護衛の紹介
「ライナー。せっかくですし、一緒に話を聞いてくれませんか?」
私がそう切り出すと、ライナーは一瞬だけヨアンの方へ視線を向け、肩をすくめた。
「俺もかい? ヨアンと大事な話なんじゃないのか?」
「これからお話しする内容は、特に秘密にするつもりはありません。いずれ聖庁からも通達が出ると思いますし」
そう答えると、ヨアンは小さく頷き、商談用の席へと私たちを案内した。
私は椅子に腰を下ろし、背筋を整えてから本題に入る。
「私とリュミエルは、これから南ディオール各地を巡る旅に出ます。期間はおよそ三カ月ほど。状況次第では、多少前後するかもしれません」
ライナーが腕を組み、軽く顎を引いて話を聞いているのが視界に入る。
「そのため、まずは旅に必要な装備や道具を、グランデル商会で揃えたいと考えています」
「左様でしたか」
ヨアンは指を組み、商人らしい落ち着いた口調で応じた。
「当店も最近は冒険者向けの品揃えを強化しております。後ほど、細かい条件をお伺いしましょう」
「ありがとうございます」
一息置いてから、私は話題を切り替える。
「それとヨアン。商隊の護衛は、普段どのように手配されているのですか?」
ヨアンは少し考えるように視線を落とし、すぐに答えた。
「基本は商会の従業員が同行し、必要に応じて現地で村人や冒険者、傭兵を雇っています」
「なるほど……」
私はその言葉を反芻しながら、指先を軽く膝の上で揃える。
「実は、私たちの旅にも同行してくれる仲間を探していまして」
その瞬間、ヨアンの表情が変わった。
経営者としての判断が浮かぶ。
「……理解いたしました」
ヨアンはゆっくりと頷き、自然な流れでライナーの方へ顔を向ける。
「でしたら、ライナーのパーティーはいかがでしょう。丁度、仕事を終えたばかりで、次の依頼を探しているところです」
ライナーは思わず苦笑し、頭の後ろを軽く掻いた。
「ヨアン、俺たち、次の仕事の打ち合わせをしてたところだろ? そんな話を勝手に振っていいのか?」
「もちろんです」
ヨアンは即答だった。
「グランデル商会の仕事はいくらでもあります。ですが、ソルフィーユ様からの直接の依頼は、そう何度もあるものではありません」
ライナーは一度、私の顔をじっと見てから、ゆっくり息を吐いた。
「……まあ、確かにな。あとは、報酬次第ってところか」
「言い値で構いませんよ」
即答だった。
「――!?」
「ソルフィーユ様!?」
隣でリュミエルが椅子から身を乗り出す。
「そこは、ちゃんと交渉してください。いつもそうやって無駄遣いを――」
小言が始まったのを横目に、私はそっと視線を逸らした。
(……これは、任せた方が早いですね)
内心でそう判断し、交渉役をリュミエルに譲ることにした。
その後は、リュミエルが中心となってライナーと細かな条件を詰めていった。
護衛期間、想定ルート、立ち寄る可能性のある教会や都市。専門的な話題が続き、私は少し距離を取って二人のやり取りを見守る。
「護衛期間とルートは、大体把握した」
ひと通り話を終えたのか、ライナーは腕を組み、満足そうに頷いた。
「あとは仲間たちの意見も聞かないとな。あいつらにも、それぞれ事情がある」
「それは構いません」
私は落ち着いて答える。
「もし都合が合わなければ、私たちの出立時期をずらすことも可能ですし」
「ライナー」
そこで、ヨアンが少しだけ強めの口調で割り込んだ。
「ソルフィーユ様は、どうしても月下の牙に来てもらいたいようですよ。そこは、しっかり仲間をまとめてください」
「……はいはい、分かってるよ」
ライナーは苦笑しながら肩をすくめる。
「仲間たちは必ず説得する。明日、東門のギルドに来てくれないか? 正式な依頼として受理したい」
「ギルド、ですか?」
一瞬、ギルドと聞いて盗賊ギルドを思い出し、小首を傾げると、すぐ隣でリュミエルが一歩前に出た。
「ソルフィーユ様、私からご説明します」
胸を張り、いかにも講義を始めるような調子だ。
「冒険者は、基本的にギルドを通して仕事を請け負います。そうすることで、報酬や条件が明確になり、フェアな取引が保証されるのです」
リュミエルは指を一本立てて続ける。
「もちろん、ギルドを通さずに仕事を受けることも可能ですが、評価には繋がりませんし、トラブルが起きやすくなります。ですので、原則としてギルドを通すのが一般的ですね」
「なるほど……」
私は素直に頷いた。
「勉強になります」
聖女という立場にいながら、まだ知らない世界は多い。
こうして一つずつ学んでいくのも、外遊の意味なのだろう。
「わかりました。では、明日、東門のギルドへ伺いますね」
「ああ、頼むよ。それじゃ、俺はこれで」
ライナーは軽く手を挙げると、商談室を後にした。
その背中が扉の向こうへ消えるのを見届けてから、私たちはヨアンへと向き直る。
「月下の牙をご紹介いただき、ありがとうございます」
「いえいえ」
ヨアンは手を振り、穏やかに笑った。
「彼らはソルフィーユ様と面識もありますし、正直に言えば、私が普段依頼する仕事より報酬も良い。悪い条件ではなかったはずです」
そう言ってから、少しだけ声を落とす。
「……それに、あの子を助けていただいた恩もありますから。結果的に、私としても胸のつかえが取れました」
その表情に、打算ではない本心が滲んでいた。
「では、早速ですが」
私は話題を切り替える。
「旅に必要な物を揃えたいのですが、実際のところ、何から手を付けるべきでしょうか」
「まずは移動手段ですね」
ヨアンは即答した。
「先ほどのライナーとのやり取りを聞いていましたが、選択肢は二つ。商隊の馬車を間借りするか、馬と馬車を新たに購入するか、です」
「それぞれの、メリットとデメリットを教えてください」
「承知しました」
ヨアンは指を折りながら説明を始める。
「商隊の馬車は、あらかじめ決められたルートを走ります。そのため、必ずしも希望の地域へ行けるとは限りません」
一拍置いて、現実的な言葉を続ける。
「最悪の場合、途中で降りて徒歩――、というのも、珍しい話ではありません。また、盗賊や魔物に襲われた際には、同行者全員で協力して対処する必要があります」
「なるほど……」
「ですが、利点も多い」
ヨアンはそこで少し表情を和らげた。
「食事や寝床は確保されていますし、必要な物資も、その場で購入できます。費用を抑えたい場合には、非常に合理的です」
――流石は商人だ。
金で解決できる部分は金で済ませ、代わりに守るべき場面では力を出す。合理性に一切の無駄がない。
「では、馬と馬車を購入する場合は?」
「こちらは初期費用が、かなりかかります。維持費も馬の世話も必要になりますからね」
そう前置きしてから、ヨアンははっきりと言った。
「ですが、行き先は自由。荷物も多く積めますし、長期で、かつ私的な旅であれば、購入する価値は十分にあります」
商人としての経験から導き出された結論だ。
「ソルフィーユ様。私たちは秘密も多いですし、素性の知れない者に詮索されるのは避けたいところです」
リュミエルの意見はもっともだった。
聖女として身元が知られること自体は構わないが、それを利用しようとする者は、いくらでも湧いてくる。
それならば、信頼できる仲間とともに、縛られることなく、行き先を自分で選べる旅の方がいい。
私にとっても、その方が都合が良かった。
「……そうですね。馬と馬車を購入しましょう。ヨアン、手配はできますか?」
「もちろんです。すぐにご用意いたします」




