それぞれの思い
リュミエルと、第一隊から第三隊までの銀翼の騎士団は、それから丸一日を費やし、ありったけの装備と兵站物資を馬車へ積み込んだ。
だが、輸送に必要な馬と、馬車の数が決定的に足りなかった。
「リュミエル。監獄塔までの道のりは、途中の村を経由したとしても、三週間はかかる計算になる」
「……それでは、遅すぎます」
リュミエルは即座に否定した。
「何としても、二週間以内に監獄塔へ到着しなければなりません。最悪の場合……間に合わない」
「だがな、散らばっている団員を回収したとしても、兵站が追いつかない。傭兵団が相手なら、なおさらだ。万全の状態で戦わなければ、こちらの被害も大きくなる」
二番隊隊長ラインハルトが、現実を突きつける。
「少数精鋭で先行する案も、検討する必要がある」
問題点は、リュミエル自身も十分に理解していた。だが、時間がない。
事態は刻一刻と悪化している。
焦りが生じるが、ふと、リュミエルはある人物を思い出した。
「……私に、心当たりがあります」
リュミエルは静かに口を開いた。
「相談する価値は、あると思います」
「なら、そちらは任せた」
ラインハルトは即断した。
「俺は各隊の調整を行う。いつでも出られるよう、体制を整えておく」
「お願いいたします」
リュミエルは一礼し、ラインハルトと別れると、そのまま本部を後にした。
向かった先は、グランデル商会だった。
「リュミエル様。聖女ソルフィーユ様のお話は、既に噂で耳にしております」
「それなら話は早いです」
リュミエルは迷いなく切り出す。
「ヨアン殿に、ぜひご相談したいことがあります」
聖女ソルフィーユが移送されたこと。
その行き先が、監獄塔であること。
そして――、タイガー商会に関係する複数の傭兵団が、同じ場所へ向かっていること。
すべてを包み隠さず伝えた。
「……なるほど」
ヨアンは、深く頷いた。
「グランデル商会は、人々の生活を支える道具や菓子の製造・販売を生業としております。戦に加担したことは、一度もありません」
一拍置き、はっきりと言う。
「しかし――聖女様の危機とあらば、話は別です」
その瞳には、迷いがなかった。
「補給、馬、馬車。必要なものは、グランデル商会が直ちに手配いたしましょう」
「……本当ですか?」
思わず声が上ずる。
「それは……本当に、助かります」
「聖女ソルフィーユ様には、大きな恩があります」
ヨアンは、胸に手を当てた。
「私、ヨアン=グランデル。この身にできる限りのことを、尽くしましょう」
これで、計画通り監獄塔へ向かうことができる。
グランデル商会が手配できた馬車をかき集め、装備や食料などの積み込みが完了した頃には、既に深夜を回っていた。
そして夜明けと同時に、約二百名の銀翼の騎士団が出撃する。
行軍の途中、別任務で行動していた部隊を次々と吸収しながら、強行軍を続けた。最終的な規模は、およそ八百名。
その中で戦闘ができる騎士は、五百名ほどだろう。
「先行している斥候より報告!」
先行していた斥候部隊から、緊迫した声が飛び込む。
「二時方向、馬車が襲撃されています! 敵数、およそ二十!」
「恐らく……」
一番隊隊長ガイアス=ブルームが、状況を見極めるように言った。
「監獄塔へ向かう途中の賊が、近隣の商隊を襲ったのだろう」
視線が、一斉にリュミエルへ向けられる。
「どうする、リュミエル。この部隊の指揮官は――お前だ」
短い沈黙。
だが、迷いはなかった。
「……二番隊に通達」
リュミエルは即座に命じる。
「敵性と判断した場合、これを撃破。本隊は、進路を変えず前進を続けます!」
「了解!」
命令が伝令を通じて走る。
ほどなくして、二番隊が陣形から分離し、右翼部隊として先行した。
銀翼の騎士団は、止まらない。
救出までの時間は、刻一刻と削られていく。
▽
「男は殺せ! 女は全員、生け捕りだ!」
盗賊の一人が、嗄れた声で叫んだ。
命令で監獄塔へ向かう道中。
偶然見つけたのは、護衛付きとはいえ小規模な馬車隊だった。
景気づけには、ちょうどいい。
奪える物は奪い、女は売り飛ばす――、それだけの話だ。
護衛についていた冒険者は六人。
だがこちらは二十人以上いる。
一人に三人以上でかかれば、損害は出ない。
そう踏んでいた。
実際、最初は順調だった。
護衛の冒険者を二人、あっさりと斬り伏せる。
その時だ。
地鳴りのような音が、背後から迫ってきた。
――馬だ。
複数ではない。
隊列を組んだ、騎馬の音。
盗賊たちが一斉に振り向いた瞬間、
視界が、黒く塗り潰される。
こちらへ一直線に突進してくる、百を超える騎馬隊。
「な……なんだ、あいつらは!?」
誰かが悲鳴のように叫ぶ。
次の瞬間、それが何者か理解した。
風を切って翻る旗。
聖王国ディオールの国旗。
そして――銀翼の騎士団の紋章。
その光景を前にして、
盗賊たちは、ようやく悟った。
――目的の他に欲が出た結果、自らの寿命を縮める結果になることを。
▽
銀翼の騎士団、二番隊隊長ゼルファード=ラインハルトは、眼前の光景を一瞬で理解した。
馬車を守るように数名が必死に陣を組んでいる。
だが、それを取り囲むのは、装備に統一性のない複数の集団――、盗賊だ。
数の暴力。
その最中にも、二人が袋叩きにされ、地に伏した。
命が失われるのをゼルファードは、はっきりと見た。
さらに、一台の馬車がこじ開けられ、中から女性が乱暴に引きずり出される。
その瞬間、ゼルファードの胸奥で何かが切れた。
「二番隊!」
怒気を孕んだ声が、戦場に響く。
「ミレニアの警備だけでは、物足りなかっただろう!」
馬上から剣を掲げ、盗賊たちを睨めつける。
「見ろ、あれは何者だ。善良な国民を襲う――、ただの悪だ!」
その言葉に団員たちの気配が変わり、迷いが消え、殺気が立ち上る。
「賊を討伐する!」
一瞬の間。
「――全軍、突撃っ!!」
鐙を強く蹴ると、愛馬が咆哮するように加速した。
それに呼応するように、二番隊の騎士たちが怒号を上げ、後に続く。
銀翼の騎士団は、もはや止まらない。
悪を断つ刃として、一直線に戦場へ雪崩れ込んだ。
盗賊たちが異変に気づいた時には、すでに遅かった。
騎馬隊は、すぐそこまで迫っている。
戦うか、逃げるか――、その判断を迷った瞬間、仲間の一人の首が撥ね飛んだ。
血が宙を舞う。
それを見た盗賊たちは悲鳴を上げ、蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。
だが相手は、馬に乗った騎士だ。
距離は一瞬で詰められ、背中から剣を突き立てられて次々と倒れていく。
「武器を捨てろ! 抵抗する者は、斬って構わない!」
冷徹な命令が飛ぶ。
盗賊たちは理解していた。
投降すれば、待っているのは奴隷か、絞首刑。
ならば――と、悪足掻きを選ぶ者もいる。
一人の男が、馬車から引きずり出した女を盾に取り、叫んだ。
「おい! この女がどうなってもいいのか!」
「……小癪な真似を」
助けを求めて泣き叫ぶ女性を見て、ラインハルトの表情が、はっきりと歪む。
彼は馬を降り、剣を抜いた。
「その女性を離せ」
「うるせぇ! 武器を置いて、俺たちから離れろ!」
「それはできない」
ラインハルトは一歩も引かない。
「我々は騎士だ。国民を守る義務がある」
「く、くそっ……! 俺は、こんなところで死な――」
乾いた音が響いた。
男の額に、一本の矢が突き立つ。
白目を剥いたまま、男は後ろへ倒れ込み、
盾にされていた女性は、その場に崩れ落ちた。
「……よし。よくやった」
放ったのは、二番隊の弓兵だった。
「残党を討伐後、本隊と合流する!」
ラインハルトが声を張り上げる。
「急げ! 時間は惜しい!」
「ハッ!」
騎士たちは即座に散開し、逃げ惑う賊を一人残らず刈り取っていく。
時間は費やしたが、盗賊は完全に壊滅した。
投降した者は、わずか三名のみ。
襲われていた馬車は、近隣の村から村へ移動していた小隊のものだった。
被害に遭ったのは、護衛についていた冒険者二名。
命の代償としては、あまりにも重い。
「すまないが……我々は急を要している。手当や護衛を付けることができない。近くの村まで、自力で向かうことは可能か?」
ラインハルトの問いに、馬車の代表者が深く頭を下げた。
「騎士様。命を救っていただいただけで、十分です」
少し言葉を詰まらせながら、続ける。
「亡くなられた冒険者の方々は……本当に残念ですが、この盗賊たちを奴隷として売り、その代金を遺族へ渡したいと思います」
「……そうか」
ラインハルトは、短く頷いた。
「すまないが……頼んだぞ」
本来であれば、近くの村まで護送すべきだ。
それが、騎士としての務めだ。
だが――、本隊と合流できなければ、より大きな不測の事態を招きかねない。
ラインハルトは、後ろ髪を引かれる思いで踵を返す。
二番隊は再び馬上に戻り、本隊が向かった先へと、迷いなく進路を取った。
救えなかった命を胸に刻みながら――。




