<第一部 マンハッタン島編 第六章『黒い真実、白い噓』シーン3-3>
(シーン3-3)
エリスは諦めずに食い下がる。この集団に、一人でも良いから女っけがほしい!(…というポーズをよそおうために、早口で少し興奮した演技をする)
「でも、ウィルソン大統領の予想外の存在でなくちゃならないんでしょ?女性の活動家とか――エマ・ゴールドマンやクララ・レムリッチは年上だから、じゃなくて有名人過ぎるから予想外にならないかもしれないけど、もっと若い学生なら…」
これも、昨夜の雑談のときに20代の5人(ソロモンは10代だ)で一致させていた意見だ。いっしょにヨーロッパへ行くのは、おばちゃんよりは同年代が良いよねっ。(…と、20代独身男性の集団は白人黒人関係なく考えるはずだ)
バーナビーは仕事の手を止め、腕組みをして、エリスたちに向き直った。
「そうだな…、たとえば、極度のリベラルや左翼の女性活動家だと、共和党から連絡する人脈がないし、向こうも協力を断るだろう」
冷静な声のまま、解説を始めた。
「私もロッジ議員のお考えを全て伝えられているわけではないので、推測がいくらか混じることだが…」
眼鏡をはずして両目蓋を指で揉むバーナビー。
「女性のエリートを育成している大学でもっとも有名なのは、ブリンマー女子大学だ。だが、ウィルソン大統領自身がこの大学の学長だった時期がある」
…となると、少なくともブリンマーの女子学生は合流してくれなさそうだ。
バーナビーは眼鏡のレンズの汚れを確かめている。
「加えて、ファースト・レディのエディス夫人も、大統領とは別種の知性と意志力をお持ちの方だ。大統領と結婚していなければ、女性参政権のための活動をしていてもおかしくないくらいのな」
眼鏡をかけなおす。
「大統領夫妻の予想を裏切る女性も、女性活動家のリーダー候補も、選定が極めて難しい、ということだろうと考えられる」
「なるほど…」
エリス以外の3人の20代男性も、声を出さないまま納得を共有する。
(結局、共和党がどんなに巨大で威圧的であっても、完璧な組織ではないってことだ。取りこぼしが絶対にある)
女性、左翼、黒人。きっと、エリスがメンバーで唯一の黒人だろう。
「じゃあ、やっぱりセナさんだ。彼女ほど予想外な存在はないよ」
アーロンは大きな声で独り言を言い始めた。昨夜の雑談でも、調査団メンバー候補のセナと会ったことがあるのだと、なぜか自慢げに言っていた。ネイティブアメリカンの少女であるらしく、その出自だけでも確かにウィルソン大統領の予想外の存在でありそうではある。
が、アーロンが語るセナは“ネイティブ的なのにエキゾチックやオリエンタルの雰囲気もあってすごく美人だ”とか“歌声も神秘的で美しくて”とか“光のように現れて風のように走る”とか、明らかに尾ひれをつけている。昨夜の話よりさらに過剰になっている。アーロンの中で彼女の存在が肥大化しているらしいことをデモスが「エロスの矢に射られたか」とギリシャ神話に例えてからかうと、アーロンはむきになって否定した。
(実物を見たことがないので、会ってみたくはあるが…)
サイディス、デモスといっしょにエリスも苦笑していると、バーナビーが
「ちょっと手伝ってくれ。焼却炉に行く」
と仕事を頼んできた。処分する書類を数束抱えてついていく。散歩するつもりだったデモスもいっしょに書類を持ち、エレベーターに乗り込む。




