<第一部 マンハッタン島編 第七章『最大公約数』シーン2-2>
(シーン2-2)
紹介を終えたバーナビーは、これからマケルロイ教授に講義をしてもらうが、聞くにあたっての諸注意がある…と話し始める。
「これからお話いただく内容は、諸君が受け取っているロッジ議員からの申し送りとは食い違う点がいささかあるかもしれない。数日前に決まったことで、教授と打ち合わせすることができなかった。私の準備不足と批判してくれて構わない」
そこまで言って、バーナビーはマケルロイ教授に目配せをした。
「…諸君も知っているかもしれないが、マケルロイ教授の近年のご活躍は、共和党の主流とは別の方面からの社会改善提案であることが多い。マケルロイ教授はしかし、アメリカ合衆国憲法に則ってより良きアメリカのあり方を熟考し精励しておられる点で、ロッジ議員はもちろん、我々とも目標を異にしてはいない」
なんか、言葉に含みがある気がする。文字にしたら傍点をつけて強調している箇所がそこかしこにある感じだ。”主流と違う”って言われても、NSLで活動しているテディ・ルーズベルトが共和党内でとくに右翼なのはわかるが、主流であるロッジ議員はどうなのかっていうのが、政治に疎いアーロンにはよくわかっていない。わかっていないのにロッジの計画に参加している。
「教授の講義はきっと君たちにとって何らかの点で利益になることと思う。ただ、粛々と耳を傾けたまえ」
アーロンの方を明らかに見てバーナビーはそう言ってきた。話を聞かないやつだ、って思われてるんだろうな。注意しなきゃ。“何らかの点で”、に傍点がついてる感じだったのも気になるけど…。
「私からの指示は以上だ」
そう言ってマケルロイに講師の位置を譲り、バーナビーも受講者席のほうにくるようだ。が、なぜかアーロンとソロモンにだけ座る席を指定してきた。そして、パンフレットを3冊、木箱からとって2人の真ん中に座ってくる。まぁ、別に良いけど。
「諸君、ごきげんよう。ミスター・バーナビーからご紹介があったが、改めて。ロバート・マケルロイだ。ウィルソン大統領の後任として、プリンストン大学で歴史学を教えている」
わざわざ説明しなおしてくれた。プリンストン大学に行ったことはないけど、ウィルソン大統領が学長を務めていたこともあって、最近は全アメリカでもっとも権威のある大学になりつつある。とはいえ、ウィルソンの後任だからと言って、ウィルソン派閥というわけではないはずだ。十四か条調査団はロッジ議員による“対ウィルソン作戦”なのだから、ウィルソン派閥だとしたら関わらせるのはまずい。
「まず、このことを言わせてほしい。諸君らの勇気と愛国心に敬意を表する、と…」
マケルロイ教授は、立ったままテーブルに両手をつき、前掲姿勢で語り始めた。部屋の空気が、一気にプリンストンの教室の緊張感を漂わせる。
その姿を見てアーロンは、数か月前の記憶を脳裏によみがえらせた。
(思い出した!…会ったことがあるわけじゃない、写真を見たこともない。でも、イエロー・キッドの新聞だ…!)
イエロー・ジャーナル新聞の風刺画で、顔の特徴を強調された“漫画のマケルロイ”を見たことがあるのだ。あれはたしか、今年の4月ごろだったか?…何か、とんでもない失言だか暴言だかをして世論やマスコミから非難ごうごうを浴びていたのが、ロバート・M・マケルロイ教授だった気がする。
“ちょっと危なっかしい人だ”という印象を、その風刺画と記事を読んだときに思ったはずだ。もうちょっと詳しく思い出さないと、こちらが失言をして怒らせてしまうかも、だが、いやそれよりも、今はバーナビーの言う通りで、話を聞くべきだ、うん、きっと。
(どうしよう…そわそわする)




