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落下の瞬間、口にされた真実

「マークイン様、少し顔色が優れません。外の空気に当たった方がよろしいかと……」


 それは自然で、礼儀正しく、誰が聞いても不審を抱かぬ申し出だった。マークインもまた、足元のふらつきを誤魔化すように頷き、リュミエルに導かれて二階バルコニーへ向かっていく。


 ソルフィーユはただ、ゆっくりとその後を追うだけだ。


 ホールを抜けると二階バルコニーに上がる階段はすぐそこだ。

 ふらつくマークインを肩を貸してリュミエルが一緒に上がる。


 バルコニーに着くと既に辺りは暗く、初夏の空気が包みが何人かの招待客がパーティーの余韻を楽しんでいる姿が見えた。


「う、ありがとうございます。普段はこんなに酔わないのですが」


「疲れが溜まっているのでしょう。この後、ゆっくりとお休みになられた方が良いです」


 ソルフィーユはバルコニーの入口で立ち止まり、距離を保ちながら二人を見守るふりをする。

 月明かりが床石に淡く反射し、風がレースのカーテンを揺らした。


「……はぁ……は……っ……」

 

 マークインは手すりに片手をつき、荒い息を吐く。額には大粒の汗。

 毒の効き始めの典型的な症状だ。

 呂律も回らなくり、立っているのも辛いだろう。

 

 ならば、追い込むなら今だな。


 マークインの側に寄り、耳元に顔を近づける。


「リオル=マークイン戒律補佐官。貴方がガンブレイ戒律官とどのような計画を進めているのか分かりませんが、一部の騎士たちを使ってリュミエルを襲うのは感心しませんね。……私の飼犬に手を出したこと、後悔させてあげます」


「な、何を……!?」


 聖女ソルフィーユの一言で、マークインは体の痺れと息苦しさの理由を悟った。

 

(――毒を仕組まれた。いつ、どこで? 恐らく酒を飲んだとき……そして、一瞬気をそらした瞬間、あの祝福を使ったときだ。まさか、聖女ソルフィーユがこの私に毒を?)


「マークイン様、大丈夫で――」


「わ、私に……触れるな!」


 リュミエルを突き飛ばし、震える足でなんとか立ち上がり正面に見据える。


「……聖……騎士、リュミエル……あなた……」

 

 マークインの声が、突然ねっとりと濁った。

 リュミエルは一歩だけ距離を取り、表情を曇らせる。


「私が……あなたを……『排除』しようとした理由……知りたいですか……?」


 その一言で、リュミエルの背筋が震えた。

 最後の悪足掻きに、真実をリュミエルに伝えるつもりだろう。

 ソルフィーユはあくまで静かに、影のように耳を傾け動かない。


「銀翼の……知将のお気入りだからといって……ガンブレイにとっても……あなたが……邪魔だった……」

 

「……邪魔、とは……?」

 

 リュミエルの声がかすかに揺れる。


「聖女を……ガンブレイの管理下に置くか……あるいは……殺して新たな聖女を……据え置く……あなたが守る限り……私は動き難いのですよ……」


 風が吹き、髪を揺らす。

 だがマークインは止まらなかった。毒で制御が外れ、言葉がこぼれ落ちていく。


「それに……例の殺し屋の件……覚えていますか……? 金鎖の騎士団の……首を落とした……黒い影……女のような細い腕……銀の刃……。報告はしておりません……が、私は彼女ではないかと……思っております」


 リュミエルの目が大きく揺れた。

 ほんの一瞬だが、背後に居るソルフィーユを見た。


 ソルフィーユは無表情だった。

 何の罪も知らない聖女の素顔。

 けれど、リュミエルは胸の奥のどこかが刺されたような感覚に襲われた。


「まさか……ソルフィーユ様が……そんな……」


 その呟きは、ほとんど無意識の漏れ声だった。


「ふ……ふ……は……その聖女の存在は……いずれ厄災を招く……あなた自身、裏切られ、苦しむはず……です……」

 

 マークインの足がよろけ、手すりを掴む指が震えた。


(腹黒聖女め……疑惑の種は蒔いた。見苦しく足掻いてみせろ……)


「――っ!」


 リュミエルが思わず支えようと手を伸ばす。


 しかし。


 風が、強く吹いた。

 カーテンをはためかせ、酔った身体を横へ押しやる。

 マークインの足が石畳を滑り体重が手すりの外へ傾く。


「危ない!」


 リュミエルは全力で腕を伸ばした。


 マークインの身体は、夜風の中へ吸い込まれるように落ちていった。


「マークイン様――――!!」


 悲鳴が響いた。

 宴会場の明かりが揺れ、下階のざわめきが遠くで広がる。


 ソルフィーユは手を口元に当て、震える声を絞り出した。


「な、なんということでしょう……!」


 絶望と悲劇を演じるその横で、リュミエルの眼は、ほんの一瞬だけ、聖女の姿を見た。


 その微かな違和感に気づいたのは、彼女だけだった。


 ▽


「――これで聴取は終わりだ。護衛を付けるので大聖堂の私室へお戻りくださって結構だ」


「わかりました。何かわかりましたらご連絡ください」


「……うむ」


 マークインがバルコニーから転落死し、戒律隊が駆けつけ、現場検証と聴取が終わった頃には日付が変わっていた。


 事件現場の第一目撃者として、ソルフィーユとリュミエル、そして数名の貴族が順番に事情を聞かれた。長い、無意味に長い時間だった。今はもう、早く帰って湯浴みでもして身体の緊張をほどきたい。


「リュミエル、帰りましょう」


「……」


 返事はない。

 無理もない。彼女は動揺していた。


 マークインが金鎖の騎士団を使ってリュミエル自身を襲わせたこと。そして、その加害者たちが皆殺しにされた夜の出来事。それが聖女ソルフィーユ、つまり俺の仕業ではないか、という疑い。


 いずれはリュミエルにも俺の正体を伝える時が来ると思っていた。今回、マークインの口から疑惑の言葉が無ければ、今夜、リュミエルに真実を伝えるつもりではあった。


 彼女の答え次第では、俺たちの関係が終わる可能性すらある。

 もともと俺は組織に属していたとはいえ、基本は一匹狼の暗殺者だ。必要とあれば単独で動くほうがずっと楽だ。


 だが、リュミエルを失うのは、間違いなく痛手になる。

 社会的な仮面を保ち、聖女としての立場を維持するには、彼女の存在はどうしても必要なのだ。


 馬車の中でも、リュミエルは終始無言だった。

 何度も視線を向けてきて、そのたびに喉まで言葉が上がっているのがわかる。しかし、どうしても口に出す勇気が出ないのだろう。

 俺はそれを遮ろうとは思わなかった。むしろ、彼女が疑問を抱いて問いかけてくるのなら、その時こそ『真実』を伝えるつもりだった。


 理由はひとつ。

 俺に純粋な目を向けるリュミエルを、いつまでも側に置くつもりはない。


 俺は聖女ソルフィーユではない。

 前世では何百という標的を暗殺し、同業者を殺し、血と闇の中で生き残ってきた。そして聖女になった今も、ソルフィーユの命を狙う者は一人残らず葬るつもりだ。


 それは俺の使命であり、ソルフィーユが『やりたかったこと』を実現するためにも必要な行動だ。


 俺はこの国を、そしてこの宗教そのものを壊すつもりだからだ。


 だからこそ、リュミエルがどう答えるかは重要だった。

 彼女は血に染まった俺を受け入れるのか。

 それとも拒絶するのか。


 俺は彼女の答えを待つつもりでいた。

 どんな結果であっても。

 

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