誘拐犯の行方
久しぶりに訪れたグランデル商会は、以前とは見違えるほどの賑わいを見せていた。
タイガー商会が潰れて以降、事業を拡大したらしく、グランデル商会の向かい、元タイガー商会はグランデル商会の二号店となり、店内には冒険者向けの装備や道具が所狭しと並んでいる。
それらは今の冒険者たちの流行になっているようで、ガルドとその仲間『月光の牙』の面々も真剣に眺めていた。
なぜ、冒険者向けの商品が流行っているのか、理由単純だ。
監獄塔の事件が公になったことで、傭兵という職業そのものに「悪」のレッテルが貼られた。
結果、多くの傭兵が足を洗い、冒険者――、いわゆる『何でも屋』へと流れている。
グランデル商会は有能な職人を多く抱え、素材も国内外から集められる強いコネクションを持っている。
加えて、最近は聖王国内での魔物発生率が数倍に跳ね上がり、冒険者による討伐需要が急増していた。時代が彼らを必要としていたのだ。
私たちは、グランデル商会本店へと足を運ぶ。
「こんにちは。ヨアンはいますか?」
「あ、お姉ちゃんたち、いらっしゃい! 父を呼んできますね!」
元気よく応対してくれたのは、ライム=グランデルだった。
まだ幼いながらも、この商会を継ぐと宣言してからは、仕事に精を出している様子が随所に見て取れる。
「いらっしゃいませ。こちらへどうぞ」
ヨアンに案内され、いつもの商談室へ通された。
「随分と繁盛していますね」
「その節はお世話になりました。おかげさまで、こちらの店舗はお菓子など食品関連の専門店になりました。向かいの元タイガー商会の店舗を買い取り、そちらは武器防具を扱う冒険者専用店に改装しております」
「大聖都ミレニアの外、かなり危険になりましたものね」
「はい。以前は傭兵が商隊護衛を担っていましたが、先の事件で傭兵団の壊滅や解散が相次ぎました。その結果、冒険者たちが脚光を浴びています。グランデル商会では、冒険者向けの手軽な装備のほか、職人の紹介や仕事の斡旋も行っています。ギルドの協力を得て、新しい商売も準備中です」
「それは素晴らしいですね。グランデル商会の発展を、お祈りしています」
「ありがとうございます!」
ヨアンは私との会話も慣れたのか、ハキハキと喋れるようになった。
彼の新しい事業も気になるが、リュミエルの装備一式について依頼を済ませ、妖精飴をしこたま買い込むと、私たちは商会を後にした。
そのときだった。
店先で、ライムが一人の人物と楽しそうに話しているのが目に入った。
一見すれば、ただの客に見える。
だが、その人物は外套を深く被り、足取りには無駄がなかった。訓練された者特有のプロの動き。
嫌な予感がして、私は視線で追う。
次の瞬間、その人物はライムを路地裏へと誘い、背後から口を塞ぎ、そのまま連れ去ったのだ。
「リュミエル」
「はい! 追いましょう!」
走り出した、その瞬間、様子を見ていたガルドが、異変を察して声をかけてくる。
「ソル、リュミ。どうした?」
「ライムが……っ!」
「攫われました!」
その言葉を聞いた途端、ガルドの表情が一変した。
怒りが、はっきりと浮かぶ。
「ライナー! 後は任せた!」
「え? あ、ガルド、どこに――」
返事を待たず、ガルドは仲間を店先に残したまま、ソルフィーユとリュミエルの後を追って走り出した。
白昼堂々の誘拐。
――謎の事件簿に記されていた、子供誘拐事件。
実行犯と同一人物である可能性が高い。
だが、それ以上にライムが心配だった。
あの子に万が一のことがあってはならない。
感情を押し殺し、思考を切り替える。慎重に追跡し、犯人の動線を把握する。そして何よりも、ライムの救出を最優先とする。
犯人の逃走ルート、速度、判断。どれを取っても、無駄がない。訓練された者の動きだった。
――速い。
こちらが全力で追っても、距離が縮まらない。
まるで、追われることを前提にしたかのような走り方だ。
曲がり角で、誘拐犯の姿が視界から消えかけた、その瞬間。ソルフィーユは迷わず投げナイフを放った。
刃の軌道は一直線に鋭く飛び、誘拐犯の外套だけを正確に切り裂く。
宙を舞った布片を回収し、なおも追うが――。
行き着いた先は、大通り。
人で溢れ返る雑踏の中に、誘拐犯とライムの姿はすでに消えていた。
「……やられました」
「全く追いつけませんでした」
身体強化を施してなお、距離は縮まらなかった。
相手の技量は、ソルフィーユと同等――あるいはそれ以上かもしれない。
「ガルド。以前、話したことを覚えていますか?」
「ああ。子供の誘拐事件だな。俺も個人的に追ってはいた。西門付近なのは間違いないが……」
ガルドは歯噛みする。
「ライムが心配だ。早く追うぞ」
「待ってください。闇雲に追っても無駄です」
ソルフィーユは、裂けた外套の布切れを差し出した。
「……それは、誘拐野郎のか?」
ガルドは布を受け取り、鼻をひくりと動かす。
次の瞬間、その目が見開かれた。
「西門だ。それも……娼館街の匂いだな」
「犯人は娼婦?」
「いや。娼館に出入り、あるいは近くに居る人間だな」
「ようやく、ガルドの鼻が役に立つ日が来ましたね。その布切れから、誘拐犯とライムの匂いを辿れますか?」
ガルドは、ニヤリと犬歯を覗かせる。
「任せろ。必ず追い詰めて、ライムを助け出してやる」
リュミエルが一歩前に出て、静かに口を開いた。
「それなら、行動するのは夜の方が良いですね」
「なぜだ? 今から追った方がいいだろ?」
「相手の戦力が分かりません。待ち伏せされている可能性もありますし、ライム君をアジトへ連れて行くなら、追跡者を完全に撒いて、安全が確認できた後に戻るはずです」
「リュミエルの言う通りですね。誘拐犯を追跡するための証拠は、すでにこちらにあります。最悪の場合でも、ライムの匂いが分かれば、街の外に出られても追跡は可能でしょう」
ガルドは腕を組み、しばらく黙り込んだ。
やがて、頬をぽりぽりと掻きながら息を吐く。
「……わかった」
そして、視線を上げる。
「その代わりだ。今回の誘拐事件、俺にも手伝わせてくれ」
「もちろんです。私たちも、ガルドに協力をお願いするつもりでした。ですが、お仲間たちには話を通した方が良いのでは?」
「あ、そうだったな……。宿に戻って事情を説明してくる。日が暮れる前に、西門で待ち合わせだ!」
「それで構いません。私たちも、ヨアンに事情を説明しなくてはなりません。その後、救出のための準備を整えましょう」
「はい!」
「おう!」
ライムを攫われたという現実は変わらない。だが、方針は定まった。
私とリュミエルは一度グランデル商会へ戻り、事の顛末をヨアンに説明する。
「そんな……。姿が見えないとは思っていましたが、まさか……こんなことに……」
ヨアンは頭を抱え、その場に立ち尽くした。
「……タイガー商会の生き残りでしょうか?」
「現時点では断定できませんが、可能性は低いかと」
タイガー商会は、監獄塔の事件をきっかけに解散しており、戒律院と騎士団によって、多くの関係者はすでに逮捕、捕縛された。
そして何より、タイガー=ブラッドファングは、グランデル商会には手を出さないと明言していた。
保証はないが、彼の仲間たちの振る舞いを見ている限り、グランデル商会を標的にする可能性は低いと判断できた。
「私たちは、犯人につながる手がかりを入手しています。今夜にも、ライムを救出に向かうつもりです」
「そうです、ヨアン殿。ここで、ライム君の帰りを待っていてください」
「ソルフィーユ様……リュミエル様……。本当に……本当にお願いします……。あの子は、私の宝物なのです……」
その言葉を胸に刻み、私たちは商会を後にした。
胸の奥で、静かな怒りの火が燃えている。
それを表に出すことはない。
今はただ、誘拐犯を追い詰めるために。




