表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
聖女に転生したけど中身は世界最凶の暗殺者でした  作者: じゃむばた
聖女と南ディオール地方編
73/90

剣鍛冶師 エルヴァン=グリオス

「それと……旅に必要な道具とは別に、武器が欲しいのですが」

 

 私の言葉に、ヨアンがわずかに眉を上げた。

 

「武器、ですか。ソルフィーユ様ご自身がお使いになるので?」

 

「ええ。護身用の予備として、一本ほど」

 

 そう言って、私は鞘に収められたナイフを取り出し、静かにテーブルの上へ置いた。

 

 金属が木目に触れる乾いた音。

 

 それはかつて、聖女ソルフィーユの命を奪った刃。

 業物だ。切れ味、重量配分、重心の位置。どれを取っても申し分なく、手に吸い付くように馴染む。

 

 だが、わずかに長い。

 いま私が使っているこのナイフは、刃長およそ百八十ミリ。体の小さなソルフィーユには、ほんの少しだけ取り回しが悪い。


 (……欲しいのは、百三十ミリ前後)

 

 振り抜くよりも、素早く抜き、確実に当てるための長さ。

 私は無意識のうちに、その刃を扱う感覚を思い描いていた。


「鋳造より、鍛造の方が良さそうですね。こちらが紹介状です。エルヴァン=グリオスという鍛冶職人に会ってみてください」


「それは助かります」


 そうして話がまとまると、旅に必要な道具や保存の利く食料については、すべてグランデル商会で手配してくれることになった。


 費用は聖庁持ちだ。

 本来なら気にする必要はない。


 だが――。


「それは少し高いですね。まとめて頼むのですから、もう少し融通が利くはずです」


 リュミエルは懐が痛むわけでもないのに、真剣な顔で値段交渉を始めていた。私はそれを横目に眺めながら、静かに息を吐く。


(……完全に任せた方がいいですね)


 彼女のこういうところは、実に頼もしい。


 すべての打ち合わせが終わると、私たちはグランデル商会を後にした。


 次の目的地は、ミラーナ=クロウニットの工房だ。


「あら、聖女様。いらっしゃい。静黒聖衣に不具合でもあった?」


「いえ、まったくありません。今日は、お礼を申し上げに来ました」


 工房に足を踏み入れると、相変わらず室内は物で溢れかえっていた。

 布、糸、金具、見慣れない素材。

 一歩間違えれば転びそうなほどだが、ミラーナにとってはこれが“整っている”状態なのだろう。


「自動で脱着する機構、申し分ありませんでした」


「それは良かった。私の自信作なのよね」


 胸を張るミラーナに、私は素直に頷く。


「本日は別件でお願いがありまして」


「リュミエルの装備でしょ? ヨアンから聞いてる。材料も揃ってるから、あとは寸法を取るだけよ」


「それもありますが……暫く旅に出る予定ですので、長旅に耐えられる外套を作っていただきたいのです」


 その言葉に、ミラーナは一瞬だけ目を瞬かせた。


「そっか……暫く会えなくなるのね……」


 しくしくと、わざとらしい涙を拭う仕草を見せたかと思うと、次の瞬間には、いつもの調子に戻る。


「最近、魔物が増えてるでしょ? 新種も多くて面白い素材がたくさんあるの。外套に使えそうなのもあるから、二人分、作ればいい?」


「お願いします。費用は聖庁から出ますので」


「はいはい! 交渉は私がやります!」


 リュミエルが即座に身を乗り出した。


「任せました」


 私は即答する。


 金銭の価値に、私はどうにも関心が薄い。

 値段が下がるかどうかより、必要なものが必要な形で手に入るかどうか、それだけが重要だった。


 その後、リュミエルの採寸を済ませ工房を後にする。


 完成までには一週間。

 出立には、十分間に合う。


 そして最後に向かうのは、ヨアンに紹介された鍛冶師の工房。


 ミラーナの工房からほど近い、東門付近。

 職人街の一角に、その場所はあった。


「ごめんください。エルヴァン=グリオスという方はいらっしゃいますか?」


 店内に足を踏み入れると、ずらりと武器が並んでいた。

 剣、短剣、斧、槍。

 防具は壁際に申し訳程度に掛けられているだけで、九割は刃物だ。


(……剣鍛冶か)


 実戦向け。飾り気はなく、どれも使われる前提で作られている。


「いらっしゃい。何をお求めで?」


 奥の部屋から現れたのは、無精髭を伸ばし、眠たげな目をした人族の男だった。鍛冶場の煤が、肌と衣服に染み付いている。


「エルヴァン=グリオスという鍛冶師が、こちらにいると聞きました」


「ふぁ……」


 男は欠伸を噛み殺しもせず、頭を掻く。


「その鍛冶師は俺だ。今は注文は受けてねぇ。そこらの武器でも買って帰れ」


 一瞥だけ向けられた視線は、貴族の小娘が冷やかしに来た、という評価を隠そうともしていなかった。


 そこで、リュミエルが懐から一通の手紙を取り出し、カウンターに置く。


「あん? いくら貴族だろうが、作れねぇもんは作れねぇからな――」


 差出人の名を見た瞬間、エルヴァンは顔をしかめ、頭をぼりぼりと掻きむしった。


「……なんだよ。ヨアンの紹介か。だったら、最初からそう言え」


 視線が私に戻る。


「で? 何が欲しい。男に剣でも贈るのか?」


「いいえ」


 私は一歩前に出て、静かに告げる。


「私に合うナイフを一本作ってほしいのです」


「……お嬢さんが?」


 疑念を隠そうともしない声。


 私は返事の代わりに、今使っているナイフを鞘ごとカウンターに置いた。


 金属が触れ合う鈍い音。


 エルヴァンは黙ってそれを手に取り、ゆっくりと鞘から抜いた。


 刃を光にかざし、重心を確かめ、親指で刃元をなぞる。


 そして、私を睨みつけた。


「……このナイフを、どこで手に入れた」


 声音が変わっていた。


「答え次第じゃ、ヨアンの紹介でも仕事は引き受けねぇ」


 どうやら、この刃には『いわく』があるらしい。


「……賊が持っていました。返り討ちにして奪ったものです」


 エルヴァンは、じっと私を見つめた。


「手のひらを見せろ」


 言われるまま手を差し出す。


 そこにあるのは、白く、滑らかな掌。

 重い物も、水仕事も、刃物も扱ってきた痕跡のない手だ。


「嘘をつくんじゃねぇ」


 吐き捨てるように言う。


「そんな手で、このナイフを持った奴を返り討ちにできるわけがねぇ。帰れ、クソガキ」


 その瞬間、リュミエルから鋭い殺気が立ち上った。


 エルヴァンも反射的に、脇に立て掛けていた剣へ手を伸ばす。


 だが――。


 柔らかな光が工房を満たした。


「……古傷も消えてしまうようで。タコも消えてしまうのです」


 暖かな光。

 傷も、痛みも、過去さえも洗い流すような奇跡の輝き。


 エルヴァンの動きが止まる。


「……せ……聖女……」


 喉が鳴る音が、はっきりと聞こえた。


「聖女ソルフィーユ……様?」


 エルヴァンは、はっとしたように顔色を変えたかと思うと、次の瞬間、慌ててカウンターの向こうから身を乗り出した。


 そして――

 額を、勢いよくカウンターに打ち付ける。


「まだ酒も呑み足りねぇし、女も抱き足りてねぇんだ!頼むから異端審問だけは勘弁してくれ! な! 頼む!」


 鈍い音が響く。


「この通りだ! 首だけは、首だけは繋いでくれ!」


 あまりに必死な姿に、リュミエルがちらりとこちらを見る。

 どうしますか、と無言で問う視線。


 私は小さく息を吐いた。


「……誤解を招いたのも、私の言葉足らずです。お気になさらず」


「お、おおっ! 本当か!?」


 エルヴァンは顔を上げ、急に生気を取り戻す。


「なんだよ聖女様、最初からそう言ってくれりゃあいいんだ! ナイフなんざ百でも二百でも打ってやるぜ!」


 軽口を叩きながら笑うが、背中にはまだ冷や汗が残っている。


 リュミエルが再び視線を送ってくる。

 本当に任せていいのですか、と。


「……取りあえず」


 私はテーブルの上のナイフへと視線を落とした。


「そのナイフについて、詳しく教えていただけますか」


「おう、いいぜ」


 エルヴァンは一転して真顔になる。


「こいつはな、『いん』――、そう呼ばれる組織が使ってるナイフだ」


 その名を聞き、空気がわずかに冷える。


「量産品だが鋳造じゃねぇ。鍛造だ。殺しに特化した、余計なもんを全部削ぎ落とした刃だな」


 やはり、ただの盗賊ではない。


「このナイフはな、『刃』って呼ばれる実行部隊のもんだ」


「……見て、わかるのですか?」


「普通は分からねぇ」


 エルヴァンは肩をすくめる。


「だがな、これは――、生き残る使い手を想定してねぇ刃だ」


 その言葉は静かで重かった。


「使い捨てってことだ。現に、あと数回使えば折れる」


「……本当ですか?」


 私の声に、わずかな疑念が混じる。


「なら、試してみるか?」


 エルヴァンは腰に差していた作業用ナイフを抜き、『刃』のナイフに軽く打ち付けた。


 金属音。


 次の瞬間――

 ピシリ、と嫌な音が走る。


 刃にい細い亀裂が入っていた。


「な?」


 エルヴァンは鼻で笑う。


「とっくに寿命だ。……よくまあ、ここまで折れずに使ってたもんだ」


 その視線が、私に向けられる。


「聖女様、あんたの力量は分かった」


 彼は腕を組み、口角を上げた。


「特別価格で打ってやる。で、どんなナイフが欲しい?」


 それからしばらくの間。


 エルヴァンと私は、まるで長年の友人のように刃について語り合った。


 重心、刃長、厚み、抜きやすさ。

 生き残るための刃ではなく、確実に仕留めるための刃について。


 その光景を、リュミエルは少し複雑で、けれど優しい表情で見守っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ