<第一部 マンハッタン島編 第五章『ラフ・メンバーズ』シーン6-2>
黒人に対する侮蔑語を示唆する表現がありますが、作者シジマケイタはあらゆる人種差別に批判的でいたいと思っており、作品としても差別を助長する意図はありません。
1918年のニューヨークという舞台設定においてリアリティを追求する以上、避けて通れない要素であるという確信のもとに、架空の人物に差別発言をさせています。ご了解いただければ幸いです。
(シーン6-2)
「次に、アーロンとソロモンが口論していたことだが…」
「いったん座りましょう、バーナビーさん」
パールマンにうながされて、ずっと立ったままだったことを思い出す。全員を着席させ、バーナビーも講師の席に座った。弁護士のパールマンは、この後の議論があまり穏やかではないことを経験的に直感したのかもしれない。
「挙手制にしましょう。発言したいものは挙手。バーナビーさんが発言者を指名してください」
パールマンがルールを決めると、アーロンとエリスがすぐに手を挙げた。口論の当事者であるソロモンは憮然として、壁の張り紙の文字などを眺めている。
午後4時27分00秒。 バーナビーは、秒針が文字盤のXIIを指すまで待ってから、議論を再開した。
「エリス、君の意見から聞こう」
アーロンに話をさせると、マーク・トウェイン談義が始まってしまう。エリスのほうが冷静な意見が聞けそうだ。
「アイゼンバーグ君が、入室してきてすぐ、ボクを見てNワードで呼びかけたんです。“Nもいるのか”って」
続けてソロモン、アーロン、デモス、サイディスに1人ずつ事実を確かめ、口論の経緯をバーナビーは把握した。 エリス・C・ダベンポートはアフリカ系アメリカ人だ。黒人のためのエリート養成拠点であるハワード大学の中でも成績優秀ゆえに、調査団メンバーに選出されている。エリスに対して、直接的に差別的な言動をするものは今朝からは1人もいなかったが、数学にしか興味がないソロモン・アイゼンバーグ19歳は、そもそもNワードが禁句だという意識もなかった。
「個人的にはどう思ってるんだ?エリス」
「社会的に継承されてきた意識と感情を変化させるのは時間がかかります。でも、極力その言葉を使ってほしくありません」
「ソロモンは謝るべきです」
「発言は挙手してからだ、アーロン」
アーロンは慌てて手を挙げた。
午後4時34分00秒。 バーナビーはまた、0秒になるまで待った。アーロンには手を挙げたままにさせた。
「ではアーロン、発言しろ」
「ソロモンは謝るべきです。マーク・トウェインも…」
「エリスはそこまでは求めていない。本人が謝る気になれば謝るだろう。そうだな?ソロモン」
「変数によってはその解もありえる」
アーロンとは別の意味で、理解しづらい言い回しをするやつだ。
「よし」
バーナビーは大きく息をついてから、そう言った。
午後4時35分26秒。
「それぞれ言いたいことはまだあるだろうが、この調査団計画の方針を説明するので、それを聞いてほしい。機密情報もあり、本来は部外者のパールマン氏もいらっしゃるので、全ては説明できない。今この場に必要と私が思う部分だけを聞いてもらう」




