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聖女に転生したけど中身は世界最凶の暗殺者でした  作者: じゃむばた
聖女と南ディオール地方編
106/133

広場での惨事

 翌朝。

 グラン=テルムの広場は、張り詰めた空気に包まれていた。


 西の森を警備や探索していた部隊が、複数の魔物の襲撃を受けたという。

 

 そして、耳に入って来たのは死傷者多数という言葉。

 

 ソルフィーユは宿で朝食をとっていると、宿に来た住民がそんな話を報せを店主に伝えていた。

 そんな会話に聞き耳を立てていたソルフィーユは即座に可能性を組み立てる。

 帝国の人造魔兵。

 あるいは、フォレストエイプのような統率された群れ。


 いずれにせよ、偶発的な遭遇ではない。


 リュミエルは屋敷に呼ばれている。

 待つという選択肢はなかった。


「ちょっと、聖女様どこにいくの?」


「広場の様子を見に」


「リュミエルが居ないのに勝手に外に出回れても困るんですけど」


「なら付いて来てください」


「あっ! こら! あーもう!」

 

 セレナはソルフィーユの背中を慌てて追いかけ、そのまま広場へ向かう。


 二人が広町の広場に到着すると、石畳の上に布が何枚も敷かれていた。

 その上に、十数名の負傷者が横たえられている。


 裂けた鎧、抉られた傷口。

 血の匂いが朝の冷気に混じっている。


 うめき声が、あちこちから漏れる。


 その傍らで、膝をつき、泣き崩れている者もいた。

 動かぬ兵士の手を握り、名を呼び続ける声が途切れ途切れに響く。


 戦場ではない。ここは町の広場だ。

 それでも、現実はすでに悲しみと戸惑いの色が侵食している。


 ソルフィーユは一歩踏み出した。

 迷いはない。救える命がまだここにある。


「重症者から治療します。責任者の方は?」


 広場に響くよう、はっきりと告げる。


 間もなく、装備の整った一人の男が歩み寄ってきた。

 無駄がない動作だが、ソルフィーユに向ける視線は鋭い。


「お前、この町の者じゃないな。治療師か?」


「そのようなものです。隣のエルフ族は精霊魔法を扱えます。手分けして負傷者の治療にあたりたいのですが、宜しいですか?」


 男はソルフィーユを頭から足先まで値踏みするように見ると、わずかに鼻を鳴らす。


「治療師は一人でも多い方がいい。報酬は後で払う。怪我人を頼む」


 短く言い残し、踵を返す。


 広場の端へ向かう背に、数名が付き従った。動きに無駄がない。戦闘訓練を受けた従者だと分かる。


「なによ、あいつ。偉そうに」


 セレナが小声で毒づく。


 だが、態度から察するに相応の地位にある人物だろう。今は感情より優先すべきものがある。


 ソルフィーユは視線を負傷者へ戻した。


「セレナ、出血の多い者から。私は神力で危険な人から一人ずつ治します」


「わかったわ」


 広場は騒然としている。だが治療は静かに、正確に進めるしかない。

 救える命を、ひとつでも多く。


 セレナが軽症者の治療に取りかかったのを確認し、ソルフィーユは一人の男のもとへ歩み寄った。


 顔は青白く、唇は紫に変色している。

 呼吸は浅く、途切れ途切れ。


 家族が名を呼び続けているが返答はない。

 命の灯は今にも消えようとしていた。


 ソルフィーユは静かに膝をつき、そっと虫の息の男の胸に掌を置いた。


 周囲の家族は戸惑いの表情を浮かべる。

 だが次の瞬間、その顔が凍りついた。


 淡い光が、掌の下から広がる。


 腹部に大きく抉れていた傷が、ゆっくりと塞がっていく。

 裂けた皮膚が結び直され、肉が再び形を取り戻す。


 青ざめていた顔色に血の気が戻り、紫だった唇が健康な色へと変わる。


 やがて、男の呼吸が深く安定する。


 まぶたが震え、ゆっくりと開いた。


「あなた!」


 涙混じりの声が弾む。


「……ん? 俺は、一体……」


 まだ状況を理解できぬまま男は弱々しく呟いた。


 その周囲で安堵の息が一斉に漏れ、広場の空気がわずかに変わった。


「さあ、次はどなたですか?」


 声を張ると、あちこちから手が挙がる。


 選んでいる時間はない。


 ソルフィーユは最も容体の悪そうな者へと歩み寄り、次々に『治癒』を施していく。


 掌から溢れる神力の光が、朝の広場を淡く照らす。

 裂けた傷が閉じ、砕けた骨が繋がり、途絶えかけた呼吸が戻る。


 そのたびに、広場に集まった人々の間にどよめきが広がる。


 やがて、誰かが小さく呟いた。


「……聖女様だ」

「本物なのか?」


 その言葉は波紋のように広がり、広場を満たしていく。


 大小さまざまな怪我を癒し続ける。

 セレナも精霊魔法で傷を塞ぎ、出血を抑え、連携は淀みない。


 結果、広場に運ばれた生存者は、誰一人として命を落とすことなく救われた。


 だが、代償は確実に蓄積している。


 器に満たされた神力は無尽蔵ではない。

 枯渇しかけるたび、ソルフィーユは己の魔力を削り、少しずつ神力へと変換して補う。


 体の奥が熱を帯び、わずかな眩暈が走る。


「聖女様……うちの主人を救ってくださり、ありがとうございます。このご恩は一生忘れません」


「お父さんを助けてくれてありがとう!」


 気づけば、周囲には人垣ができていた。


 涙を流す者。

 深く頭を下げる者。

 子どもが無邪気に袖を引く。


 ソルフィーユは慌てて首を振り「務めを果たしたまでです」や「女神様のお導きがあっただけです」と人々に伝える。


 そう答えながらも、胸の奥で静かに息を整える。

 救えた命の重みが、今さらのように実感として押し寄せる。


 怪我人を救えたのは良かったが、運ばれてきた時点で既に息を引き取っていた人は救えなかった。

 亡くなった方の親族からは「何故、私の夫は治せないのですか」と言われたとき、ソルフィーユの胸を締め付けるようだった。


 死者の傷は治せても、魂だけは治せない。

 失った命は神力を持ってしても不可能なのだ。


 一瞬、リュミエルの顔が思い浮かぶ。

 あの奇跡は二度も出来るとは思えない。

 結果、リュミエルに大きな枷が出来たのも事実。

 死者を生き返らそうとする行為は、大きなペナルティが存在すると、ソルフィーユは感じていた。


「ソルフィーユ様、この騒ぎは一体……」


 人垣をかき分け、リュミエルが姿を現す。

 視線が広場を一巡し、負傷者と、その家族の姿を捉える。


「今朝、大勢の方が負傷して戻られ、治療にあたっていました」


「そうでしたか……」


 胸に手を当て、小さく息を吐く。


「フォルキア領内で、魔物の群れが同時多発的に出現しています。西の森だけではありません。各地で被害が報告されているようです」


 落ち着いた声音だが、その奥に緊張が滲む。

 リュミエルから詳細を聞き、ソルフィーユは状況を整理する。


「魔物災害、ですか。……カレドニア帝国の関与も考えられますね」


 人造魔兵の出現は報告されていない。

 もしあれが投入されていれば、被害はこの程度では済まなかったはずだ。


 だが、群れの統制や同時発生という点は、偶発とは考えにくい。


 自然発生か。

 それとも意図的な誘導か。


 広場の空気はまだ重い。

 救えた命と救えなかった命。


 その狭間で、次の一手を誤ることは許されない。


「話が変わりますが、領主……私の父ですが、聖女様とお会いになるそうです」


「わかりました。ご挨拶に伺いましょう」


 ソルフィーユに感謝の言葉を投げかける人々の中、ソルフィーユたちは広場を後にした。

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