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聖女に転生したけど中身は世界最凶の暗殺者でした  作者: じゃむばた
聖女と南ディオール地方編
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信仰の光

 翌朝。


 山道の終わり付近で野営を終えたソルフィーユは、まだ眠そうな月下の牙たちを荷台に乗せ、自ら手綱を握っていた。


 朝靄の中、馬の吐く白い息がゆらりと揺れる。


 隣ではリュミエルが座り、操舵を教えようとしていたが、ソルフィーユが自然に手綱を操る様子を見て、頬をふくらませている。


「……馬くらい扱いは知っていますよ」


 軽く言いながら手綱を動かすと、馬が素直に進路を変える。


「ですが、前……いえ、経験があるからといって何でもできてしまうと、私の立場がありません」


 リュミエルは小声で抗議する。

 疲労困憊の月下の牙たちがいるので、迂闊にサイファについては語れない。


「いやいや、私の身の回りの世話を完璧にこなしているではありませんか。本来なら一人でできることまで、側仕えという理由で着替えまで手伝っているのですよ?」


 ソルフィーユは少し視線を逸らすし、少し声のトーンを落とした。


「実は……最初はかなり抵抗があったのです」


 身包みを剥がされ、下着から装飾品まで用意され、まるで人形のように着せ替えられる。

 元の自分を知っているからこそ、その感覚は妙に落ち着かなかった。


 だが――


 今はもう、別のことを考えていれば終わると理解している。人は慣れる生き物だ。


「も、申し訳ございません……ソルフィーユ様の体調管理も私の役目でしたので、つい……」


「もう慣れましたから構いません」


 穏やかに言ってから、ソルフィーユの表情が引き締まる。


「それよりも、バートリー男爵の動きが読めません。戦闘になる可能性もあります」


「まさか……ソルフィーユ様相手に刃を向けるなど」


「可能性は十分にあります」


 即答で答える。


「私は正規の手続きを経てペルジーオに入ったわけではありません。身分を偽装しています。今さら聖女だと名乗っても、説得力は低いでしょう」


「聖女印や神力で証明できるのでは?」


「できます。ですが――」


 一拍置いて、ソルフィーユは手綱を少し力を込める。


「地方でそれを証明するには、“上”が腐敗している場合、いくらでも握り潰される可能性があります」


 馬の蹄の音が乾いた道に響く。


 ペルジーオを力で制圧することも可能だろう。

 だが、月下の牙は疲労が色濃く、水晶鉱山での戦闘は限界に近かった。

 連戦は避けるべき。何より聖女が無法を働けば、それは正義ではなくなってしまう。


「合法的に動きます」


 ソルフィーユは静かに結論を出す。

 もし、何かがあった場合、ペルジーオを出る前に保険はかけてある。


「聖女として、正規の手順で」


 リュミエルが小さく頷く。


 朝日が山道を照らす。

 ペルジーオまでの道のりは一日以上かかるが、それまでには疲労を回復させ、この事件に終止符を打つ。


 ▽


 翌日、夕刻前。


 ペルジーオの門が視界に入った。

 石造りの城門。行き交う商人と旅人。

 

 だが――


 馬車の後方に縄で縛られ繋がれた男の姿に、人々の視線が一斉に吸い寄せられ、ざわめきが広がる。


「そこの馬車、止まれ! 後ろの男は……ダッド=ラマハッタ上級騎士で間違いないか!」


「その通りだ」


 手綱を握るライナーは落ち着いた声で答える。


「俺たちを襲い、殺そうとした犯罪者だから捕縛した。衛兵に引き渡す」


 門兵の顔色が変わり「し、しばし待たれよ!」と言い残して小扉の向こうへ駆け込む。


 そして、しばらくして重厚な鎧をまとった大柄な男が現れた。歩くだけで地面が鳴るような体躯。


「その方ら。どのようにしてダッド=ラマハッタ上級騎士を捕縛した? 随分と痛めつけたようだが」


 低く圧のある声が届くと、野次馬は静かになる。


「水晶鉱山から出たところを襲われた。コイツから明確な殺意を向けられた」


 ライナーは視線を逸らさない。


「それに、コイツは吐いた。“大物”の名もな。ここで言おうか?」


 ざわり、と空気が波打つ。


 ダッドはバートリー男爵のお抱え騎士。指示した大物が誰か想像は難しくない。

 憶測が小声があちこちで飛び交う中、鎧の男が片手を上げ制する。


「待て。その話が真実かは分からん。……それに水晶鉱山は廃坑、立ち入り禁止だ。誰の許可を得た? 無断侵入したのなら、攻撃されても文句は言えまい」


 冷たい風が頬を撫でる。

 その瞬間、拘束されたままダッドが暴れ出した。


「そ、そうだ! こいつらは無断侵入だ! 俺たちは問いただそうとしただけだ! 一方的に暴力を受けた! 犯罪者はこいつらだ!」


 ライナーに無数の視線が刺さる。


 門兵たちが武器を構え、奥から衛兵が次々と集まり半円を描く。兵たちの息づかいが側から聞こえ、緊張が膨らむ。


「お待ちください」


 凛とした声が空気を断ち切った。

 幌馬車から小さな足が降り立つ。


 その少女は銀の髪が薄暗い空の下でも、僅かな明かりを受け七色に輝き、髪をなびかせ歩み、透き通る銀の瞳が門前を見渡す。


 その瞬間――

 ざわめきが止まる。


「初めまして。私の名はソルフィーユ。聖女ソルフィーユです」


 息を呑む音が波のように広がる。


 本物を初めて見た者の高揚。

 聖女がここにいるはずがないという疑念。

 畏れと懐疑が混じり合う。


 リュミエルが一歩前へ出て胸を張る。


「このお方は聖女ソルフィーユ様。そしてダッド=ラマハッタ上級騎士は聖女に刃を向けた。聖王国法において聖女様に危害を加えるのは重罪。異端審問にかけられれば即断罪もあり得ます」


『異端審問』


 その言葉に群衆の空気が凍る。


 家族ごと処刑――

 それは誰もが知る恐怖だ。


 ダッドの顔が蒼白になる。


「ま、待ってくれ! 俺は悪くねぇ! 俺は悪くねぇんだ!」


 ダッドの動揺を見て鎧の男が眉をひそめる。


「……調査は必要だ。だが、聖女が本物かは私には判断できぬ。したがって殺人未遂容疑で、その方らには同行願おう」


 衛兵が一歩踏み出すのが視界に入ると、リュミエルが剣の柄に手を添える。


「気が早いですね」


 ソルフィーユは微笑む。

 その表情には緊張の色はない。


「まずは、ペルジーオの教会にいる教会騎士、あるいは司祭をお呼びください」


 その言葉と同時に人垣が割れると、一人の男が姿を現す。


 ソルフィーユはその人物に視線を送る。

 聖レイディア教の司祭服。

 静かな威厳をまとった聖職者。


「おお、ナラハマ司祭。丁度よい」


 知った顔だったのか、鎧の男が景気よく聖職者の名を呼ぶ。


「その者は聖女を名乗る詐欺師だ。聖レイディア教の教えでは、聖女や教皇の名を騙る者は重罪だったな?」


 視線が司祭へ集まると門前に満ちていた緊張がぴたりと止まった。


 その空気の中、ナラハマ司祭は一歩前へ出る。

 彼の額には汗が滲んでいる。

 だが、その瞳は逸らさない。


「……恐れながら申し上げます」


 声は震えていたが、言葉は明確だった。


「こちらにおられるお方は紛れもなく、聖王国百一代目、聖女ソルフィーユ様でございます」


 ざわめきが弾ける。


「聖女就任式で、遠目ではございますが拝見いたしました。そして何より――」


 司祭は、ゆっくりとソルフィーユを見る。


「神より与えられた奇跡の光が、このお方の内より溢れているのが、この目で、はっきりと見えております」


 断言。

 ナラハマ司祭の言葉は力強く、その瞬間、空気が変わる。


 一人が膝をつくと続いてまた一人。やがて波のように、人々が聖レイディア教の祈りの姿勢を取る。

 その光景を見た門兵の手から、わずかに武器が下がった。


 雄弁に語っていた鎧の男の表情が固まり、震える口を閉ざした。


「……ナラハマ司祭と言いましたね」


 ソルフィーユが静かに問う。


「は、はい。聖女様。お手紙を拝見いたし参上いたしました。わたくし、ナラハマ。このペルジーオにて司祭を務めさせていただいております」


 声は敬意と畏怖に満ちている。


「教会騎士、そして戦力となる者を集めていただけますか?」


 穏やかだが有無を言わせぬ響き。


「なるべく血を流さずに、私が話をつけますので」


 司祭は深く頭を下げる。


「か、かしこまりました。聖レイディアの光の道を――必ずやお守りいたします」


 その背を見送りながら群衆の祈りは続いていおり、門前はもはや先ほどまでの包囲網ではなく、神聖な祈りの空間と化した。

 その祈りは聖女の到来という事件の中心へと変わっていく。


 鎧の男は、ゆっくりとソルフィーユを見る。

 先ほどまで容疑者として扱おうとしていた少女。

 今は都市の均衡を崩しかねない存在。


 ――剣を抜くべきか。

 ――それとも膝を折るべきか。

 ――答えを導き出せない。


 門の上では、篝火が城壁を赤く染めている。


 ――この混乱はまだ治まっていない。

 だが、力の天秤は確実に傾きつつあった。

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