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秩序の暴力

 攻城戦において防御側が有利とされるのは、地形、防御施設、そして十分な兵糧が揃っていることが前提だ。


 兵力差についても、攻撃側が三倍以上必要だと言われている。

 だが――監獄塔に、その前提は存在しなかった。


 常駐する兵士は二百名ほど。

 監獄職員を含めても、四百名に届くかどうか。


 そもそも、監獄塔が大軍に襲われるという想定自体がない。

 外敵よりも、内側を抑えることを重視した構造だ。


『攻め込まれても、時間を稼げれば十分』

 

 その程度の防御能力しか備えてなく、本格的な攻城兵器に対する対策はとられていなかった。


 カタパルトから放たれた投石が、次々と敷地内へ落下する。


 高層建築が少ない監獄塔では、倉庫、兵舎、職員の寝所といった重要施設が密集していた。


 そこを重点的に狙われ、防衛機能は、あっという間に麻痺する。


 さらに梯子が掛けられ、傭兵たちが波のように城壁を越えてきた。


 内部制圧に、時間はかからなかった。


「雑魚どもは皆殺しだ! 奪える物は、すべて奪え!」


 誰かの号令を合図に、傭兵たちの目の色が変わる。


 兵士も、職員も、非戦闘員も区別はない。武器と防具を剥ぎ取り、金目の物を探し、女を見つければ、躊躇なく踏みにじる。


 罪を裁くための神聖な場所は、もはや原形を留めていなかった。


 そこに広がる光景は――

 地獄、そのものだった。


「ベルク団長! 報告です!」


 獣王傭兵団の一人が、ベルク=ドレッドノートのもとへ駆け寄る。


「西の丘に敵部隊が展開! 数、およそ五百!」


「……所属は?」


「紋章官の確認によれば、聖王国ディオール、銀翼の騎士団です!」


「チッ……銀翼か」


 ベルクは短く舌打ちし、即座に戦況を整理する。


「俺たちは下層へ潜る。迎撃は『爪の傭兵団』に任せろ」


 感情はない。

 あるのは、切り捨てる判断だけだ。


「了解です!」


 命令は即座に伝達され、戦場はさらに混沌へと沈んでいった。


 ▽


 傭兵団およそ二千が監獄塔に対し攻城戦を仕掛けてから、一刻ほどが経過していた。


 その頃には、銀翼の騎士団はすでに後方に展開していた補給部隊を撃破している。


 奇襲だった。

 敵は完全に虚を突かれ、銀翼側の被害は軽微。


 このまま丘の上に陣を敷き、戦況が最も崩れた瞬間に介入する――漁夫の利を狙う作戦だ。


「まもなく、陣が完成します」


「わかりました。各隊、指示があるまで待機」


「ハッ!」


 報告を受け終えると、リュミエルは自らの装備を見下ろし、最終確認を行う。


(ソルフィーユ様……)


 監獄塔には、聖女ソルフィーユがいる。


 二千という数の傭兵団も脅威だが、もし、カタパルトの投石が彼女のいる場所に届いていたら――。


 考えただけで、胸が締め付けられる。


 焦燥を押し殺そうとするリュミエルの様子を察し、ラインハルトが声を掛けた。


「そんなにガチガチじゃ、お姫様は救えないぞ」


「お、お姫様!? ソルフィーユ様は聖女様です!」


「真面目に返すなって」


 ラインハルトは肩をすくめる。


「力を抜け。そうじゃないと、敵より先に自分がやられる」


「……わかっています。ただ、こんな大規模な戦は初めてで……」


「初陣にしちゃ、上出来だ」


 ラインハルトは軽く笑った。


「俺の初陣は、帝国が領内侵犯してきた時だった。あれに比べりゃ、相手は傭兵だ。やりよう次第で、勝ち目は十分ある」


「はい。作戦通りに行きましょう」


「よし」


 ラインハルトは、わざとらしく一礼する。


「リュミエル大将殿。行くぞ」


 二人はテントを出て、丘の上から戦場を見下ろした。


 明朝から始まった攻城戦は、すでに城壁を破っている。

 本来なら、監獄塔は陥落状態だ。


 ――だが。


「中央の地下牢獄入口で、かなりもたついているな」


 ガイアスが携帯用の望遠鏡を覗き込み、状況を報告する。


「元々は遺跡を改修した牢獄だ」


 アーセナルが続けた。


「入口は狭く、地下は螺旋状の階段。あの数を一気に押し込めば、足を踏み外して落ちて死ぬ者も出るだろう」


 視線が、リュミエルに集まる。


「敵は地下牢獄入口に集中し、動きが鈍っています」


 リュミエルは、静かに息を整えた。


「――好機は一度きり」


 声が、鋭くなる。


「中央一点突破。主要部隊を撃破します!」


「「おう」」


「全軍、出撃準備!」


 号令と共に、騎士たちは次々と馬に跨る。


 緊張が、静かに広がっていく。


 監獄塔の背後には、険しい山々が連なり、朝の光に照らされて美しい景色を形作っていた。


 だが、その麓――、監獄塔では地獄絵図が広がっている。


 そこへ、秩序の刃を叩き込むため、銀翼の騎士団は集結していた。


 リュミエルは腰に差していた剣を抜き放ち、馬上から銀翼の騎士団を見渡した。


「監獄塔は、聖庁が管理する神聖な場所だ」


 剣先が朝の光を弾く。


「そして因果か――、我らが聖女様も、あの戦地に囚われている」


 声に、迷いはない。


「今、この場で救えるのは我々しかいない!」


 一拍。


「己の信念のために。聖王国の法の下――、不届者どもに、怒りの鉄槌を下す!」


 剣を高く掲げ、叫ぶ。


「行け、我らが銀翼の騎士よ! 誓えっ! 女神の使徒、聖女ソルフィーユ様を救うと!」


「「オオオオオッッ!!」」


 空を震わせ、大地を揺らす咆哮。

 その叫びは、監獄塔を攻める傭兵団の耳にも、はっきりと届いた。


「二番隊!」


 リュミエルの声が戦場を切り裂く。


「聖槍騎馬隊――、騎馬突撃陣形!」


 太く、長い槍。

 敵を貫くためだけに鍛え上げられたランス。


 およそ百五十本。

 五十騎ずつ、三列。


 一点突破の破壊力は、正規軍にも引けを取らない。


 リュミエルは、剣先を監獄塔へ――

 いや、その背後に群がる敵軍へと向けた。


「聖槍騎馬隊――」


 一瞬の静寂。


「――突貫ッッッ!!」


 号令と同時に槍が一斉に下がり、銀翼の槍が戦場を引き裂きに走り出したのだ。


 金属が擦れ合う低い音が列を走る。

 馬の鼻息が揃い、地面が震え始める。


 最初は、ゆっくりだった。


 歩足。

 速歩。


 そして、合図もなく疾走へ移る。


 百五十騎の質量が、一つの意思を持ったかのように前へ流れ込む。

 槍は水平に構えられ、三列の先端が、鋭い楔を形作る。


 傭兵たちが、異変に気づいた時には遅かった。


「な、なんだ……?」


 振り向いた者の視界を埋め尽くしたのは、

 迫り来る鉄と馬の壁。


「う、うおお――!」


 悲鳴が上がる。

 盾を構える者、逃げ出す者、立ち尽くす者。


 だが、選択肢はなかった。


 衝突。


 前列の槍が、盾を、鎧を、肉体を貫いた。

 人が宙を舞い、叩き潰され、後続に押し込まれる。


 止まらない。


 第二列が、突き刺さった死体ごと押し込み、

 第三列が、そのすべてを踏み潰す。


 叫びは、音にならない。

 理解は、痛みより遅い。


 馬は跳ね、槍は折れ、それでも突撃は止まらない。


 倒れた味方に足を取られた傭兵が転び、次の瞬間、蹄に踏み砕かれる。


 戦場はもはや戦場ではなかった。

 災害だ。


 鉄の楔が、傭兵団の背後を真っ二つに割り、補給も、指揮も、逃げ道も同時に破壊する。


 突き抜けた先で、ラインハルトの怒号が響く。


「止まるな! 列を崩すな! 押せ、押せっ!」


 槍騎兵は減速しない。

 止まった瞬間が、死だからだ。


 恐怖が、混乱が、血と肉と共に後方へと流れていく。


 その光景を、丘の上からリュミエルは見ていた。


 槍騎兵の突撃が刻んだ一本の道。

 そこだけが、不自然なほど静かだった。


 敵はいない。

 いるのは、壊れた戦場だけ。


「……今だ」


 剣を振り下ろす。


「全軍、続け!」


 銀翼の騎士団は、破壊の跡をなぞるように、戦場へ雪崩れ込んでいった。 


 

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