監視塔攻略 開戦
蝋燭の灯りに照らされるテントの中、三人の騎士が難しい表情を浮かべていた。
「リュミエル。斥候からの報告だ」
一番隊隊長ガイアス=ブルームが、テーブルに広げられた地図を指でなぞる。
「監獄塔の正面に、傭兵団およそ二千。攻城兵器も展開済みで、いつでも仕掛けられる状況らしい」
「……まだ開戦していない、ということですね」
リュミエルは短く息を吐いた。
「であれば、早くても明日の朝でしょう。今は団員と馬をしっかり休ませ、明日に備えます」
「うむ」
ガイアスが静かに頷く。
ゆっくり進む馬車なら、監獄塔までは三週間。
だが騎士団は道中の村で適宜休息を挟みつつ進軍し、監獄塔から数キロの地点までを、わずか一週間で踏破していた。
その代償として、団員にも馬にも疲労の色は見える。
この状態で即座に戦闘へ突入しても、良い結果は望めない。
リュミエルは、全軍に休養を命じた。
恐らく――
早くても、傭兵団が動くのは明朝だ。
「しかし……」
三番隊隊長アーセナル=トゥルーガーが、腕を組んだまま口を開く。
「どうやって、二千の傭兵団を叩く?」
「……監獄塔を、囮にするしかありませんね」
リュミエルの答えは、苦いものだった。
推奨できる策ではない。
だが監獄塔は外部からの守りが堅い。
ならば、その間に背後を突く。
「後方部隊を叩き、補給線を断つ」
アーセナルが言葉を継ぐ。
「そこを崩し、監獄塔を攻めている連中の尻から食い込む。正面から当たるより、よほど勝ち目がある」
「だが、敵も馬鹿ではない」
ガイアスが難色を示す。
「後方とはいえ、それなりの抵抗は覚悟せねばなるまい」
その時だった。
テントの幕が開き、一人の男が入ってくる。
「――ラインハルト。只今、帰還した」
「ラインハルト隊長……無事でしたか」
「当然だ」
二番隊隊長ゼルファード=ラインハルトは、肩をすくめる。
「ただの盗賊相手に、二番隊がやられるはずもない」
そして、地図に視線を落とす。
「切り込み役が必要なんだろう?」
その目に迷いはない。
「俺にやらせろ。一番危険なところは、二番隊が引き受ける」
「危険です。それに、ラインハルト隊長と二番隊は盗賊討伐も行っています。他の隊より、疲労しているはずです」
「心配はいらない」
ラインハルトは、口元を吊り上げてニヤリと笑った。
「俺たちの隊は、今が一番昂ぶっている。士気も高い。
――切り込み役には、うってつけだ」
そして、リュミエルをまっすぐに見据える。
「俺たちに任せろ。その代わり――」
地図の後方を指で叩く。
「漏れた傭兵どもは、きっちり蹴散らしてくれ」
「……わかりました」
リュミエルは、短く息を吐いて頷いた。
「ただし、少しでも危険だと判断したら、すぐに引き返してください。命令です」
「了解だ、指揮官殿」
その言葉に、軽口とは裏腹の覚悟が滲んでいた。
監獄塔への増援をどう抑えるか。
聖女ソルフィーユの救出経路。
撤退線と合流地点。
銀翼の騎士団の会議は、夜更けまで続いた。
それぞれが、明日を生き延びるための選択を、静かに積み重ねながら。
――翌朝。
「報告! 傭兵団に動きあり! 監獄塔への侵攻、開始された模様です!」
偵察に出ていた団員の声が、会議室に響いた。
空気が一瞬で張り詰める。
だが、銀翼の騎士団はすでに準備万端だ。
残るは――動くタイミングだけ。
「敵の構成は?」
リュミエルが即座に問い返す。
「攻城兵器を多数確認。カタパルトが二基、破城槌が三基です」
「……近くの森で即席に組んだにしては、数も配置も手際がいいな」
ラインハルトが険しい表情で呟く。
「かなり前から準備と訓練を積んでいたのでしょう」
アーセナルが、経験に基づく見解を口にする。
「単なる傭兵団の動きではありません。正規軍に近い」
「他国の息がかかっている可能性は?」
「十分にある」
ガイアスが低く答えた。
「小規模な傭兵団が、統一した意思で動いている。
恐らくだが、獣王傭兵団が全体を引っ張っているな」
「獣王傭兵団……」
ラインハルトが地図を見下ろす。
「北西諸国の国境を越えてきたはずだ。商業国家連合、あるいはその向こう――獣人王国ラパスか」
「帝国から資金援助を受けている可能性も否定できん」
幾つもの仮説が飛び交う。
その中で、リュミエルが静かに口を開いた。
「……今は、不確定な話を重ねる必要はありません」
視線を上げ、全員を見渡す。
「相手は、十分な訓練を受けた傭兵団です。だからこそ確実に、大打撃を与える」
リュミエルは一呼吸し、
「昨夜決定した作戦を、予定通り実行します」
その言葉に、迷いはなかった。
「全軍――出撃準備!」
号令が落ちる。
銀翼の騎士団は、静かに、しかし確実に動き出した。
▽
獣王傭兵団――
その名を知らぬ傭兵はいない。
構成員の大半は獣人で、種族は実に様々。
犯罪者、行き場を失った者、身体に障害を負った者。
どこにも居場所を持てなかった者たちの吹き溜まり――それが獣王傭兵団だ。
だが、他の傭兵団と決定的に違う点がある。
数が多い。
そして、強い。
何より――結束が異様なほど固い。
その理由は、一人の男の存在に行き着く。
元団長、タイガー=ブラッドファング。
短気で暴れん坊、虎柄の大男。
だが面倒見が良く、人望は厚かった。
そんなタイガーを頼って人は集まり、やがて獣人だけでなく、人族までもが大勢加わるようになる。
獣王傭兵団とは、彼の名が作り上げた集団でもあった。
そして今――、その名に引き寄せられ、各地から傭兵団が集結していた。
「タイガー商会から仕事を受けた、『土踏まずの傭兵団』だ」
土踏まずの傭兵団の団長が名乗りを上げる。
「この戦、俺たちも参加する」
獣王傭兵団の現団長、ベルク=ドレッドノートは、満足げに頷き、手を差し出した。
「共同作戦だ」
固い握手。
「囚われている囚人を勧誘するもよし、物資を奪うもよし。働き次第では獣王傭兵団の傘下に迎えてやってもいい」
ベルクは低く笑う。
「今回の働き、期待しているぞ」
その言葉に、土踏まずの団長は思わず笑みを浮かべた。憧れの獣王傭兵団の団長から、直接声を掛けられたのだ。
誇らしくないはずがない。
「よし」
ベルクが声を張り上げる。
「これで合流した傭兵と盗賊は全てだ! 後は命令に従い、あの監獄塔を攻め落とす!」
背後を振り返り、続ける。
「攻城兵器は、我々獣王傭兵団が用意した! お前たちは中へ雪崩れ込み、好きに暴れろ!」
「「おおっ!」」
歓声が上がる。
弱小傭兵団や盗賊にとって、攻城戦は未知の領域だ。
だが、獣王傭兵団が前に立つ。
後の評価も、仕事の格も、すべてが変わる。
一攫千金。それだけの価値が、この戦にはあった。
ベルクの号令と共に展開していた部隊が一斉に動きだす。
▽
それを目にした監獄塔の兵士たちは、即座に鐘を鳴らし、警報を上げた。
「所属不明の敵軍、進軍開始――!」
「総員、持ち場につけ!」
怒号と足音が塔内に響く。
監視塔から外を覗いていたゲバルト=スクライム監獄神官は、相変わらず無表情だった。
すでに救援要請は出している。
だが、聖王国ディオールまで、休みなく馬を乗り継いだとしても一週間はかかる。
そこから部隊を編成し、援軍が到着するまで最低でも二週間以上。
「……絶対絶命ですね」
淡々とした呟きだった。
監獄塔は、あくまで囚人を収容する施設に過ぎない。防衛を想定した造りではなく、頼れるのは分厚い石壁だけだ。
兵士の数も、兵糧も、決して十分とは言えない。防御に徹したとしても、保てて数日が限界だろう。
その時――、窓に、巨大な黒い影が差し込んだ。
それが何かを理解した時には、すでに遅かった。
カタパルトから放たれた岩が、監視塔を貫く。
轟音。
石と木材が砕け散り、塔が崩れ落ちる。
その一撃を合図に、監獄塔を巡る戦いの火蓋が、切って落とされた。




