表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
40/64

ソルフィーユ叱られる

 夜遅く、ミレニア大聖堂にある私室へ戻ろうとしたとき、室内に微かな気配を感じた。


(……暗殺者か?)


 メルドラ宰相の刺客がついに動いたか。

 ナイフを抜き、息を殺して扉を開き、隙間から中を覗く。


 ――そこに立っていたのは、腕を組み、鬼のような形相をしたリュミエルだった。


「……リュミエル。こんな時間に、私の部屋で何をしているのですか?」


「それは、私のセリフです!」


 どうやら、相当に怒っているらしい。

 心当たりを探るが、思い浮かばない。


「何かお気に障ることをした覚えはありませんが……落ち着いてください」


「いいえ、怒らせていただきます!」


 一歩前に出て、鋭く睨まれる。


「私はソルフィーユ様の聖騎士です。お一人で行動してよいのは、私が問題ないと判断したときだけ。それに、その服……どこかに侵入しましたね? まさか、奴隷商のところへ?」


「はい。どうしても、確かめたいことがありましたので」


「だからと言って一人で……私を置いていくなんて、駄目です!」


 ランニングのときもそうだった。

 リュミエルは、置いていかれることを極端に嫌う。


「申し訳ありません。危険な場所に連れて行きたくなかったのです」


「そんな場所なら、なおさら私を連れて行くべきです!」


 視線が私の体をなぞる。


「……こんなにボロボロで。怪我までしているじゃないですか」


「神力で治せますので、問題ありません」


「それでも、です!」


 リュミエルはそっと私の手を取った。

 腕を伝っていた血が、彼女の手にも付着する。


「血と汗で汚れてしまいますよ」


「構いません。治療師を――」


「いえ。余計な噂を立てるわけにもいきません」


 私は静かに神力を解放する。


「『治癒』」


 淡い光が身体を包み、痛みと傷が瞬時に消え去った。


「……ソルフィーユ様」


 リュミエルは少しだけ声を落とす。


「神力の使いすぎは、寿命を縮めます。無茶は控えてください」


「心配には及びません。神力のデメリットを、克服したかもしれませんので」


「……それは、身体強化を使っている件と関係がありますか?」


 察しがいい。

 ミラーナ救出の際、私は魔力で身体強化を行っていた。

 神力と魔力が共存するという、あり得ない状態を、彼女は黙って受け止めていたのを知っていた。


「サイファとソルフィーユが混ざり合った結果でしょうね。神力が尽きかけたとき、魔力で神力を補えるようになりました」


「それでは……神力を使っても、死なないのですか?」


「分かりません。大規模な奇跡を行使すれば、魂の限界を超える可能性はあります。ですが、小さな奇跡であれば、今のところデメリットはありません」


 リュミエルは、しばらく黙り込んだ後、真っ直ぐに私を見る。


「お願いがあります」


「何でしょう」


「私を一人にしないでください」


 揺るぎのない決意が、その瞳に宿っていた。


「私はソルフィーユ様の聖騎士です」


 胸の奥が、僅かに温かくなる。


「……そうですね」


 私は頷いた。


「リュミエルは、私の聖騎士です。これからは、常に一緒に行動しましょう」


 少しリュミエルと本音で話せた気がする。


 分かってはいたが、距離を取っていたのは私の方だった。

 長い間、孤独で、一人で戦ってきたせいか、気を許す存在が傍にいることに、どこか違和感を覚えていたのだ。


 あの日――大聖堂での誓い。

 リュミエルは、友達になるとも言っていた。


 彼女はサイファである私を、ソルフィーユとしても見てくれている。

 ならば、私も彼女をきちんと見て、向き合わなければならない。


 それは信頼であり、理解であり、私にとっても彼女にとっても、お互いを知るための時間だった。


 ▽


 翌朝。

 日課のランニングの途中、私はふと思いついたことを口にした。


「リュミエルのご家族は、今どうなさっているのですか?」


「両親は南西の小さな領地で暮らしています。兄が家督を継ぐ予定です」


「そうですか。では、いつかご家族にご挨拶したいですね」


「ええっ!?」


 露骨に声が裏返る。


「そ、それはちょっと……いえ、嬉しいというか、困るというか……」


 歯切れの悪い返答。

 何か事情があるのだろう。


「無理にとは言いませんが」


「……変わった人たちなので、驚かれるかと」


「私も十分変わった人間ですから、今さらですよ」


「……たしかに。あ、そういう意味では……」


 ソルフィーユの中に別の人格がいる時点で普通ではない。まして魔力と神力を併せ持つ聖女など、冷静に考えれば異常だ。


 自分でも、変わっている自覚はある。

 だから他人に言われても、今さら何も感じない。


 ▽


 ランニングを終え、そのまま聖女としての公務に向かう。


 本日は大聖都ミレニア各地にある教会の一つを訪問する予定だった。

 治療院として機能している教会らしく、内部は患者で溢れている。


「怪我人が多いですね」


 私の言葉に、司祭は困ったように眉を寄せる。


「北の森から魔物が移動してきておりまして……運が悪いと、森の外縁でも襲われてしまうのです」


「リュミエル、本当ですか?」


「はい。現在は金鎖の騎士団が対応していますが、状況は芳しくありません」


 魔物被害。

 騎士団でも手を焼いているとなれば、私が前に出ても、戦況をひっくり返せる保証はない。


 今、必要なのは被害の最小化だ。


「……私たちにしかできない仕事があります」


 私は司祭に向き直り、はっきりと告げた。


「治療を行います。患者をどんどん呼んでください」


 治療を続けていると、自然と見えてくるものがある。


 この大聖都ミレニアで、満足に治療を受けられるのは限られた人間だけだ。

 貧困層と呼ばれる者たちは、そもそも大聖堂の門をくぐることすら難しい。


 聖レイディア教の聖職者たちは、治療費という名のお布施を要求する。

 それが払えない者は、最初から救済の対象外だ。


 どの世界でも似たようなものだが、まともな治療を受けられないというのは、論外である。


 私は神力で治療を行っている。

 だが患者は途切れない。


 一人治せば、次が来る。その次が来る。


「聖女様……そろそろお身体に障るのでは?」


 付き添っていた司祭が、遠慮がちに声をかけてきた。


「ご心配には及びません。まだ治療を始めて、一刻も経っておりません」


 普通の聖女なら、こうはしない。

 数人を治し、「限界です」と言って終わりだろう。


 だが、私は違う。


 私はこの腐った仕組みを壊すつもりでいる。


 まず、聖女の治療は完全無償だ。

 腕が失われていようと、内臓が露出していようと必ず治す。


 持病も、不治とされた病も、治せる限り治す。


 そうして、聖庁が独占してきた「仕事」と「収益」を根こそぎ奪う。


 その時になって、ようやく分かるはずだ。


 国民に寄り添わない宗教は、いつか必ず信じた者自身を破滅へ導くということを。


 昼の鐘が鳴ったころだろうか。

 一人の男が治療を受けに来た。


「イヒヒ。これはこれは聖女様。お初にお目にかはかります」


 目元が窪み、顔色が悪いその男は小さく不敵な笑い声を上げながら私の前にお辞儀をする。


「どこの具合が悪いですか?」


「全身がボロボロで……治していただけませんか?」


 男はジッと私の目を覗き込み観察するような目で私を目、口元を追う。


「わかりました。服を脱いで背中を見せてください」


 男が服を脱いだ瞬間、司祭とリュミエルは口元を手を押さえて声を抑えた。


 背中の皮が剥がれ、筋肉繊維が丸見えだったのだ。

 サイファの感覚ならば耐えられる光景だが、他の者はそうではないだろう。司祭は気分が悪くなったのか部屋から退出してしまった。


「イヒヒ。痛みは神への祈りと同じです。治していただければ、また同じ祈りを繰り返せます」


 狂信者か。

 まともな教徒はいるが、必ずこの手の人間は存在する。いざ目の前に現れると危険な存在だが、私も相手もお互い治療の為に来ている。


「……それでは治しますので気を楽にしててください――『治癒』」


 男の背中の生々しい傷は一瞬で健康的な背中に戻った。


「……聖女様は、治す前に迷うのですね」


 振り返り、一言呟くと服を羽織り、そのまま室外へと出ていってしまった。


「……今の方、治療されに来たのではありません」


「そうですね」


 どんな意図で近付いて来たかは知らないが、今は次々と来る患者たちを癒す為に集中するしかなかった。

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ