監獄神官長の尋問
賊の襲撃は、あっけなく失敗に終わった。
なぜ襲ったのか。
真意を確かめる必要すらなく、その場で命を刈り取る。普通なら、その無慈悲な判断に震え上がるだろう。
だが、サイファの視点で見れば、その判断は無駄がなく、極めて合理的な行為だった。
貴族や聖職者を狙う行為は、問答無用で重罪。
異端審問官からすれば現行犯であり、極刑に値すると判断するのは当然だ。
捕縛して目的を吐かせるという選択肢もあった。
だが、これ以上足を止めるのは得策ではない。そう判断したのだろう。
護衛兵と異端審問官たちが手早く遺体を集めると、セラフィナが無言で魔法を行使した。
炎が上がり、死体は跡形もなく焼き払われる。
このまま放置すれば、野犬や魔物、あるいはアンデッドの発生に繋がる。それを防ぐための、適切な処置だった。
「大聖都ミレニアから離れているというのに……ここにも賊はいるのですね」
「ええ。街道沿いは、どこも似たようなものです」
エルディオは続けて、さらりと言った。
「もしかしたら、聖女様を狙った可能性もありますね」
――重要な言葉だった。
聖女ソルフィーユが監獄塔へ向かうという情報が、外部に流れている可能性だ。しかも、待ち伏せが行われるほど正確に。
情報の出所も気になる。
だが、それ以上に聖女を狙う理由が分からない。
サイファであれば、何人かは生かし、情報を吐かせただろう。
だが異端審問官と護衛兵は、迷いなく処理した。
最初から、情報を得るつもりがなかったのだ。
「……私を狙う者がいるのなら」
私は、静かに口を開く。
「黒幕を吐かせるべきだったのではありませんか?」
その問いに、エルディオはすぐには答えなかった。賊が燃え尽きた跡を一度だけ見やり、それから穏やかな口調で言う。
「聖女様。それは、私たちが求めているものが“真実”ではないからです」
「……真実、ではない?」
「ええ。異端審問官が重んじるのは、事実や動機ではありません」
エルディオは、淡々と続ける。
「結果です。聖女様が乗っていた馬車に対し、武器を構え、殺意を向けた。その時点で彼らは秩序を破壊する存在になった。黒幕がいようが、理由があろうが、関係ありません。“刃を向けた”という事実だけで、断罪は成立します」
私は、思わず眉をひそめた。
「それでは……無実の者が混じっている可能性も――」
「あります」
エルディオは即答した。
「ですが、それを恐れて裁きを躊躇すれば、次に失われる命は、より多くなる」
その言葉を引き継ぐように、セラフィナが口を開いた。
「異端とは思想ではありません」
冷たい声だった。
「行動です。疑われる余地を残した時点で、刃を向ける価値がある存在。助命し、尋問し、裁定を下す時間があるなら、その間に誰かが死ぬ。それを防ぐのが、私たちの役目です」
私は、ようやく理解した。
この人たちは、悪を裁いているのではない。迷いを排除しているのだ。
正しさではなく、速さ。
真実ではなく、結果。
サイファとして、異端審問官の存在は理解できてしまった。しかし、聖女ソルフィーユとして受け入れがたい存在でもあった。
▽
一週間後、深い山間の奥に、それは姿を現した。
幾重にも重ねられた城壁が、侵入者はおろか、脱獄者ですら拒むかのように立ちはだかっている。
威圧感という言葉では足りない。そこにあるのは、「逃がさない」という明確な意思だった。
監獄塔。
塔と呼ばれてはいるが、実際に塔として機能しているのは監視のための施設に過ぎない。
監獄そのものは地下深くに広がっている。そう私は聞かされている。
「……凄いですね」
思わず感想が口をついて出た。
「東の山脈を越えるのは困難です。他国からの侵攻も防げますし、仮に脱獄者が出たとしても、この山脈を越えることは不可能でしょう」
「必然的に西へ向かうしかない……ということですね」
「ええ。地理的にも、極めて理にかなっています」
エルディオはそう言うと、軽く頷いた。
「では、中へ入りましょう」
馬車はゆっくりと進み、重厚な門を潜る。
厳重な警備は隙がなく、ネズミ一匹忍び込むことすら難しそうだ。
エルディオの言っていた「万が一脱獄者がいたとしても」という言葉が、ほとんど形だけのものだと理解できる。
馬車を降り内部を進むと、応接間へと通された。
「聖女様。ようこそお越しくださいました」
そう名乗った男は、静かに頭を下げる。
「私の名は、ゲルバト=スクライム。この監獄塔の責任者――監獄神官長を務めております」
「はじめまして。聖女ソルフィーユです」
ゲルバト=スクライム監獄神官長は、五十代半ばほどの男性だった。
黒い神官服に身を包んでいるが、その上からでも筋肉の隆起がはっきりと分かる。
差し出された手は厚く、節くれ立っている。
神官でありながら、武闘派の匂いを隠そうともしていない。
「遠路はるばる、お疲れでしょう」
労わるような言葉とは裏腹に、その視線は鋭かった。
「早速ですが、いくつかお話を伺いたい」
「お答えできる範囲でしたら、喜んで」
ここからが本題だ。
「まず、全て肯定で答えていただきたい」
ゲルバトの声は低く、感情の起伏が一切なかった。命令でも、お願いでもない。ただの手順の提示だ。
「……わかりました」
「聖女様は従順たる聖レイディア教徒である」
「……はい」
「聖女様は聖王国ディオールの為に命を差し出す覚悟がある」
「……はい」
一拍。その沈黙すら、記録されているような気がした。
「聖女様はこれから話すことは全て真実であり、女神レイディア様に誓い、これを破ると命をもって償うと誓えますか」
「……はい」
声に迷いはない。
だが、胸の奥で何かが静かに軋む。
私が少しでもNOと答えれば全てが矛盾になり、即断罪される。要は『あなたは、これから出されるすべての判断に異議を唱えませんね?』と先に同意を取る行為だ。
「それでは、本題に入ります」
ゲルバトは、淡々と告げた。
「三週間前の出来事です。大聖都ミレニア西門にある奴隷商、ヤルクナ商会にて、従業員を含む奴隷数十名が無残に殺害されました。聖女様は、この事件に関与しておりませんか」
「そのようなことは、しておりません」
「では、その日の夜。どこで、何をしておられましたか?」
「リュミエルと共に、私室におりました」
「夜の時間帯に伺った者がいるとの証言がありますが、ご不在だったようですが」
「それは、ありえませんね」
「……と、いうことは。この証言は虚偽だと?」
「その可能性が高いかと存じます」
私は落ち着いた声で続けた。
「夜間に私の私室へ立ち入ることが許されているのは、聖騎士のみです。側仕えも、見回りの神殿兵もおりません」
――これは、事実を元にした嘘だ。
当日の夜、私はナスターと戦闘していた。
アリバイなど、存在しない。
だが、側仕えも見回りの兵士も、ソルフィーユ暗殺未遂事件が起きたにもかかわらず、配置は見直されていない。つまり、警備は依然として無防備だ。
そもそも、夜間に淑女の私室を訪れる者など限られている。聖騎士か、暗殺者か――そのどちらかだ。
では、聖騎士が来たのではないか。そう思わせる余地はある。だが、それも成立しない。
常駐の聖騎士はリュミエルのみ。他の聖騎士には当番があり、夜間にわざわざ大聖堂にあるソルフィーユの部屋へ赴く理由がない。
――これは、ブラフだ。
だが、崩せないブラフでもあった。




