<第一部 マンハッタン島編 第六章『黒い真実、白い噓』シーン3-1>
(シーン3-1)
トイレから戻ったらデモスが起きていて、挨拶をした。アーロンとソロモンはまだ寝ている。
『朝食は6時からこの部室で食べられるようにしておく』
バーナビーさんは昨日そう言っていた。 まだ5時50分だけど、サイディス、デモスといっしょに5階に降りて、作戦部室に行ってみる。案の定、すでにバーナビーさんがいて仕事をしていた。昨日はしていなかった眼鏡をかけている。
「おはようございます」
「おはよう。8時までは自由にしてくれて良い」
バーナビーは一瞬だけエリスたち3人のほうに目をやったが、すぐに新聞のチェック作業に戻った。届いたばかりの朝刊を5紙ぶん、広いテーブルの一角に拡げて並べて、記事に鉛筆で書き込んでいる。
昨日1日いっしょにいたからわかる。この人は、プライベートがないタイプの人だ。こんな時間から、すでにネクタイを締め、国債購入証明バッジもしっかり襟に装着しているのがその証拠だ。
「何時に寝たんですか?バーナビーさん」
「10時0分だ。起きたのは4時0分だ。朝食は人数分に分けておいたので、1人分だけを食べるように」
一つ質問したら、答えを先回りで全部言われた。寝たのはボクらより早い。ボクらが寝る前に雑談をしていたのとは違って、バーナビーさんは寝る直前まで仕事をしてたのだろうけど。
テーブル上の新聞がないほうの一角には、きっちりと等間隔をあけて5つの紙袋が並んでいた。昨日、夕食とともに届いたパンや果物類が、袋の中には入っていた。リンゴが1個に加えて5分の1に切り分けたものも入っていて、果汁でパンが濡れるのを防ぐ油紙まで敷いてある。1個余ったのをバーナビーさんがわざわざ切り分けたんだろうけど、几帳面すぎる。
(分度器を使って5等分にしてそうだ…)
サイディスの分析癖と同じで、バーナビーさんの習性ということだろう。アーロンもソロモンもだいぶ変人だし、この白人集団の中での健全な黒人の振る舞いって、設定がだいぶ難しい。
(逆に言えば、立ち位置を模索している姿を露骨にするほうが、言い訳が立つし、自然だ)
積極的に黒人を侮辱するような白人のほうが対応がしやすい。そういう底の浅いタイプはいないどころか、十四か条調査団は『人種差別を否定する』と宣言した、世にも珍しい白人黒人混成集団だ。その中で唯一の黒人のエリスが、スムーズになじんでしまうのは、逆に違和感を持たれる。
「バーナビーさん、この仕事は毎日しているんですか?」
忙しくチェックと書き込みを続けているバーナビーの仕事をあえて邪魔するような、質問をしてみる。
「…普段は別のものに任せているが、」
と一旦手を止めて答えてくれた。
「私が29日からヨーロッパへ行くため、その担当者の負担が増える。だから、先週から休暇をとってもらっている」
「はぁ、なるほど」
バーナビーはすぐに作業に戻った。たぶん、その人がやるよりバーナビーさんがやるほうが早いし正確だったりするんだろうな。
「あ、そういえば、ラガーディア議員が帰ってくるって昨日パールマンさんが言ってましたよね。報道はどうなってますか?」
「まだ帰っては来ない。タイムズ紙なら7面に記事がある」
「ありがとうございます。はぁ、勲章をもらったんですね…」
イタリア王国からラガーディア下院議員が勲章を授与され、有名な“詩人将軍”のダンヌンツィオも同時に授与されている…という記事が、確かにニューヨーク・タイムズの7面にはあった。パンをかじりながら、パンくずが新聞に落ちないように気を付けながら、それを読んだ。
バーナビーは懐中時計をリンゴに押し当てて、文字盤の12分・24分・36分…で5等分を測って切りました




