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奇妙な三人組

 毒薬を作った翌朝。陽が昇るより早く目を覚ましたソルフィーユは、水で顔を洗い、動きやすい布服に着替えると、そのまま外へ出た。


 ミレニア大聖堂の外周は、ゆっくり十周すれば丁度いい距離だ。体力づくりのために始めたランニングは、気づけば日課になっていた。


 生前はミラノの公園の外周をよく走ったりしたものだが、組織を裏切ったあとはランニングなんてできるはずもなく、このように日課になったランニングは非常に久しぶりで気分がいい。


 そもそも、この身体は十六歳相応にしても華奢で、筋力はあって無いようなもの。ソルフィーユの記憶にも体を鍛える発想はなかったから、走ることも筋トレも全てが始めてだった。


 だが一週間も続ければ変化は出る。脚は軽くなり、呼吸も整う。そして、自然と仲間もできた。


 最初は挨拶程度だった。しかし顔を合わせれば会話が増え、気づけば三人で走るのが日常になっていた。


 まず、一人目。

 毛むくじゃらの狼獣人で、二足歩行で歩き、筋肉のつき方からして完全に戦士型。身長も百九十以上もありそうな恵まれた体型。

 

 名前はガルド=ランフィア。


 初めて見たとき、ソルフィーユは魔物が首都に侵入したのだと本気で警戒した。しかし、本人は気さくに「おはよう」と声をかけてきただけだった。


 大聖都ミレニアは人族が八割。残りは亜人と呼ばれる種族だが、普段は差別されることも多いらしい。それでもガルドはこの街を気に入っているという。


「他の国より平和だし、飯がうめぇ」


 理由が単純すぎて、逆に信用できる。

 会話を重ねる内に打ち解け、今ではランニング仲間として、こうやって自然と並んで一緒に走っている。


 もう一人は、ランニングを始めて一日目に出会った老人だった。

 名前はアルス老。


 杖をつき、背中を丸め、どこからどう見ても隠居生活をしている老人。しかし、話してみれば物知りで、昔は聖庁の関連部署で働いていたと言う。


「お嬢さんの、走り方は独特じゃのう。全く音が聞こえんし、まるで凄腕の暗殺者のようじゃ」


 その一言に体の反応抑える。


「……私はこれでも聖女をしていますよ」


「はぁ? なんじゃってぇ? 便所? 便所に行きたいのか? 最近耳が遠くてのぉ……」


 職業柄、足音を消しながら歩くのは癖なので、老人の耳では聞こえ難いとは思う。

 その中で、ピンポイントで暗殺者のワードが出るので気が抜けない老人でもある。


 しかも、孫と間違えているわけでもないのに、会うたびお菓子をくれる奇妙な優しさがあった。質問にも的確に答えてくれるほど知識も豊富で、歩きながらの会話は毎度勉強になる。


「アルス老は何故、こんな朝早くに散歩しているんですか?」


「健康の為じゃ。最近隠居して、家に引き籠もっていると、体も鈍るし頭もボケてくる。こうやって外の空気を吸って体を動かし、若いもんと会話をするのが体に良いと気づいたんじゃ」


「それは良かったですね」


 毎日が殺伐としていると精神的に追い込まれるので、こうやって日常の出会いを大切にする時間も必要になってくる。


 アルス老との会話もその一環で、ソルフィーユの非日常を日常にしてくれる大切な存在だ。 


「おぅ、ソル。随分ペース上がったじゃねぇか?」


 ガルドはソルフィーユを呼びとき『ソル』と呼ぶ。随分と人懐っこい狼男である。


「まだまだですよ。もっとタイムを縮めたいです。……ガルドと比べたら、私なんて体力皆無ですよね」


「んまぁ、そだな。獣人のガキにも勝てねぇ」


 ガルドは鼻を鳴らしながら、ソルフィーユとアルスを交互に見て言う。


「……ところで、爺さん。本当に隠居なのか? 歩いてんのに、走ってる俺らと同じ速度じゃねぇかよ」


 隣で歩くアルス老を見ると、アルス老は杖をつきながら歩いているのに、俺とガルドとほぼ同じ速度を余裕で維持している。

 足音は静かで、歩幅は妙に広く、地面を滑るような動きだ。前世の暗殺者であるサイファでさえ、正体を測りかねる。


「ふぉっふぉっふぉ。若いモンにまだ負ける気はせんわい」


「おい爺さん、とうやって走ってるんだ? やり方を教えろ!」


「ふぉっ、ふぉっ、ふぉっ。若いもんは努力が足らん。しっかり付いて来るのじゃ」


 アルス老は加速し、それを追いかけるようにガルドも走り出す。


 よくわからない三人組の組み合わせで、ランニングは日課となってなり、ソルフィーユの朝はこうして始まる。


 なお――肝心のリュミエルはというと。


「ソルフィーユ様!? どこですか!? 図書室……? 温室……? あぁもう、次から早起き頑張りますから置いて行かないでください……!」


 聖騎士としての実力は本物だが、早起きだけはどうしても苦手らしいので、毎回おいてけぼりだ。護衛としての責務を果たせているのだろうか……。

 

「そういや、スラムの連中から聞いたんだがよ。最近、子供の行方不明が増えてるらしいぜ」


 三人で走っていると、不意にガルドが不穏な発言をした。軽い口調で言うガルドだったが、その尾の揺れは落ち着きなく、不安を滲ませていた。


「スラムですか……この大きな街にもスラムなんてあるんですね」


 俺はは淡々と答えた。けれど胸の奥に重いものが沈んだような感覚がある。

 子供の行方不明。サイファとしての経験が、その言葉の意味を冷静に判断してしまう。『もう助からない』と。


 割り切りとも諦めともつかない思考だが、戦場を渡ってきた人間には、それが現実だった。少年兵とも刃を交え、子供の死が日常にあった世界を生きてきた身だ。

 ひとり救っても、明日また新しい救えない命が生まれる。だからと言って、何も感じないわけではない。胸の奥に鈍い痛みが残る。

 

「主に外壁付近のスラムなんだけどよ、どうも誰かによって連れ去られたと思うんだよな」


「……理由は?」


「匂いだよ。俺、鼻は利く方なんだぜ。なんかの薬品の匂い……いや、香か? 名前がわかんねぇんだよな」


 鼻をひくつかせながら、ガルドは思い出すように空気を嗅ぐ。その仕草を見ながら、ソルフィーユはふっと笑った。


「へ〜。ガルドは鼻が利くんですね。今度、お仕事手伝ってもらいましょうか」


「おう、任せとけ」


 ガルドはノリが良く答えてくれた。


 しかし、子供の失踪……。外壁付近は警備が甘く、夜間ならいくらでも犯行が可能だ。魔物による襲撃という線もあるが、ガルドの匂いの指摘は人為的な犯行を示している。


 とはいえ、これはソルフィーユの仕事ではない。戒律院が戒律隊を派遣して調査を始めるだろう。今のところ、自分が出る幕ではない。

 

「そういえばのう、ソルフィーユよ」


 アルス老がぽつりと口を開いた。いつもと変わらぬ穏やかな声だが、妙に引っかかる響きがあった。


「大聖堂の図書室によく行っとるじゃろ」


「はい、よく利用します」


「なら覚えておけ。あそこにな、暗黒魔法の研究書の写しがある。それと、過去の未解決事件を記した書物じゃ。……誰が記録しておるのかは知らんがのう」


「暗黒魔法に未解決事件ですか? そんな本があるなんて……司書長に聞いてみます」

 

 ノワレ司書長なら知っていそうだ。暗黒魔法、未解決事件……そして子供の失踪。全てが無関係とも思えない。


 ソルフィーユは走りながら、淡い息を吐く。


(暗黒魔法……魔法の属性にあったな。詠唱すれば扱えるはず……か)


 手が空いたとき、試してみる価値はあるだろう。何か、嫌な予感だけが、足音のリズムに紛れ込みつつあった。

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