表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
聖女に転生したけど中身は世界最凶の暗殺者でした  作者: じゃむばた
聖女と監獄塔編
65/78

ありったけの神力を

 聖女ソルフィーユの後ろ姿が、地上への闇に消えていく。

 それを見届けた後、アルステル=ヴァン=グレイブは、ゆっくりと振り返った。


 視線の先にいるのは、拷問神官ネハル=ロスティア。


「……ネハルよ」


 低く刺すような声。


「聖女を使い、『儀式』を行ったな。いったい、どの儀式を執り行った」


 ネハルは微笑を崩さない。


「神託の書に記されていた一文。その検証ですよ」


 軽い口調とは裏腹に言葉は重い。


「結果――、初めて成功しました。ですから、大収穫です……イヒヒ」


「……儀式の遂行には、本来、国王と教皇の正式な書状が必要じゃ」


「ええ、もちろん」


 ネハルは棚の引き出しを開け、丸められた羊皮紙を取り出した。

 それを差し出す仕草に、ためらいはない。


 アルステルは受け取り、内容を確認する。


 そこには確かに、聖女を用いた“ある儀式”の実行許可が記されていた。


黙示供犠もくじきょうぎ


 国王の名。

 教皇の名。

 そして、正式な捺印。


 疑いようがない。


「……ネハルよ」


 紙を巻き直し、静かに問う。


「この儀式は三大奇跡ではないな。いったい、どのような儀式なのだ」


「お答えできませんねぇ……」


 ネハルは肩をすくめ、愉快そうに喉を鳴らす。


「イヒヒ」


 それ以上、問いただしても無駄だ。


 アルステルは、それをよく知っていた。


「ああ、そうそう」


 不意に、ネハルが言葉を継ぐ。


「一つ、聖女ソルフィーユについて、お伝えしておきたいことがございます」


「……何じゃ」


「彼女は『真なる聖女』です」


 一瞬、空気が張りつめる。


「左様か……」


 アルステルは、それ以上の感想を口にしなかった。


「我々、聖庁としましては」


 ネハルは、どこか楽しげに続ける。


「彼女の行く末を、見守りたいと考えております。王国側の動き、そして国外の動きには、十分にご注意なさった方がよろしいかと」


「……」


 アルステルは何も答えない。

 ただ、踵を返し、地上へと続く階段を上り始めた。


 その背中は老いてなお重い。


 世界が確かに変わり始めたことを理解した者の背中だった。


 ▽


 ソルフィーユは、暗い監獄塔の中から飛び出した瞬間、曇天の空が現れた。


 一歩、外に出る。


 そこに広がっていたのは、解放とは程遠い光景だった。


 瓦礫の山、崩れた壁、そして、あちこちに転がる無数の遺体。

 一見すれば災害の跡にも見える。だが、倒れ伏す死体の傷はそれを否定していた。


 刃痕。

 打撲。

 貫通した鎧。


 ――人が、人を殺した痕跡。


 ソルフィーユは、ゆっくりと息を吐く。


(タイガー=ブラッドファング……)


 タイガー商会の実質的な親玉。

 あの圧倒的な存在感と力。


 今の自分では、まだ及ばない。

 いつか必ず対峙する日が来るのだと、直感が告げている。

 その時までに、力を備えなければならない。

 

 そんな思考が、ふと途切れる。


 監獄塔の敷地外。

 さらに多くの遺体が横たわるその先に、見慣れた旗がはためいていた。


 銀の翼。

 同じ紋章を刻んだ鎧を纏う集団。


 ソルフィーユは思わず駆け出す。


「止まれ! 誰だ!」


 鋭い声と共に、数本の剣が向けられた。


「よせ! 聖女ソルフィーユ様だ!」


 別の騎士の声が重なり、剣先が慌てて引かれる。

 剣を向けてしまった騎士は、顔を青ざめさせ、深く頭を下げた。


 ソルフィーユは軽く手を上げ、「大丈夫です」と静かに意思を示す。


「怪我人はいますか?」


 声が、思ったより落ち着いていることに、自分でも気づく。


「リュミエルが重傷だと聞きましたが……」


 その言葉に応えるように、一人の男が前に出た。


 重厚な鎧。

 歴戦の風格。

 

「聖女様。一番隊隊長、ガイアス=ブルームと申します」


 一礼してから、表情を曇らせる。


「リュミエル=フォルキア、そしてゼルファード=ラインハルトが重傷です」


 ガイアスは深く辛い言葉を吐き出す。


「特にリュミエルは……現在、意識を失っております」


 その言葉が静かに胸に落ちた。


 ソルフィーユは、ほとんど駆けるように二人のもとへ向かった。


 先に目に入ったのはゼルファード=ラインハルトだった。

 意識はある。しかし、全身が紫色に変色し、異様に腫れ上がっている。


 骨という骨が砕けたのだろう。

 それでも、呼吸はある。命は繋がっている。


 問題は――もう一人。


 リュミエル。


 左肩から先が、存在しない。

 複数の術師が魔力による治療を施しているが、傷口は閉じず、血は地面を濡らし続けている。


 致死量の出血。

 一目で分かる。


 青白い顔。

 微動だにしない胸。


「どいてください」


 静かだが、拒絶の余地のない声。


「私が神力で癒します」


 残された僅かな神力を絞り出す。


「――全快」


 光が溢れ、リュミエルの身体を包み込む。


 失われていた肩と腕が、まるで最初からそこにあったかのように再生した。


「リュミエル……起きてください。怪我は、治りました」


 返事はない。

 体を揺する。


「リュミエル?」


 応えは、ない。


 口元に耳を寄せる。

 呼吸が――ない。


 首元に指を当てるが、脈もない。


 心臓が止まっている。


 ソルフィーユの脳裏を、“死”という言葉が横切った。


 思考より先に身体が動く。

 両手を胸に重ね体重をかける。


 ――心臓マッサージ。


「リュミエル、生きてください!」


 声が震える。


「こんな……こんなところで、死ぬつもりですか!」


 神力は肉体を癒せても、失われた命までは戻せない。それは聖典にも記された事実。


 それでも、手を止める理由にはならなかった。


「聖女様……もう……」


「諦めません!」


 押す。

 戻す。

 押す。


 時間の感覚が、失われていく。

 五分。あるいは、それ以上。

 永遠のように長い。


「……リュミエル」


 喉が詰まる。


「あの誓いは……嘘だったのですか……」


 胸の奥から、熱いものが込み上げる。


 サイファとして生きていた頃、両親を事故で失ったあの日以来――涙など、枯れたと思っていた。


「……あなたは、私の聖騎士でしょう……!」


 声が割れる。


「私の目的のため、最後まで側にいると……そう、約束したでしょう……!」


 器に残る神力は、ほぼ尽きている。


 だが――

 魔力は、まだある。


 魔力を神力へ変換することは可能だ。

 それが何を意味するかも、分かっている。


 異端。

 裁き。

 追放。


 だが。


(後悔するくらいなら――)


 決意は、迷いを焼き切った。


(秘密を失ってでも、救う)


「――黒焔纏」


 黒い炎が、全身を包む。


 禍々しく、濃密な魔力。


 周囲にいた銀翼の騎士団、

 そして王国正規軍が、ざわめく。


 さらに、赤い煙が噴き出す。

 かつて喰らった、赤煙のルーガの魔力。


 それが黒焔に溶け込み、爆発的な奔流となって天へと伸びた。


(今は――変換する!)


 魔力を神力へ。


 黒焔は白へ、

 白はやがて七色へと変わる。


「リュミエル……」


 声が、周囲が、静かになる。


「これが、ありったけの神力です」


 限界が近いことは分かっている。


「目を覚まさないと……流石の私でも、死んでしまうかもしれませんよ……」


 その瞬間。


 ――ピシリ。


 器の内側に、確かに“ひび割れる音”がした。


 眩い光が曇天を貫き、一点へと収束すると、その光はリュミエルの胸へ。


「……ソルフィーユ……様?」


 微かな声。

 

 目を薄っすらと開けるリュミエルの大きな瞳には、神力の光が宿っていた。


 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ