。


 セレナはそのままギロリと睨みつけ、「これから聖女様のお守りをしながら旅に出るのに、気が緩みすぎ」と一喝。

 バロックは何も言わず、木のジョッキに残った酒を一気に飲み干すと、何事もなかったかのようにライナーの後を追った。 


「……ソルもリュミも、外で待ってようぜ」


「わかりました」


「はい!」


 喧騒の中心から一歩離れるだけで、空気が少し軽くなる。

 出立前の、ほんのひと息。

 だがその背後では、それぞれの思惑を抱えた旅がすでに動き始めていた。


 ――ソルフィーユたちは月下の牙の面々と、南門へと向かうと門前には、すでにヨアンとライムの姿があった。

 その傍らには、よく手入れされた二頭の馬と、一台の幌馬車。

 旅支度は万全のようだ。


「お待ちしておりました。荷物はすでに馬車に積み込んでおります」


 幌の中を覗くと、木箱が三つ。

 中身はいずれも旅に必要な物資だと聞いている。

 さらに馬車の外側にも、道具や樽が固定されており、長旅に備えた生活感のある姿になっていた。


「優しいお姉ちゃん! このお馬さん、とってもおりこうさんなんだよ! お世話、よろしくね!」


「わかりました。私がお世話係をいたしましょう」


「ソ、ソルフィーユ様? 馬のお世話なら、私が――」


「リュミエルには、私の側仕えと護衛があります。月下の牙の皆さんも、それぞれ役割があるでしょう。馬の世話くらい、私にもさせてください」


 一瞬の沈黙。


「んじゃ、聖女様は馬のお世話係な。よろしく頼むぜ」


 ライナーはそう言って、にこりと笑った。

 冗談めいてはいるが拒絶ではない。

 旅の仲間として、役割を受け入れたという合図だった。


 その様子を見てリュミエルは言葉を飲み込む。

 どうするべきか迷ったが、すでに決まったことだ。


 一緒に旅をする以上、立場に関係なく互いに支え合わなければならない。

 たとえ依頼主であっても――、例外ではない。


 南門の外にはまだ見ぬ土地と、確かな不穏が待っている。


「それではヨアン。暫く行ってまいります。ライムも元気でね」


「行ってらっしゃいませ、ソルフィーユ様」


「みんな行ってらっしゃーい!」


 やがて、御者台に座ったライナーが手綱を引いた。

 馬が一歩、また一歩と歩み出し、幌馬車は軋む音を立てながら動き始める。

 荷の重みを確かめるように、車輪が石畳を踏みしめた。

 

 南門が開かれ、長く続く城壁の影を抜けていく。

 高く積まれた白い石の壁は、外から見れば守りであり、内にいる者にとっては檻でもある。

 

 門を越えた瞬間、空気が変わり、わずかだが風の匂いが違う。

 

 ソルフィーユは振り返らなかった。

 だが、視界の端で大聖都ミレニアの尖塔群がゆっくりと遠ざかり、始めて聖庁の庇護下から抜けた。

 

 あの街には、答えも、嘘も、そして多くの思惑が残っている。

 だが今は――、前へ進むしかない。

 

 幌馬車は南へ。

 まだ見ぬ土地と、避けられぬ運命へと、静かに走り出した。


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