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騒ぎの後のグランデル商会へ

 グランデル商会の扉を潜ると、店内の奥で四人の若者が輪になって談笑している姿が目に入った。

 その中心にいる小柄な少年、どこかで見覚えがある。


 一人はランニング仲間のガルド=ランフィア。

 そして、ガルドを見上げて笑う少年、半年前にソルフィーユが生前に助けた子供、ヨアン=グランデルの息子だった。


 ソルフィーユとリュミエルの姿に気づいたガルドが、少し間を置いてから声をかけてくる。


「……ソルか? なんでこんな場所に?」


 “ソル”という呼び名に、胸の奥がほんの少し温かくなる。


 この呼び方をしてくれる人間は限られている。

 聖女だと気づかれないことも、大きな理由だろう。


「妖精飴を買いに来たんです」


「わざわざ? リュミに買いに行かせりゃいいだろ」


「色々と事情があるのです」


 言葉を濁すと、横のリュミエルが小声で「リュミ……」と呟いて落ち込む。

 聞こえていないふりをして話を進める。


「ガルド。夜間警備を引き受けていると聞きましたが、昼間も見張りを?」


「いや、俺たちの出番はもう終わりだよ。銀翼の騎士団が警備に入るってよ。俺たちは“クビ”ってわけだ。なあ、リーダー?」


 ガルドが振った相手、リーダーと呼ばれた黒髪の青年が、柔らかく微笑んでこちらに向き直る。


 穏やかで礼儀正しい所作。

 しかし背筋は自然に伸び、どこか騎士のような気品が漂う。


「初めまして。僕はライナー=ヴォルク。ガルドのパーティーのリーダーです。店主のご厚意で、今日は顔を出しただけですよ」


 言葉こそ丁寧だが、その眼差しは冒険者としてよく訓練された者のそれだった。


「ライナー=ヴォルク……どこかで……」


 リュミエルが、小首をかしげて青年の顔を覗き込む。


「リュミエル先輩、お久しぶりです。一年しか銀翼におりませんでしたから、忘れられても仕方ありませんが」


「あっ! ライナー君!? 本当に久し振り! え、今は冒険者なの?」


「ええ。家庭の事情で隊を辞めまして。今は彼らと一緒に動いています。ガルドとは面識がありますよね。仲間を紹介します」


 ライナーの隣へ、ひょいっと影が滑り込む。


小柄な肢体。腰まで流れる黄金の髪。尖った耳がピンと立ち、どこか挑発的な瞳がきらりと光る。


「どーも、セレナ=ウィドウレル。エルフ族よ。ところで貴女、ライナーとはどんな関係? まさか元カノ?」


「なっ、違います! ただの元同僚です!」


 食い気味に否定するリュミエル。

 しかし否定が早すぎて、逆に怪しさが増す。


「ほれほれ、まな板娘はそのへんにしとき。紹介の邪魔じゃ」


 どっしりとした足音が響き、背の低い巨塊が現れた。

 どれほど鍛えたのか、丸太のような腕と胸板。

 背丈の何倍もあるハンマーを肩に担ぎ、髭を三つ編みにした老練な職人の風格が現れた。


「ワシはバロック=アースフォージ。ドワーフじゃ。ライナーの顔見知りなら、気軽にバロックと呼ばんか」


「まな板って誰が!?」


「おお、怒っても胸が揺れんけぇ余計まな板じゃな」


「殺すわよドワーフ!」


 セレナがぴょんと飛びかかり、バロックの頭にチョップを入れる。

 バロックは蚊でも止まったかのような顔で、鼻を鳴らしただけだった。


 この三人が、ガルドの仲間、冒険者パーティー《月下の牙》の面々だった。


「ガルド兄ぃちゃん、その人たちだあれ?」


 大人たちが楽しそうに話しているのを見て、自分だけ置いていかれたと感じたのだろう。

 ヨアンの息子が、ぷくっと頬を膨らませてガルドの袖を引いた。


「おう。こいつらは俺の仲間だ。悪い奴らじゃねぇから安心しろ」


「ほんと? じゃあ、そこのお姉ちゃんはいい人?」


 周囲の視線が一斉にソルフィーユへ向く。


「……よ、良い人……だよ」


「ぷっ」


 リュミエルがこらえきれず吹き出した。

 彼女だけは知っている。

 ソルフィーユの内側に、何百という暗殺の影と、最近も人を殺めたばかりの事実が眠っていることを。


 良い人かどうか、それは、私自身にさえ判別がつかない。完全な善ではない。必要だから悪としても生きることもある。


「ぼく、ライム。ライム=グランデル! このお店の跡取りだよ!」

 

 胸を張って名乗るライム。

 ガルドの大きな手で頭をぽふっと押されて、少し得意げに笑った。


「お姉ちゃんのお名前は?」


「……ソル、だよ」


「ソルお姉ちゃん、飴なめる? おいしいよ!」


 ライムが両手で差し出したのは、桃色の妖精飴。白い粉がふわりと光を反射していた。


(……私はこの家族から、飴ばかりもらっている気がするな)


 そんなことを思いながら、ソルフィーユはそっと受け取った。

 硬いはずの心が、ほんの少し柔らかくなるような気がした。


「ソルフィーユ様、リュミエル様。よ、よろしければ奥の応接間へ……」


 小声で呼ぶのはヨアンだった。

 私とリュミエルは顔を見合わせ、黙ってあとに続いた。


「随分と外が騒がしくなっておりますね……」


 ヨアンは扉を閉めると同時に、緊張した息を吐いた。

 この状況を作ったのが聖女ソルフィーユと聖騎士リュミエルだとは、もちろん言わない。


「タイガー商会がまた問題を起こしているようですね」


「そのようです……。このまま大人しくなってくれれば良いのですが……」


 ((それは、まず無い))


 私とリュミエルの内心は綺麗に揃っていた。


「グランデル商会として、反社会的な商会や、怪しい個人との取引を今後取り止めることなりました。資金が流れるのを防ぐ目的とグランデル商会のブランドを守る為でもございます」


「それは英断ですね。騎士団の警備もありますし、今の内に味方を増やすのがいいですね」


「はい。そのつもりです。店内にいた『月光の牙』の方々も実は夜間警備を外れて、魔物素材集めなど、遠征依頼をするつもりです」


 ガルドがクビになったと言っていたが、次の仕事はしっかり入るのだろう。だから先程、店内に居たのだ。


「彼らも優秀そうですからね。それはそれとして、ライム君は可愛らしいですね。跡取りと言っていましたし、優秀なお子様ですね」


「あはは……あの子は口だけは達者でして。ですが、そう言っていただけると嬉しいです」


 ヨアンの表情が少し和らぐ。

 この男は極度の上がり症だが、子どもの話になると本当に良い父親の顔を見せる。


「さて、ソルフィーユ様に良いご報告がございます」


「良い報告?」


「ええ。特殊な魔物の素材と、それを扱える職人が見つかりまして」


 なるほど、これは武具製作の進展だ。


「魔物素材とはどのようなものですか?」


「はい。ミレニアから遥か北、光の届かない永暗の森に生息する魔物。シャドウアウルという希少種の素材です。あの魔物の特性は、光を吸い込み、闇に溶け、音をも奪う。衣擦れすら掻き消します」


「随分と……私の目的に合った素材ですね」


「シャ、シャドウアウルはとても臆病で、人が近づくだけで逃げてしまうのです! なので本来は滅多に手に入らない素材ですよ!」


 リュミエルが珍しく興奮して説明してくる。

 普段は真面目で冷静な彼女だが、魔物の話となると素が出るらしい。


「この素材があれば、ソルフィーユ様の“漆黒の衣装”はさらに性能が上がるでしょう。完全な闇での隠密行動が可能になるはずです」


「……それは良いですね。期待しています」


「ヨアン殿。その職人とは、どんな人物なのですか?」


「え、ええと……腕は確かです。少し変わった人ですが」ヨアンは指先をもじもじと絡めながら、困ったように笑った。


「先代とも仕事をしておりまして、信用はできます。名前はミラーナ。職人街、東門近くに工房があります」


「職人街……。まだ足を運んだことはありませんね」

 

「職人街の人たちは気のいい人たちが多くおりますが、やはり職人なので変な人が多いです」


 リュミエルは魔物以外にも職人についても詳しいようだ。


「リュミエル様が仰った通りでして。あの辺りは気のいい方が多い反面、みんな“職人”ですから……」

 

 ヨアンは苦笑いで言葉を濁す。


「つまり、変人が多いと」


「ええ、まあ……はい。ミラーナも、少し……いえ、結構……個性的です。ですが、話してみると本当に面白い方でして。技術だけでいえばミレニアでも五指に入ると思います」


 ヨアンの声色が、緊張の中でもほんの少し誇らしげになる。

 職人を敬う商会主の顔だった。


「それと、ソルフィーユ様の身分については伏せてありますのでご安心ください。『依頼主は若い女性』という形にしてあります」


「助かります。私が聖女だと知れば、相手も話しにくいでしょうから」

 

「ミラーナの場合は逆にテンションが上がる可能性もありますが……」


「ヨアン、それはどういう意味……?」


「……会ってみればわかります」


 ソルフィーユは、良からぬ予感に眉をひそめた。

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