表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
88/114

<第一部 マンハッタン島編 第七章『最大公約数』シーン1-1>

<第一部マンハッタン島編 第七章『最大公約数』>


(シーン1-1)


1918年9月24日月曜日 午前8時ごろ


8時からは、デモス、サイディス、ソロモンの3人が小テストを受けていた。

いちばん遅く起きてきたソロモンは、まだ朝食を食べきっておらず、左手にパンを持ったまま、右手で記入している。

制限時間は10分。アーロンとエリスは昨日すでに同じテストを受けているため、いまはやることがない。バーナビーからは「互いの回答を見ておくように」とだけ指示されていた。


だから、アーロンはエリスの回答をいま読んでいるし、エリスもまたアーロンの回答に目を通している。


(めっちゃかしこいな、エリス君……)

エリスの回答は、文字も論理も整然としていた。

誤魔化しが一切なく、文章に迷いがない。

アーロンの、冗談で間を繋ぎながらなぐり書きした答案とは雲泥の差だ。

そもそも10分間で答え切れるような設問ではなく、アーロンは仕方なく空欄を一つ残したが、エリスは全欄を埋めている。

(普段からこういう、意見の要約をする訓練をしてるんだろうな)

政治や法律を学んでいると聞いた。弁論大会の常連だったりしそうだ。

(でも、この 『to reconcile(リコンサイル) without(・ウィザウト) recoil(・リコイル)(反動なく融和する)』 は、とても……いいな)


バーナビーが時間の終了を告げる。

3人とも数十秒前に書き終えており、用紙はスムーズに回収された。

なお、サイディスは3分は前に記入を終えているようだった。

バーナビーはアーロンとエリスの答案も改めて回収し、5人分を机の上に並べる。

「9分間、自由にしていい」と言われたので、アーロンは隣のエリスに小声で話しかけた。


「“reconcile without recoil”って、すごくいいね。声に出して読みたくなる英語だ」

「呪文なんだ。『Reco,( リコ・) without, (ウィザウト)Reco(・リコ)』。魔術師に教えられたんだ」

白い歯をのぞかせて、エリスが微笑む。


「わお! アフリカから持ち込まれた黒人の伝統魔術?」

「ハハ、アーロンならそういう反応をしてくれると思ったよ」

冗談が通じるのがうれしい。

「冗談でも本気でも、どっちでも僕には興味深いからね」


現実のようなフィクション、フィクションのような現実。

アーロンにとっては、どちらも宝石のように魅力的だった。


「アーロンはタスキーギの魔術師、ブッカー・T・ワシントンを知らないかな。ぼくの恩師だ」

父の書斎で見かけた新聞の見出しに、よく載っていた名前だ。記事をちゃんと読んではいないけど…

「ブッカー・T……あぁ、知ってるよ。穏健派の黒人活動家。でも、たしか──」

「そう、3年前に亡くなった。だから、ぼくはこの呪文を受け継いでいく」

エリスは微笑を保ったまま、目は真剣だ。

「やっぱり黒人の伝統魔術なんだね」

「そうだね。でも、黒人じゃなくても──おっと、今はよそうか」


バーナビーが次の指示を始めたので、エリスは私語をやめた。

アーロンも耳を傾けようとしながら、ふとノートに視線を落とす。

書きつけたばかりの一行が目に入る。


『Reconcile without Recoil』


アーロンの癖だ。

バーナビーの話を聞かなきゃいけないのに、その呪文に思考を掴まれてしまう。アーロンも、その手を握り返してしまう。


Reconcile(融和)からRecoil(反動)をマイナス──Without──すると、N、C、Eが残る)

Negro(黒人)Civil(文明)Education(教育)……エリスの他の回答と並べると、そう読める)

(けれど、さっき“黒人じゃなくても”と言いかけてたよな)

(この呪文、白人でも信仰できるってことか?)

(だったらNegroじゃなくてNature(自然)Neutral(中立)Nation(国家)…)

(この言葉遊び、あとで言ってみようかな……でも、ジョークって鮮度が大事だ)

(それに、呪文は信仰対象だ。軽く扱うのは失礼かもしれないな)


自分の思考に意識を引きずり回されているアーロンの前にさっきの回答用紙がおかれ、それがソロモンの記入したものであることに気づいて、やっとアーロンは現実に戻って来ることができた。

5人全員の回答を回し読みして共有する、というのが次の課題らしい。

周囲の動きをキョロキョロ見回して、やるべきことを思い出す。


「5分間ずつだよ、アーロン」


サイディスが、アーロンのほうを見もせずに教えてくれた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ