<第一部 マンハッタン島編 第五章『ラフ・メンバーズ』シーン7-2>
(シーン7ー2)
42分前に、共和党事務所の電話を使ってもらった。かけている先が誰ということはエリスは言わなかったが、十中八九、エリスにとっての師であるらしいエメット・J・スコットだろう。陸軍の黒人関連担当補佐官であり、合衆国政府で働く黒人として最高位の職責を与えられていると言っていい人物だ。
おかげで、マンハッタンの飲食店から食事缶を届けてもらえることになった。今日だけでなく、28日までの残り5日間もだ。
マンハッタンで誰が動くことになるのか、はエリスから少々強引にだが訊き出した。無償というわけには絶対に行かない。代金の支払い先は知っておかねば。
(ワシントンDCに電話をかけてからわずか36分…恐ろしくもある)
バーナビーは、黒人コミュニティの助力をありがたがるだけでなく、その連携の素早さと的確さに戦慄を覚えていた。エリスから訊き出したマンハッタンでの協力者は、主に共和党州議会議員のエドワード・A・ジョンソン氏と、NUL(全米都市連盟)代表のユージン・K・ジョーンズ氏。グランドセントラル駅の近くにある『Gilt Edge Tea Room』は黒人労働者もよく利用しており、今回の食事を用意してくれることになった。異常に手際が良い。普通の飲食店に普通に注文して、普通に食事が届く、くらいの時間しかかかっていない。
(デュボイス系のグループが組織力を強化しているのは推測できていたが、スコット系にも警戒が必要だ)
人種差別に表だって批判的な活動をしているのは、ニューヨークではNAACP(全米黒人地位向上協会)が有名だ。主導者のW.E.B.デュボイスは、穏健派だったブッカー・T・ワシントンとは明確に別路線を打ち出し、人種差別政策に積極的な批判活動を行っている。対して、ブッカー・T・ワシントンの流れを受け継ぐエメット・J・スコットは、ウィルソン政権に従って、黒人兵士の徴兵や派兵の調整を堅実に取り仕切っている。要するに、白人と仲良くやってくれている。
(それはただ、牙を隠しているだけかもしれない、ということか)
バーナビーは食事を終えた。
午後7時2分20秒。
まだ食べている最中のアーロンが話しかけてきた。
「バーナビーさん、この後は何を?」
「自由時間だ。寝泊まり用の部屋は9階にある。外出は自由だが、トラブルは避けろ。門限は午後8時」
「はっや」
ソロモンから文句が一瞬だけ漏れたが、
「このクラブビル自体が8時で閉鎖するようだね。1階にあった事務連絡の張り紙から推測できる」
「まぁ、僕は外出しないけど…『白の組織』が怖いし」
「汽車の旅の疲れも残っている。今夜はゆっくり休もう」
「『白の組織』って、なんだ?さっきも怪しい人物って言ってたが、危険な変数項か?」
「知りたいなら詳しく教えるよ、ソロモン君。アーロン君の話も聞きたい」
議論のような、雑談のような、おしゃべりが始まった。彼らは打ち解けている、という判断をしておこう。




