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人に値段をつける場所

 有名冒険者が舞台袖へと引きずられるように消えると、壇上の男は間を空けることなく、さらに声を張り上げた。


 煽るような口調。

 会場の空気は一気に熱を帯びる。


 歓声、笑い声、金属音。

 異様な熱気が、閉じた空間に渦巻いていた。


「……僅かですが、薬の匂いがしますね」


 リュミエルが、眉をひそめる。


「薬、ですか?」


「はい。リュミにはお伝えしていませんでしたが……以前、タイガー商会の麻薬組織の頭を潰したことがあります」


 リュミエルが、はっとした表情になる。


「以前、調査を依頼された地下下水道の件ですね? あの資料が必要だと仰っていた理由が、ようやく分かりました……まさか、そんな危険なことを」


 小さく息を吐く。


「……まあ、今さらですが」


 当時は、赤煙のルーガを討った事実を伏せる必要があった。

 そもそも魔力の存在すら秘匿していたし、リュミエルを危険に巻き込みたくなかった。


 結果として麻薬組織を潰すことはできたが、今回のような潜入は一人では不可能だっただろう。

 協力者と、リュミエルの存在があってこそ、ここまで辿り着けた。


「……約束通り、一人で行動するのは控えます」


 私は、静かに言った。


「リュミは、私の頼もしい相棒ですから」


「はい。頑張ります」


 短い返答。

 だが、その声には迷いがなかった。


 そうこうしているうちにも、奴隷たちは次々と競り落とされていく。値段が上がるたび、会場の笑顔は増えていった。


 その光景を淡々と眺める。違法オークションに出品されたのは貴族に趣味に合いそう奴隷たち、見た目が良い女、男、そして、唸り声を上げる魔物。

 どれもが高い金で落札されていく。


 ――そして。


「続きましては!」


 司会の声が、妙に弾んだ。


「聖王国トリビューユ家の二女、アンナ=トリビューユでございます!」


 一瞬、耳を疑う。


「なんとこの女、かつて――聖女ソルフィーユの側仕えでございました!」


 どよめきが走る。


「そして、まだ穢れも知らぬ身。焼くなり、煮るなり、お好きにどうぞ!」


 ――は?


 頭の中が、一瞬で冷え切った。


 アンナ。

 確かに、ソルフィーユの元側仕えだ。


 ソルフィーユ暗殺事件の後、忽然と姿を消した、側仕えのアンナ。


 なぜ。どうして、こんな場所に。


「ローザ様、いかがなさいますか?」


 リュミエルの言葉を汲み取ると買うか買わないかだろう。しかし、私は少し苛ついてしまった。


「……失礼ですが」


 私の声が、場違いなほど静かに響いた。

 司会の男が、ぴたりと動きを止める。


「その方、“側仕えだった”というだけですよね?」


 ざわり、と空気が揺れた。


「え、ええ……それだけで十分な付加価値かと!」


「付加価値……?」


 私は首を傾げる。


「側仕えということは、戦闘能力も、特殊技能も、魔法適性も無いのでは?」


 沈黙。

 誰もが気づいていたこと。

 だが、誰も口にしなかった疑問。


「い、いえ! 聖女の傍にいたという事実こそが――」


「それは“経歴”であって、“性能”ではありませんよね」


 司会の男の声が、わずかに裏返る。

 私は、さらに追い打ちをかけるように、淡々と言葉を重ねた。


「それに……聖女に関わった方々は、あまり良い末路を辿らない印象があります」


 会場の空気が、はっきりと冷えた。


 謎の死。

 粛清。

 失脚。


 貴族たちは縁起を嫌う。


「こ、この商品は問題ありません! 後腐れも一切――」


「本当に?」


 短い一言。

 だが、その問いは重かった。


「後から教会や貴族家から、問い合わせが来たりしません?」


 司会の男は、一瞬だけ言葉に詰まる。


「……」


 その沈黙が、答えだった。


「……開始価格、聖銀貨五枚から!」


 呼びかけに応える者はいない。


 誰も手を上げない。

 視線だけが、宙を彷徨う。


「……聖銀貨、三枚……」


 それでも、沈黙。

 私は、ただ静かに呟いた。


「……皆様、意外と慎重なのですね」


 それで終わりだった。


 司会の男は、乾いた咳払いを一つして、無理に笑顔を作る。


「……本商品は特例として、主催者預かりとさせていただきます」


 本当に胸糞が悪い。アンナを助けるかは今はわからないが、先送りにはできたはず。


 アンナが舞台袖へと連れて行かれると、会場には奇妙な間が生まれた。拍手も歓声もない、居心地の悪い沈黙。


 だが、それを嫌うように、司会の男は大きく両手を叩いた。


「さあさあ! 気を取り直して、次の商品に参りましょう!」


 その声に応えるように、照明が再び落ちる。


 重い足音が、奥から響いた。


 鉄が軋む音。

 鎖が床を引きずる音。


 壇の中央に現れたのは、人の形をしていながら、明らかに人ではない存在だった。 


 全身を覆う暗紅色の鱗。

 額から伸びる短い角。

 背中には、畳まれたままの翼の名残。


 筋肉の密度が違う。

 立っているだけで、周囲の空気を押し潰すような圧があった。


「ドラゴニュート――」


 誰かが、呟いた。


 司会の男は、満足そうに頷く。


「その通り! 次の商品は、戦闘民族ドラゴニュート!」


 会場が、一気に沸いた。


「帝国と小規模ながら紛争を続ける、あの戦闘民族! 一騎当千の力を誇る、生きた兵器でございます!」


 ドラゴニュートは顔を上げない。

 だが、鎖を引くたびに、床が軋む。


「ご覧ください、この体格! この鱗! 並の武器では傷一つ付きません!」


 司会がそう叫んだ瞬間、ドラゴニュートの肩が僅かに動いた。


 次の瞬間。


 拘束していた鎖が、音を立てて弾け飛んだ。


「……!」


 悲鳴にも似たどよめき。


 だが、それは恐怖ではない。

 興奮だ。


「おおっ……!」

「見ろ、凄まじい力だ!」

「このままでも十分だな!」


 ドラゴニュートは、それ以上動かない。

 いや、動けない。


 首元に刻まれた魔法陣が、鈍く光っている。


「もちろん、従順さも保証済みです!」


 司会の男が、誇らしげに言い放つ。


「命令一つで、敵を潰し、城門を破り、戦場を血で塗り替える! 開始価格、聖銀貨五十枚からスタートです!」


 値段が、跳ね上がり始めた。


 聖銀貨では止まらない。

 聖金貨が、当たり前のように飛び交う。


 私は、視線を外さずに言った。


「……人ではなく、武器として説明していますね」


「はい……」


 リュミエルの声が、僅かに震える。


「戦士としてではなく、使い捨ての兵器として……」


 ドラゴニュートの拳が、強く握られた。

 その爪が、鱗に食い込み、血が滲む。

 それでも、声は上げない。


 会場の熱気は、最高潮に達していた。


 ――ここまでだ。


 私は、はっきりと理解した。

 この場は、もう救済を待つ場所ではない。

 ナスターが現れたら、迷うつもりはない。

 姿を捉えた瞬間に、首を斬り落とす。


 ――そう決めていた。


 結局、ドラゴニュートは聖金貨五枚で落札された。


 聖金貨一枚あれば、聖王国の軍事予算が賄えるほどの大金だ。

 それを、たかが奴隷一人に支払う。


 正直、理解できない。


 だが同時に、それがこの場の現実でもある。

 ドラゴニュートという種が、それほどまでの価値を持つということなのだろう。


「……金銭感覚が麻痺しますね」


 リュミエルが、小さく呟く。


「私、聖銅貨ですら触ったことがありません」


「聖貨は、主に大きな取引に使われる通貨ですからね」


 私は視線を前に向けたまま答える。


「日常の買い物で使うものではありません。……とはいえ」


 この場では、その感覚すら狂っている。


 普通の通貨では計算が煩雑になるからか、あるいは最初から扱う価値が異常なのか。

 違法奴隷オークションで取引されるのは、最低でも金貨百枚単位。

 それ以上になると、当たり前のように聖貨が使われる。


 人の命を、数枚の貨幣に換算する世界。


 ちなみに――

 私とリュミエルは無一文だ。


 だが、それでいい。


 今夜、支払うのは金ではない。


 ドラゴニュートが舞台袖へと連れて行かれると、会場には再び期待に満ちたざわめきが戻った。


 だが、次の瞬間――

 それは、音にならなかった。


 照明が落ちる。


 これまでとは違う。

 煽りの言葉も、軽薄な前振りもない。


 ただ、重い鉄の軋む音だけが、ゆっくりと響いた。壇の中央に運び出されたのは、ひとつの檻だった。


 分厚な鉄格子。内側には、複雑な魔法陣が刻まれている。


 その中に小さな影がうずくまっていた。


 少年だ。


 長い耳。

 淡く輝く金色の髪。

 怯えた瞳で、外を見ないように膝を抱えている。


 会場が、静まり返る。


「……ハイエルフだ」


 誰かが、そう呟いた。


 その一言で、全てが理解された。


 希少種。

 長命種。

 エルフの王族に連なる血。


 そして子供。


 私は知らず拳を握り締めていた。


 胸の奥が、ひどく冷える。


 アルシェが言っていた。

 奪われた、ハイエルフの子供。


 少年は、檻の中で小さく肩を震わせた。

 その身体には、すでに刻まれ始めている。


 支配の痕跡。

 契約の前触れ。


 この場で、この夜に、それが完成しようとしている。


 私は、静かに息を整えた。


 ――来る。


 ナスターが。


 この檻の前に立つために。


 そして、その瞬間が、この夜の終わりになる。

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