裏路地の作戦会議
ガルドは、『月光の牙』が拠点としている宿へと戻ってきた。
こじんまりとしたその宿には客室が四つしかなく、そのうち二部屋を彼らが占有している。一階はリビングを兼ねた共有スペースで、宿泊客の憩いの場でもあった。
そこでは、月光の牙の仲間であるライナー=ヴォルクと、セレナ=ウィンドレルが腰を下ろし、談笑していた。
「ガルド、おかえり。慌ててどこに行ったんだ? 心配したんだぞ」
「そうよ。あなた、何も考えずに行動する癖、いい加減なんとかしなさい」
「……わりぃな」
仲間に心配をかけてしまった。
その事実が胸に刺さり、ライムのことをどう切り出すべきか、ガルドは迷った。
この件を相談するべきか。
それとも、自分一人で背負うべきか。
そんな逡巡を見抜いたのか、ライナーが声をかける。
「まあ、座れよ。何かあったんだろ?」
ガルドは、小さく息を吐き、覚悟を決めた。
「……知り合いの子が誘拐された。俺は、その子を助けに行くつもりだ」
「知り合い? 俺たちも知ってる子か?」
「グランデル商会の、ライムだ」
「……なんだって!?」
ライナーが勢いよく立ち上がる。
「なら、どうして最初から俺たちに声をかけなかった?」
「すまないと思ってる。緊急だったし、迷惑をかけたくなかったんだ」
「はぁ……今さら何言ってんのよ。あんたに迷惑かけられた回数なんて、数え切れないでしょ」
セレナが呆れたように肩をすくめる。
そのとき、宿の扉が開いた。
樽のような体格の男――バロック=アースフォージが、重い足取りで入ってくる。
「話は聞かせてもらったぞ。水臭いじゃねえか、ガルド」
「バロック……」
「ライムの小僧は、雇い主の跡取り息子だぞい。俺たちだって、無関係ってわけにはいかねえ」
「ずんぐりむっくりと同意見ね。ライムが誘拐されたなら、私たちも動くべきよ。ねえ、ライナー?」
「ああ。ガルド、すぐに行くんだろ?」
「……ああ。ただし、一つだけ条件がある」
ガルドは、仲間たちを見回した。
「他にも、すでに追っている連中がいる。これから見ること、聞くことは――他言無用で頼む」
「まあ、ガルドがそう言うなら、言いふらしたりはしないさ」
「それでいい。すぐに準備して、西門へ向かいたい」
「了解」
月光の牙は手早く支度を整え、外套を羽織る。
誰一人として、引き止める者はいなかった。
こうして彼らは、足早に西門へと向かう。
▽
夜の帳が降りる頃、西門付近でソルフィーユはリュミエルと並び、娼館街の様子を窺っていた。
端から見れば怪しさ満載だが、娼館を彷徨く連中と比べれば、それほど浮いてはいない。
それだけ、この一帯の治安が悪いということだ。
「ソル、リュミ。ここにいたのか」
声を掛けてきたのはガルドだった。
その背後には、外套で姿を隠した人物が三人。
「ガルド、一人で来たわけではなさそうですね。そちらの方々は?」
「俺のパーティーだ。事情を話したら……まあ、こんな感じだ」
フードに隠れて表情は見えないが、月光の牙の面々だろう。
「ねぇねぇ、それよりさ。あんた、何者? ガルドの知り合い? ライムを助けるために手を貸してくれるって聞いたけど」
軽い口調とは裏腹に、探るような視線。
私とリュミエルは顔を見合わせ、そっと外套のフードをを取り、再度、深く被り直す。
「……え?」
「せ、聖女? マジで?」
一瞬、空気が凍った。
「ガルド……どういうことか、説明してもらえる?」
「話せば長くなる。ソルとは知り合いだ。隣にいる人族は、聖騎士だ」
「これはこれは……驚いたのぉ」
バロックが感心したように目を丸くし、
セレナは頭を抱えて小さく唸る。
「もしかしてさ。数ヶ月前、グランデル商会で会った? 変装してたから分からなかったけど……リュミエル先輩がいるってことは、そうだよね?」
「ライナー君には隠し通せないかな。そうだよ。私がお護りしている、聖女ソルフィーユ様だよ」
ライナーは、なるほどといった様子でゆっくり頷いた。
そういえば、ライナー=ヴォルクは元銀翼の騎士団だったことを思いだした。
「……でさ。なんで聖女様が、誘拐犯なんて追ってるわけ? 正直、ガルドに任せた方が確実じゃない?」
「そうはいきません」
私は、はっきりと言い切る。
「以前から、子供の誘拐事件は多発しています。そして今回は、グランデル商会のライムが被害に遭いました。あの子を救出し、犯人を突き止める――。それは、私がやらなければならないことです」
私自身、根拠のない行動だという自覚はあった。ガルドなら身体能力も高く、犯人を突き止められる可能性は高い。
そもそも、これは聖女の仕事ではない。犯行を目撃したのであれば、戒律院や衛兵に通報すれば済む話だ。
それが、この国における正しい手順でもある。
だが、今回の犯人は、かなりの手練れだ。
直感が、はっきりと警告している。
下手に任せれば、事態は悪化する可能性まあるし、今、ライムの救出を他の人間に委ねたら、最悪の場合、失敗する。
私は、そう思ってしまったのだ。
「私は反対かなー」
セレナが、軽い調子で口を挟む。
「聖女様って、こういう荒事は不得意でしょ? 私なら精霊魔法も使えるし、仲間たちは戦闘のプロ。さすがに、大人しくここで待ってた方がいいと思うよ」
「……本当に、そう思いますか?」
私は挑発に乗らず、静かに聞き返した。
「まな板娘。お前の目は節穴か?」
低く、バロックが吐き捨てる。
「聖女様に纏わりつく気配……あれは、ただ者じゃないぞ」
「……それは、認めるわ」
セレナは一瞬、言葉を詰まらせてから頷いた。
「聖女様は神力っていう、訳の分からない力を使うし。精霊たちも、なぜか聖女様の周りに集まってくる。でも、それとこれとは別よ」
視線を逸らさず、はっきりと言う。
「聖女様に、こんな荒事は危険。私は、そう言いたいの」
「お気遣い、感謝します」
私は一礼し、言葉を選んだ。
「ですが、私にも――、貫き通さなければならないものがあります」
視線を上げる。
「ですから、引き下がるつもりはありません」
セレナは一歩ま引かない聖女に、それ以上言い返すことはなく、鼻を鳴らしてそっぽをむくだけだった。
「聖女様がそこまで言うなら、俺たちは構わないですよ。しかし、誘拐犯を確実に捕らえる為に、ある程度作戦を練らなくてはならないと思う」
確かにライナーの言う通りである。
折角、人数が揃っているなら、利点を活かせるはずだ。
西門近く、明かりの届かない路地裏。
壊れた木箱を囲むようにして、私たちは集まっていた。
月下の牙――
ライナー=ヴォルク、
ガルド=ランフィア、
セレナ=ウィンドレル、
バロック=アースフォージ。
そして、私とリュミエル。
誰もが軽口を叩く雰囲気ではなかった。
夜の冷気よりも、これから起こることの重さが、場を静めている。
「まず確認だ」
ライナーが口を開く。
「相手は単独。だが、動きは完全にプロ。追跡を想定してる可能性が高い。ガルドの話だと、匂いは残してるが、撒きも混ぜている」
ガルドが低く唸る。
「下手に走れば、逆に誘導される」
「娼館街……最悪の場所ね」
セレナが肩をすくめた。
「人も多いし、精霊の声も掻き消される。戦闘になれば、一般人を巻き込む可能性もあるわ」
「じゃが、逃がすつもりもない」
バロックが短く言い切る。
視線が、自然と私に集まる。
「役割を決めましょう」
リュミエルが一歩前に出た。
「ガルドとセレナは追跡の軸、私と他の月下の牙は娼館街の監視」
「聖女様は?」
ライナーが尋ねる。
私は一瞬だけ黙り、そして答えた。
「私は今回一人で大丈夫です。お気になさらず」
聖女に期待していないのかもしれないが、誰も反論しなかった。
夜は深く、静かに息を潜める中、私たちは闇の中へと散っていった。




