<第一部 マンハッタン島編 第七章『最大公約数』シーン2-3>
(シーン2-3)
マケルロイ教授は、3冊の冊子のうち、NSLのパンフレット『第5号 我々の戦争の理想(The Ideals of Our War)』をメインテキストにして講義を始めた。マケルロイ自身の講演記録であるようだ。※
「この講演は、――ふむ、去年の7月だからもう1年以上前になるのか。ただ、私がこのときに語った理想は、まさにその予測のままに結実しようとしている。その正確さをまずは確かめていこう」
マケルロイは不敵な笑みを浮かべて解説を始める。
話を聞きながら、テキストの文章を目で追いながら、アーロンはやはり集中しきれない。
“私はこの数か月、ジャパンから、チャイナから、フィリピンから、遠く離れてアメリカの理想を見つめてきた。
(マケルロイは一昨年の1916年はアジアの大学で教授をしていたらしい)
そしてそれが現実に存在することを、確信している。その理想とは、努力と犠牲によってのみ守られる政府のかたちである。”
――うわ、戦死したトマスのことを思い出さずにいられない。アーロンはネガティブな感情が顔に出ないように努力しようとする。
だがすぐ次の段落でも、
“今、私が多様な血をひく紳士と淑女の皆様方の前においてすべきなのは、――イギリス系やドイツ系、フランス、イタリア、ロシア、それにスペイン、多言語・多民族が構成するこのアメリカ合衆国において、使命としてすべきなのは、社会の中で熱く沸き立つ思想と理想、夢と願いを、シンプルで率直な言葉へと形にすること。”
――うわ、アフリカ系もネイティブアメリカンも無視してる。アジア系もか。そのときの聴衆にはいなかったのかもしれないけど、今はエリスがいるし、本来ならセナさんがこの場に参加していてもおかしくない。
(“粛々と耳を傾けろ”…って、バーナビーさん、もう少し具体的な指示が欲しいです…。…ん?)
早くもそわそわを抑えきれなくなってきたアーロンに、バーナビーが机の下で、一見して意味の通じないメモを見せてきた。
『GCD=1』
アーロンに見せた後で、右隣のソロモンにも見せている。マケルロイからは見えないようしている。アーロンとソロモンへの秘密の助言ということか。
さっきの傍点付きの注意と合わせて考えなくちゃいけないはずだ。そして、アーロンとソロモンにはこの暗号が通じると、バーナビーは考えている。
(……これってもしかして、数学語か?)
GCDは最大公約数(greatest common divisor)の頭文字。数学用語として、ハイスクールまでの授業で確実に習う。実用的には雑学でしかない12進法を知らなくても、ハーバード大学出身のバーナビーならGCDは普通に知っているだろう。
(努力して何カ国語も身につけたって言ってた。ソロモンと会話するために数学語も勉強するつもりなのかなぁ、バーナビーさん)
いや、そうじゃなくて。バーナビーの向上心に感心している場合じゃなくて…。
(『最大公約数は1』……つまり、…)
※このパンフレットは実在します。ハーバード大学図書館のアーカイブをネット(Hathitrust経由)で確認済み。




