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異端審問官

 聖女ソルフィーユを乗せた馬車は、二週間ほど進んだだろうか。

 道中、見たこともないほど雄大な自然が広がり、最初のうちは目を奪われた。だが、それも数日で飽きてしまう。


 それよりも――。


 三人の異端審問官に囲まれているこの状況が、何より息苦しかった。

 監獄塔まで同行するとは聞いていたが、まさかここまで長く続くとは思っていなかった。


「話を聞くだけ、と伺っておりましたが……さすがに移動だけで時間をかけすぎではありませんか?」


「聖女様の安全を確保するためです」


 これで何度目だろう。


 同じ問いに、同じ答えが返ってくる。


 エルディオ=クラウゼル異端審問官。

 見た目は二十代半ばほどの、濃い青髪の青年だ。爽やかな口調で、人当たりもいい。話し方だけを聞けば、どこにでもいる知的な青年に見える。


 彼からは、露骨な敵意は感じられない。

 質問を投げかけるときも、まるで旧知の友人と語らうような距離感で接してくる。


 だが――それが、逆に気味が悪かった。


 その隣に座る女性は、三十代前半だろうか。

 セラフィナ=ヴァルク。金髪を高く結い上げたポニーテールは、隙のない印象を与える。終始、鋭い視線をこちらに向けているが、口を開くことはほとんどない。


 視線だけで、こちらを値踏みしている。

 そんな感覚が、常につきまとった。


 そして、私のすぐ隣に座る大柄な男性。

 グレオン=ハルバルト。筋肉質で、太い腕は鎧のようだ。見た目だけなら威圧感があるが、どこか落ち着かず、他人の顔色を窺う癖があるらしい。

 

 頼れそうで、頼れない。

 そんな不思議な印象を受ける。


 ――だが。


 この三人に共通しているものが、一つだけある。


 血の匂いが、あまりにも濃い。


 普段は多忙で地方にいることが多いらしいが、今回派遣された、この三人組については少々違和感を感じる。


「監獄塔とはどんな場所なんでしょうか」


「不安ですか?」


 不安ではないが、強制的に置いてきたしまったリュミエルが心配である。彼女は私が連行されるとき、異端審問官に剣を抜こうとしたので、私は慌てて止めた。

 異端審問官に異議を唱えて、異端認定されても困るのだ。仕方なく、彼女を置いてきたが着いて来ていないか非常に心配である。


「噂でしか聴いておらず、縁が無かったので少々緊張しております」


「監獄塔は遺跡を増改築したとても大きな施設です。主に重犯罪者が収容されていています」


「と、いうと私も重犯罪者として収容されるのでしょうか」


 私の話を聞いてエルディオは小さく笑う。


「まさか。証拠もないのに、聖女様を罰することなど、女神レイディア様を裁くようなもの。我々は聖女様が先の大量虐殺に関与していないと信じております」


「そうですか。でも何故、監獄塔なのか理解できないですね。話なら大聖堂内でもお伝えすることも可能でしたのに」


「そう思うのも無理はございませんが、聖女様に懐疑的な人間も多く居ると知っていただきたいです」


「そもそも疑われるようなことをするのがいけないのです」


 エルディオの隣にいる異端審問官の女性、セラフィナが冷たく言う。 


「はあ。だとしても見て見ぬ振りをするのは、弱きものを救う教えにも反しますし、聖女としてではなく、人として困っている人を助けるのは理由が必要なのでしょうか」


「セラフィナ、聖女様の志は素晴らしいと俺は思う。まだ事件に関与したと決まったわけでもないのに、理不尽な言いがかりはよした方がいい」


 セラフィナがグレオンを睨見つけると、グレオンは威嚇された犬のように小さく背中を丸める。


「はい。二人共そこまで。聖女様も困った顔をしているだろう。我々、異端審問官は聖レイディア教の教えを反する者や、敵になりえる者を監視し、ときとして罰を与えなくてはならない。聖女様はあくまで関与をしていたかもしれない目撃情報を元に調査中であり、暫定無罪のままだよ」


 エルディオが優しく咎めると、二人はばつが悪そうな表情を浮かべ黙り込んだ。


 この異端審問官三人の力関係が見てとれる。


「虐殺行為は、決して許されるものではありません。私自身も、心を痛めております。捜査への協力も、やぶさかではありません」


「そう言っていただけると助かりますよ」


 エルディオは、穏やかな笑みを浮かべてそう答えた。


 戒律院の調査資料には、被害者名簿が詳細に記録されていた。

 だが、私が気にしているのは、そこに記されていない名前だ。


 奴隷王ナスター。

 雷光のバルバトス。

 そして、元側仕えのアンナ。


 リュミエルの話では、バルバトスは生存している。問題はナスターとアンナの生死だった。

 ナスターは確かに致命傷を与えたはずが、遺体は確認されていない。

 アンナもまた、競売で「競り落としなし」とされたまま、その後の処遇が不明だ。

 バルバトスはともかく、残る二人については、どうしても情報を集めたい。


 ――そのとき。


 走行中の馬車の小窓を、控えめに叩く音がした。

 エルディオが窓を開けると、馬で随行していた護衛兵の声が届く。

 

「異端審問官様。前方に倒木があり、進行不能でございます」


「了解した。馬車を止めろ。倒木の撤去を行う」


 後部の小窓のカーテンをわずかに開く。

 遠く、後方から砂煙が立ち上っているのが見えた。


 ――罠、か。


「皆さん。警戒した方がよろしいかと」


「……どうやら、待ち伏せのようだな」


 エルディオは即座に判断を下す。


「二人とも、聖女様を守りつつ、賊を迎え討つ。聖女様は馬車の中にいてください」


 異端審問官三人は、迷いなく外へ出ると、それぞれ武器を抜いた。


 馬車の隊列は三台。中央が私の乗る馬車。前方は護衛兵用、後方には食料やその他の物資が積まれている。


 前方の森の倒木。後方の砂煙。

 どちらも、あまりにも分かりやすい。


 ――挟み撃ち。


 数を頼みにした賊の常套手段だ。

 エルディオは、馬車を中心に視線を巡らせる。

 音、間合い、風向き。すべてを一瞬で測る。


「前方に六、後方に五……いや、左右にも伏兵がいる。総勢十二から十五といったところでしょう」


 冷静な分析だった。


「統制は甘い。装備もまちまちです。傭兵崩れか、山賊の寄せ集めでしょう」


 セラフィナはすでに剣に手を掛けている。


「目的は金か、聖女の身柄。あるいはその両方」


 グレオンが前に出て、馬車の前に立つ。


「馬車を守る。近づかせない」


 次の瞬間、森から男の怒号が響いた。


「動くな! 抵抗するな! 金と馬車を置いて行け!」


 前方に姿を現した賊は粗末な鎧を身に着け、数だけは揃っている。後方からも同じような連中が現れ、護衛兵を牽制する。


 だが、その視線は明らかに中央の馬車を見ていた。


「その豪華な馬車には貴族が乗ってるのは分かってる! 大人しく出てくりゃ、命までは取らねぇ!」


 エルディオは、小さく息を吐いた。


「交渉になりませんね」


「不要です」


 セラフィナが即答し、彼女は一歩前に出た。


「聖女様に手を出す意思を示した時点で、全員異端です」


 それは宣告だった。


 エルディオは一瞬だけ考え頷く。


「――排除する」


 その言葉が合図だった。


 セラフィナが最初に動く。躊躇は一切なく、賊に手をかざす。


「熱よ集まれ、球となり爆ぜろ。飛べ『爆炎球』」

 

 幾何学模様の魔法陣が展開されるとオレンジ色の火球が回転し始め、白く輝く。その玉が賊の集団に向かって飛んでいき、爆発。

 賊たちは抵抗する前に爆発し、バラバラに朽ち果てた。


 グレオンは馬車の前に立ち、盾役として剣を振るう。突進してきた賊を弾き、叩き伏せる。致命傷は与えないが、動けなくする動きだ。


「右、二時の方向! 弓兵一名! 左は牽制で十分、前方を厚く!」


 その指示は的確で、戦場が整理されていく。


 賊たちはすぐに悟った。

 相手を間違えた、と。


「くそっ……なんなんだ、こいつら……!」


 逃げようとした男の背中を、セラフィナの魔法による火の矢で射抜く。


 数分も経たないうちに、戦闘は終わった。

 生き残った者はいない。


 ――私は、馬車の中からそれを見ていた。


 異端審問官たちは、勝利に酔わない。怒りもしない。ただ、仕事を終えただけの顔をしている。


 私は理解してしまった。


 この人たちは、正義の味方ではない。

 悪でもない。


 ただ、秩序を守るために、人を殺すことを選び続ける存在なのだ。


 そして、その刃は、いつか私にも向けられる。

 それでも。私は目を逸らさなかった。


 逃げないと決めているから。

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