<第一部 マンハッタン島編 第六章『黒い真実、白い嘘』シーン4>
(シーン4)
9月24日 午前7時ごろ
地下階まで行き、細い廊下をクネクネ曲がると焼却炉があった。書類を放り込み、点火する。マッチの場所はバーナビーが教えてくれた。
(サイディスは頭脳労働だが、ボクは肉体労働担当だ。バーナビーさんのなかでそう決まっている)
『十四か条調査団は人種差別を否定する』
――バーナビーは昨日、高らかにそう宣言した。だが、人種平等は、彼にとってはウィルソンの弱点を突くための手段であり、計画をスムーズに進めるための合理性でしかない。信念や理想や、目的ではない。
昨日の午前中は、敵国語であるドイツ語を躊躇なくエリスたちに教えてくれた。それは交渉や尋問に必要だからであって、平等意識があるからではない。
(食堂の問題もそうだ。秘密計画だから抗議デモはできない、それはわかる。でもバーナビーさん、仮にたったいま計画が中止になったとしたら、あなたは来週のデモには参加するだろうか?)
全てを能力と実績で判断しているようでいて、バーナビーは人種差別的な先入観から逃れ切れていない。それに気づけるのはたぶん黒人だけだし、気づかないふりをできるのは、黒人の中でも穏健派として育てられた一握りだけだ。
(『Reco, without, Reco』)
“塾”の合言葉をまた心の中だけで唱える。今は亡きワシントン博士が教えてくれた詩術。世界平和のための呪文。焼却炉の中で、強くなっていく炎に巻かれて紙が黒く焦げていくのを確認する。
(そして、『主題を見出せ。教訓を見出せ。筋書きを見出せ』、か。――教条だと『この学校で教えられることに、主題・教訓・筋書きを見出してはならない』なのに)
“塾”の創始者のひとり、トウェイン導師が掲げた教条のひとつが、今回のスコット先生からの指令では反転されている。もともとが矛盾に満ちた教条だっただけに、反転した後でも何か、その奥の意味を考えたくなる。
……少し、ほんの数秒だが長く炎を見つめすぎて、バーナビーたちに不審に思われたかもしれない。そう思いながら、そう思ったことを悟られないように気を付けながら、焼却炉の蓋をエリスは閉めた。
<第一部第六章『黒い真実、白い嘘』完。第七章へ続く>




