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聖女に転生したけど中身は世界最凶の暗殺者でした  作者: じゃむばた
聖女と南ディオール地方編
69/83

影に潜む者

 娼館街の裏路地を、ガルドとセレナが並んで歩く。

 裏路地とはいえ、怪しげな店が点在し、壁に寄りかかる男たちの視線は粘ついている。まるで、獲物を値踏みするかのように。

 

 不意に、一人の男がセレナへと手を伸ばした。

 その瞬間、ガルドが男の手首を掴み上げる。

 

「その汚ねぇ手で触るな。圧し折るぞ」

 

 低く告げると同時に、ガルドは男を地面へと叩き転がした。

 

「……ほんと、ここ嫌い」

 

 セレナが溜め息をつく。

 

「私がエルフだって分かると、目を血走らせて襲ってくるのよ」

 

「あん? お前なら、簡単に対処できるだろ?」


「もちろんできるけど」

 

 肩をすくめ、セレナは続ける。

 

「そんなくだらない理由で、わざわざ精霊の手を借りたくないの」


 セレナは精霊を便利な道具とは思っていない。

 精霊は良き隣人だし、子供の頃からの友達だと思ってる。

 嫌悪化を感じる相手に、精霊を使うなら、自分の手で対処するつもりでいた。

 今は側にガルドがいるので、守ってくれると信じて敢えて何も行動に移していなかった。

  

 セレナのそんな思いも知らず、ガルドは鼻をひくつかせると、誘拐犯のおおよその位置をセレナに伝える。 

 

「よし、あっちだ。仲間に信号を送れ」

 

「おっけー。任せて」


 そう言って、彼女は人差し指を天へ向けた。

 呼応するように、火の精霊が小さく生まれ、夜空へと舞い上がる。

 くるりと一度旋回すると、ある方向へ飛び――、そのまま闇に溶けた。

  

 ガルドの手には、誘拐犯の外套から切り取った布切れが握られている。そこに染み付いた匂いを頼りに、犯人の位置を割り出す。

 

 ライムの匂いについては問題ない。ガルドとは、もともと面識がある。最悪、ライムの匂いを追えば辿り着くだろう。


 夜の娼館街は暗く、入り組んでいる。

 だが同時に人の気配は多く、騒がしい。この中で、声や身振りだけで仲間に指示を出すのは難しい。

 だからこそ、セレナの精霊魔法を使い、誘拐犯の位置を定期的に仲間へと伝えていた。

 

 しばらく進んだところで、ガルドの足が止まる。

 

「止まれ」

 

 短く、低い声。

 セレナはその異変を察し、息を潜めて周囲を警戒する。

 

「……匂いが分かれてる。一種のマーキングだな。追跡を逃れようとしているが――」

 

 ガルドはさらに鼻を動かし、慎重に匂いを分析する。

 

「……こっちだ。急げ」


 迷いはなかった。

 複雑に混ざり合った匂いの中から、特定の“芯”だけを嗅ぎ取り、一筋の道を導き出す。


 

「セレナ。直進だ。百メートル先の建物が怪しい。あそこだけ、妙に匂いが消されてやがる。怪しすぎる」

 

「罠じゃない?」

 

「その可能性もある。だが――」

 

 ガルドが辿り着いた先にあったのは、崩れかけた教会だった。

 人の気配はなく、湿った石壁と、染み付いたカビ臭が鼻腔を刺す。

 

「段取り通りに動くぞ」

 

「ええ」

 

 セレナは小さく頷き、人差し指を空へ向けた。

 火の精霊が弾けるように飛び上がり、一瞬だけ教会の輪郭を照らす。

 

 次の瞬間、光は闇に溶けた。

 

 ほどなくして三つの影が路地裏から現れる。その影は、リュミエル、ライナー、バロック。その三人が合流した。

 

「ソルフィーユ様が、まだ来ていません」

 

 リュミエルの言葉に、一瞬の沈黙が落ちる。

 

「……申し訳ないが、時間切れだ」

 

 ライナーが非常な決断を下した。

 リュミエルも誘拐されたライムを救出するには、一刻を争うことを理解している。

 

「セレナ。外で待機して周囲の警戒を。もし、聖女様を

 見つけたら合流な」

 

「わかったわ」

 

「俺とガルド、バロック、それにリュミエル先輩で、教会内部に入る」

 

「任せろ」

 

「うむ」

 

 ライナーの指示に月下の牙の面々は短く頷いた。

 この先に、誘拐犯とライムがいる可能性が高い。


「ソルフィーユ様……」

 

 後ろ髪を引かれる思いで、リュミエルは教会の中へと足を踏み入れた。


 廃教会の内部に入った瞬間、床板が軋み、乾いた音を立てて埃が舞い上がる。

 

「待て。何かおかしい」

 

 ガルドが低く警鐘を鳴らした。

 

「匂いが、いたる所にある。……これは、撒いてやがるな」

 

「罠かの」

 

 バロックが周囲を見渡し、やがて床近くに張られた細い糸を見つける。

 

「バロック、これは――」

 

 ライナーが手を伸ばしかけた、その瞬間。


「触るなっ!」

 

 バロックが慌ててライナーの手を押さえた。

 

「ばかもん。これは魔石爆弾じゃ。この糸が切れた瞬間、魔石が暴走して、全員まとめて爆散じゃぞ」

 

 ライナーの背中に、冷たい汗が伝う。

 

「……解除できるか?」

 

「ふん。これくらい、鉱山じゃ日常茶飯事よ。なんてことはないわい」

 

 バロックは手際よく仕掛けを解体し、魔石爆弾を回収すると、何事もなかったかのように懐へ仕舞い込んだ。

 

 ――酒の足しにするつもりだな。そう思ったが、ライナーは喉まで出かかった言葉を飲み込んだ。

 

 その後は内部を探るが、誘拐犯の姿は見当たらない。

 仕掛けられていた罠も最初の一つだけで、目新しいものはなかった。


「……この下だな」

 

 ガルドが、床を見つめて呟く。

 一見、何の変哲もない床。

 だが、よく見ると、誰かが動かした痕跡が残っている。


 床は隠し通路になっており、ガルドは中を確認すると、慎重に階段を降りていく。

 すると、そこには床に倒れている子供がいた。

 

「……ライムがいる」


 リュミエルが、すぐにライムの側へ駆け寄った。

 

「息はあります。外傷もなさそうです」

 

「ふぃ〜……無事で良かったわい」

 

 その言葉に、皆の表情から強張りが抜けた。

 

「だが……誘拐犯がいないな。どこへ消えた?」

 

「匂いも、近くには感じねぇ……もう逃げたのか?」

 

「とりあえず、ここを離れよう。ライムを連れて外へ出る」

 

 ガルドは慎重に周囲を警戒しながら、ライムを抱き上げる。 

 こうして一行は、廃教会を後にした。

 

  ▽

 

 リュミエルたちが廃教会へ侵入するそれより、少し前。


 ソルフィーユは娼館街の屋根を伝い、静かに進んでいた。

 開いた窓からは、男女の甘い囁きが漏れ聞こえる。娼館が立ち並ぶこの区域では、珍しいことではない。

 

 そんな光景を視界の端に流しながら、ソルフィーユはミラーナが仕立て上げた漆黒の装い、『静黒聖衣』の感触を確かめるように足を運ぶ。

 

 音はなく闇に溶け込む。

 この聖衣は、明らかに別格だった。

 小手も具足も違和感がなく、静黒聖衣と完全に連動して着脱できる。

 装備というものは、身体に合わなければ動きを阻害し、本来の力を引き出すどころか、足枷にすらなりかねない。

 

 ミラーナが体の隅々まで採寸した理由が、今ならよく分かる。


 そのときだった。

 

 遠くで、火の精霊が空へと打ち上げられるのが見えた。

 

 ――ガルドが、誘拐犯のアジトを突き止めたのだろう。

 ソルフィーユは、その方向へ足を向けた。

 

 だが、次の瞬間。

 進行方向の屋根の上に、黒い影が立っていた。

 

(……いつの間に?)

 

 気配はなかった。近づく音も、動いた痕跡もない。

 まるで最初から、そこにいたかのように影が存在していた。


「――よくもまあ、化けたものですね」

 

 透き通るような声だった。

 低くもなく、高すぎもしない。

 その声質だけで、相手が女だと分かる。

 

 外套の裂け方。

 あのとき、投げナイフが切り裂いた布。

 

 間違いない。

 ライムを攫った誘拐犯だ。

 

「見た目まで変わる道具……不思議ですね。とても興味深いわ」

 

 小さく笑い、女はフードを外した。

 

 その瞬間、ソルフィーユは目を見開く。

 

 額から生えた二本の角。

 緩やかに渦を描くように湾曲し、月光を受けて鈍く光っている。

 

 そして――、赤く染まった瞳。

 

「……魔族」


 神力聖典にも記される存在。

 かつて人と共存していたという伝承はあるが、聖レイディア教の教えにおいて、魔族は明確な敵だ。

 

 そんな存在が、なぜ子供を攫う?

 

「誘拐した子――、ライムはどこですか?」

 

「安心して。あの子は今頃、あなたのお仲間が助けている頃よ」

 

 女は小さく笑う。


「怪我もさせていないわ。子供を壊す趣味はないもの」

 

「……では、何が目的ですか?」

 

「あなたと、二人きりで話したかったの」

 

 赤い瞳が、まっすぐにこちらを見る。

 

「――聖女ソルフィーユ」

 

 胸の奥が、ひやりと冷えた。


 認識阻害のマスク。

 静黒聖衣。

 どちらも、私を“別人”として隠すためのものだ。

 それでも、この魔族の女は見抜いた。

 

「どうして……」

 

「簡単よ」

 

 女は楽しげに微笑む。

 

「あなた、隠れていないもの。神力が外に滲み出ている」

 

「……私を誘い出す為だけに、子供を使った?」

 

「ええ。いつもくっついている聖騎士が邪魔だったから」

 

 あっさりと、悪びれもせず言い切る。

 

「引き離すには、子供が一番効く。……ただ、邪魔者が増えて困ったけど」


 軽く首を傾げる。

 

「でも結果的に、あなたは一人になった。だから、良しとしましょう」

 

「……話とは?」

 

 女は一瞬、屋根の下――、教会の方角に視線をやり、再びこちらを見た。

 

「南の領地にいる、ある人物がね。子供を集めているわ」

 

「……なぜ、それを私に?」

 

「興味よ」

 

「興味?」

 

「ええ」

 

 女の視線が、真っ直ぐ私の瞳を射抜く。

 

「ナスター=ヘスペリア。あいつの“分体”を倒したのが、あなたでしょう?」


 胸の奥がざわつく。

 

「……分体?」

 

「そう」

 

 魔族の女は、くすりと笑った。

 

「あなたたち人間の言葉で言うなら……本体じゃなかった、ということ」

 

「……奴は、生きているの?」

 

「ええ」

 

 女は、夜空を見上げる。

 

「彼も、私と同じだから」

 

「同じ……?」

 

「魔族はね」

 

 赤い瞳が、再びソルフィーユを射抜く。

 

「簡単には死なないのよ」


 風が吹き、女の外套が揺れた。


 この魔族の女の言葉が真実なら、ナスターは生きていることになる。奴隷商虐殺事件の魔族の痕跡や、ナスターの遺体が見つからなかったことを踏まえると、辻褄があう。

 

「南ディオール。そこにいる領主……気をつけなさい、聖女様。次は、もっと多くの子供が消える」

 

 女の姿が、闇に溶け始める。

 

「あなたが動かなければ、ね」


 彼女はそう言った途端、影の中に沈むように消えていく。


「まてっ!」


「――また会いましょう」


 そして、魔族の女が闇に消えると、教会の方からソルフィーユを呼ぶ声が聞こえた。

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