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<第一部 マンハッタン島編 第六章『黒い真実、白い噓』シーン3-2>

(シーン3-2)

15分ほどたって、なおもチェック作業を続けるバーナビーが、唐突にサイディスを呼んだ。

「サイディス、ちょっと来てくれないか」

バーナビーは、サイディスが朝食を終えるのを待っていたようだ。

「はい、なんでしょう…」

「この人名リストを見てくれ。見覚えのある名前があったら赤を入れてほしい」


依頼するほうは異常な発想だし、依頼されるほうも異常な能力だと言うほかない。新聞に載っている最近の戦死者一覧――何日分の情報かは知らないけど、400名以上だと見出しにはあった――に書いてある、別に有名人ではない戦死者たちの来歴を、1人ずつサイディスに確認させている。サイディスも「この伍長は××社の株主の息子で~」とか「この二等兵は○○大学の陸上部だ~」とか、全てではないし同姓同名である可能性も留保しながらだが、スラスラと答えている。赤鉛筆を動かす手も止まらない。いったい、何百万人ぶんの人名をその脳内に記憶しているのだろうか。


「あと25人、見覚えのある名前があるけど、さすがに口が疲れてきましたよ」

とサイディスが休憩を申し出ると、

「あぁ、済まない。もう十分だ」

とバーナビーは打ち切りを告げた。

「もう良いんですか?」

「君ならそういうこともできるかもしれない、と思って頼んでみたまでだ。君の能力を基準にしていくわけにはいかないが、今後の作業の方向性として参考にはなった」

「バーナビーさんの言葉は分かりやすいから、ぼくは好きですよ。いつでも手伝います」

確かに、バーナビーには秘密はあるが、裏がない。アーロンとは別の意味で、わかりやすい。

「君の記憶能力と照合能力を持った機械を作れるのなら、それが一番たすかる」

「機械工学は専門外ですよ…。材料をそろえたり、歯車のかみ合わせを調整したりしている時間がもったいなく感じられてしまうんです」


エリスの隣に座っているデモスがため息をつき、

「なんとも、神がかりのような才能だな…ヘルメス・トリスメギストスのようだ」

とつぶやく。そして、

「散歩に行ってくるよ。何百人もの死者を悼みたくもある」

と席を立った。


「バーナビーさん、訊きたいことがあるんですけど…、あ、そのまえに、おはようございます、みなさん」

アーロンが、部屋から出ようとするデモスとすれ違うように入室してきた。バーナビーが忙しそうなことにかまわず、いきなり話しかけている。

「セナさんは参加するんですか?」

バーナビーの返事を待たずに質問をぶつけるアーロン。デモスも気になったのか、立ち止まる。

「わからん。行方不明だ」

アーロンには叱責や説教よりも、質問に答えてあげるほうが結局早い。屁理屈やマーク・トウェイン談義で迂回をさせられるよりはマシだ。昨日1日でエリスが察したことを、バーナビーも学習しているらしい。

「さがしに行かなきゃいけませんね…セントラルパークだと思うんです」

「私個人は、その必要は薄いと思っている」


エリスも乗っかってみる。ウキウキした表情をよそおって――

「そのセナさんという人以外では、女性の参加者はいるんですか?」

昨夜の寝る前の雑談でも、話題にしていたことだ。

「いない。私の知る限りでは」

バーナビーの答えは冷徹だ。エリス、アーロン、デモス、サイディス、20代男性4人が、声にならない落胆を共有する。

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