<第一部 マンハッタン島編 第七章『最大公約数』シーン3-1>
(シーン3-1)
9月24日 午前10時00分ごろ
Slacker(怠け者)という言葉が、最近の陰の流行語である。アメリカが参戦を決めて以来、この1年間ほどでささやかれるようになった。戦地に行かずにアメリカで平穏な生活をし続けている若い男性を揶揄する言葉であり、宗教史の研究をする23歳のコロンビア大学院生アーロンはまさに、Slackerと呼ばれてしまう層に属する。愛国右翼組織NSLからすると、「何か、国家に役立つ働きをしてくれ」と叱咤したくなる存在だろう。だから、ロッジ議員の計画として高学歴Slackerたちをヨーロッパに送り込む十四か条調査団は、マケルロイ教授からは“民主主義の宣教師団”として解釈するのが納得しやすかったのだろう。
マケルロイの講義が始まってから40分以上になった。まだまだ語ることはあるようで、次のテキストを開くように指示された。3冊あるうちの2冊目だ。
「今から、ヨーロッパの現況と早急に必要とされている思想的提案について、詳細な解説を授けたい。そして君たちの“宣教”に役立ててほしい。それは、私と誕生日まで同じである大統領の十四か条に集約されている——」
(誕生日が同じ…って、この人、ウィルソン派閥というより、単に“ウィルソン大統領が大好きな人”なのか?)
2冊目のテキストは、『アメリカの使命―ウィルソン大統領の演説選集(The American Mission: Selected Addresses of President Wilson 1917January-1918April)』というタイトルだ。※1
その名のとおり、去年の1月の『勝利なき平和』の演説から4月のアメリカの参戦時演説、今年1月の『十四か条』演説、2月の『十四か条に付帯する四原則』演説など、ウィルソン大統領の今年4月までの国会演説を書き起こしている冊子だった。
マケルロイに指定されたページを開こうとすると、ハラリ、と1枚の紙がページのあいだからすべり出てきて、床に落ちてしまった。
「おっ…と」
アーロンは椅子に座ったまま、体を傾けて拾い上げる。
(これは…加入申請書か?)
赤い縁取りがされた、国家安全保障連盟の加入申請書だった。ざらついた厚紙に力強い活字で参加費と会員階級などが印刷されている。気になるのは、その中央に配置されているスローガンだ。AMERICAを頭文字にしたアクロニム詩(※いわゆる“あいうえお作文”)になっている。
―Awaken the entire country to service
<全国民に奉仕の精神を喚起せよ>
―Make victory certain
<勝利を確実なものとする>
―Educate the people on the war
<国民に戦争の意義を教育せよ>
―Realize your individual duty
<各自の義務を自覚せよ>
―Insure Universal Military Training
<普遍的軍事訓練を徹底せよ>
―Combat German propaganda
<ドイツのプロパガンダに対抗せよ>
ーAdd to our fighting power
<我が軍の戦闘力を増強せよ>※2
(うわぁ…右翼だなぁ…)
マケルロイ教授の講義からも明白なことではあったが、NSLは極右だ。戦争のための思想教育の必要性までを主張している。テディ・ルーズベルトもその主張をしてはいるが、マケルロイと比較すると表現がやや穏当で共感しやすい。マケルロイの言葉のセンスは宗教的で、ウィルソン大統領の雰囲気のほうが近い。そして今、ウィルソン大統領の演説集にこの申請書は挟まれていた。
(でもそれだと、ウィルソン大統領のほうがテディ大佐よりさらに右翼、ってことにならないか?それはそれで、なんかおかしいような)
それに、ポリシーがどうこうよりも、このスローガンのリズム感になんだか、違和感がある。ぎくしゃくしている。
……数秒以上、加入申請書を見つめてしまっていた。バーナビーに肘で小突かれて、マケルロイの視線が自分に注がれていることに気づく。やばい。
「気になったのかね?その申請書が」
「あ、いえ、すみません。スローガンが…」
しまった!…口がすべった。
「感動的なスローガンだろう?今日はその目的で来たわけではなかったが、加入はいつでも歓迎だよ」
「う…あ、はい…」
バーナビーに太ももをつねられていて、そう言うほかない。
だが、意外な声が、少し離れた席から投げかけられた。
「出来が良くありません。ポエムとして未完成で未熟です」
その批評の冷たさに、みんなが一斉に振り向く。声の主はサイディスだった。
※1、架空の本です。ウィルソン政権は政策の広報に力を注いでおり、1918年9月までに同じような内容の冊子を配布していた可能性はあるのですが、史実での実在は確認できていません。
※2、こちらは実在します。NSLのWikipedia記事で実物を確認できます。https://en.wikipedia.org/wiki/National_Security_League




