聖騎士団本部へ
「それでは一週間後に」
そう言うとソルフィーユたちと月下の牙のメンバー達と解散した。
契約を済ませ、各々準備期間に一週間の有用を与えたのだ。
この旅は長い。恐らく三カ月以上かかることも視野に入れている。
私たちも旅の準備や、関係各所に通達しなければならない。
「リュミエル、明日、聖騎士本部に行きましょう」
「補充の聖騎士を断りに行くのですね」
「はい。護衛について冒険者を雇いました。新たな聖騎士は不要です。私にはリュミエルが側に居れば十分です」
「ソルフィーユ様……」
聖騎士の資格を剥奪されたとはいえ、彼女の処遇は聖女特権で私の側仕えとして雇っている状況ではある。
もちろん、アルス老と現団長のラインハルトからも承諾は得ている。
「今日は疲れましたし、戻って休みましょう」
「わかりました。私は騎士団本部に先触れを出しておきます」
ソルフィーユは妖精飴を口に含むと、初めて行く聖騎士の本部について、リュミエルから説明を聞きながら大聖堂へと足を向けた。
▽
翌日、聖騎士本部へと聖女専用馬車で向かう。
大聖都の北西の位地にある聖騎士本部は、コロッセオのような歴史ある建物のような作りだ。
普段の聖騎士は要人護衛任務の為、各自、担当の持ち場にいるが、それは全てではなく、交代制でおこなっている。
そんな聖騎士の中でも暇な人間がいるようで――。
「リュミエル、何をしに来た。お前は聖騎士の資格はないだろう。この地に足を踏み入れる資格はない」
聖騎士の鎧を纏う男が立ち塞がる。
「ゲイズ=ノイマン。そこをどいてください」
リュミエルが静かに答える。
「不審者を通す訳にはいかない」
ゲイズは腕を組み、私たちを見下すような視線を送る。
「聖女ソルフィーユ様が、聖騎士本部長との面会の約束がごさいます」
「聞いてないな。そもそも本当に聖女なのか?」
「言葉をわきまえろ、ゲイズ=ノイマン!」
リュミエルが低く声を張り、腰に下げた剣の柄へと手を置く。
「……聖騎士に剣を向けるつもりか?」
その問いに空気が張り詰める。
私は、リュミエルの前にそっと手を差し出し制した。
「そんな安い挑発には乗りません。押し通ります」
静かな声だったが、はっきりと届く。
「覚悟があるなら、剣を抜きなさい」
私の一言で、瞬時に場の温度が下がった。
ゲイズ=ノイマンの指先が、わずかに震えるのが見え、一歩、私が前へ出る。
それに呼応するように、彼の手が剣の柄へと掛かる。
――その時。
「これはこれは、聖女様。お待ちしておりました」
落ち着いた声が、奥から響いた。
現れたのは切れ長の目をした男。
余計な装飾のない服装だが、立ち姿に無駄がない。
「ゲイズ=ノイマン。何をしている」
声は低いが、叱責の色はない。
それでも、命令であることは明白だった。
「道を開けなさい」
「……も、申し訳ございません」
ゲイズは一瞬だけ私を睨み、すぐに視線を逸らすと、慌てて道を開けた。
「初めて顔を合わせるな、聖女ソルフィーユ」
男は私へと向き直り、静かに名乗る。
「ヴァルディス=ヴァン=ディオルク。金鎖の騎士団団長にして、聖騎士本部の責任者だ」
「お初にお目にかかります。ソルフィーユでございます」
「立ち話もなんだ。中で話そう。……リュミエルも一緒に来い」
その一言に、ゲイズは何も言えなくなった。
ヴァルディスに案内され、私たちは聖騎士本部の奥へと進む。
内部は意外なほど簡素だった。
豪奢な調度品はなく、花瓶が一つ置かれている程度。
壁には歴代の鎧や武器が整然と飾られている。
案内された一室で椅子を勧められる。
「そこに掛けたまえ。今、茶を用意させよう」
ほどなくして、メイド姿の女性が紅茶を運んできた。
甘みと香ばしさの奥に、ほのかな苦味を含んだ香りが立ちのぼる。
「さて」
ヴァルディスは一口も飲まず話を切り出した。
「リュミエルが現在、一時的に聖騎士の任を解かれている状況だ。そのため、聖女様には新たな聖騎士を付ける必要がある。と、宰相メルドラから、そう申し出があった。このことについては知っているな?」
視線が、まっすぐこちらを捉える。
「私自身も、その必要性は理解している。金鎖から選抜した聖騎士三名を、護衛として付ける案だ」
「その件につきましては」
私は、間を置かず答えた。
「本日、その申し出をお断りするために伺いました」
「……理由を聞いても?」
「私には、信頼できる側仕え――、リュミエルがいます。また、今回の国内外遊については、冒険者を雇いました」
視線を逸らさず続ける。
「その間に、リュミエルの聖騎士としての職務も、復帰する見込みです」
「それは、宰相の意向を無視するということになるが?」
「ありがたいお話ではございます」
私は一度、言葉を区切った。
「しかし、私には身に余る光栄。聖騎士を三名も付けていただくなど、勿体ないことです」
「……外は危険だ。いつ、命を狙われるかも分からない」
「それは」
私は静かに答える。
「大聖都にいても変わりませんでした」
ヴァルディスは、しばらく黙ったまま私を見つめていた。
その視線には、怒りでも疑念でもなく、計算する者の冷静さがあった。
「ならば仕方がない。私から宰相に伝えておこう」
「ありがとうございます」
すんなり話が通ったことに違和感を感じつつも、紅茶を一口つける。
「とても良い茶葉ですね」
「気に入ってもらって良かった」
「これ以上、お話も無さそうですので、帰らせていただきますね」
「わざわざご足労すまなかった」
「いえ、それでは失礼いたします」
静かに部屋を出たソルフィーユたちの姿を見送った後、ヴァルディスは手元の資料に目を落とす。
聖女の南ディオール地方への国内外遊について。
会うであろう有力貴族、リュミエルとその家族。
そして、昨日、冒険者と契約した冒険者一覧。
ヴァルディスは指をリズムを打つように資料を叩く。
「流石に警戒されているか。……私の部下が汚名を付けられるよりかはマシではある、か……」
ヴァルディスの呟きは、紅茶の香りに混ざり薄く溶けていく。
マークイン戒律補佐官の脅しにも耐えてきた日々から解放されたと思ったが、次から次へと厄介事が舞い込んで来る。
最近は王国上層部も聖騎士を単なる道具としか見ていない節があり、数少ない聖騎士を策略に使うのも厭わない動きだ。
今回のメルドラからの命令は、聖女の拒否で片付けられるが、後で呼び出されて小言を言われると思うと、胃が痛む思いだった。
▽
ソルフィーユたちは聖騎士本部を後にし、石畳を数歩進んだところで――
「待て」
低い声が背後から掛けられた。
振り返ると、そこに立っていたのはゲイズ=ノイマンだった。
「……何か?」
リュミエルが一歩前に出るが、私は手で制した。
「忠告だ」
ゲイズは、周囲を一瞥してから続ける。
「外は、ここよりずっと危険だ。冒険者など信用するな。ああいう連中は、金で寝返る」
「ご忠告、ありがとうございます」
私は静かに答える。
「ですが――」
一歩、距離を詰める。
「聖女に向かって剣を抜こうとした者の言葉を、どう信じろと?」
ゲイズの表情が、はっきりと歪んだ。
「……それは」
「もう結構です」
私はそれ以上、言葉を重ねなかった。
しばし沈黙が落ちる。
やがて、ゲイズは唇を噛みしめ、視線を逸らした。
「……勝手にしろ」
そう吐き捨てると、踵を返して本部へ戻っていくと、私は背中を見送らず前を向いた。




