<第一部 マンハッタン島編 第五章『ラフ・メンバーズ』シーン5>
(シーン5)
笑顔のまま、胸のあたりで小さく手振りをするオグデンが乗ったエレベーターが降りていくのを確認してから、部室の扉を閉め、閉めきる前に「10分間自習だ。地図帳は自由に見ていい」と3人に声をかけ、もう一度閉め、廊下の隅までパールマンを引っ張っていって、
午後4時10分、 そして小声で問いかけた。
「ロッジ議員の計画を、どこまで…?」
「まったく知りません」
肩をすくめるパールマン。やはりハッタリだったか。
「まぁ、バーナビーさんがこの数週間、今までと違う動きをされてるのは気づいてましたけど」
「では、ラガーディア議員が協力しているというのも?」
「少なくとも私は、聞かされてないですね」
「ラガーディア議員が帰国するというのは?」
「イタリア王国から勲章をもらった、という報せなら受けました。たぶん明日の新聞にはそう載りますよ」
「選挙までに帰ってこないとは思えませんが…」
「そうですね。選挙までには」
"来月帰国する"、"電報を受けた"、とパールマンは言っていた。誤情報とまでは言えないが、ギリギリの駆け引きをマスコミ相手に仕掛けている。当然リスクを伴うし、ハッタリだったことをバーナビーに明かしているのもハイリスクだ。では、リターンは何か?
「あなたご自身は、何を求めてらっしゃるのか?」
「はっきり聞いてきますね」
ふふっ、とパールマンは笑った。
「バーナビーさんには、はっきりとした答えのほうがお好みでしょう。ロッジ議員の秘書であるバーナビーさんに恩を売りたいのです。それだけです」
「私にはその価値はありますか?」
「Wow」
パールマンに驚かれてしまった。
「もちろんです。ロッジ議員の秘書ですよ?」
「私の仕事は権力に影響しません」
議員秘書の仕事は色々あるが、人脈を作るとか資金を集めるといったことは割り当てられてこなかった。バーナビーがしてきたのはロッジのための資料作成とニューヨークにおける日程調整・時間管理である。10年以上共和党で働いていれば人脈はできるが、積極的に築き上げたものではない。
「そう思っているの、バーナビーさんだけじゃないかな?」
「私の価値についての議論をしている暇はないのです。申し訳ないが」
「議論をする価値がある、と言いたいのですが、…まぁ、良いでしょう。そう判断することも含めてバーナビーさんの価値だということで」
――調査団メンバー集合の初日である今日は、バーナビーの認識と自信が揺らぐことがいくつもあった。この計画の価値どころか、自分の価値もあやふやになりつつある。客観的な指標が欲しい。
「ミスター・リードは"数日後にまた来る"と言っていましたが、安心してください。次の日曜日までは私が誤魔化してここに来させないようにしますから」
バーナビーの自信喪失を知ってか知らずか、パールマンは自信ありげに胸を叩く。
「なぜそこまで?」
「恩を売りたいのですよ、言ったでしょう。それに、恩返しでもある」
「あなたを助けたことが私にありましたか?」
「私だけじゃない、"プリンス・オブ・ドキュメント"が作って資料室に置いてくれている完璧な資料に、助けられたことがある共和党員は大勢いますよ」
そのあだ名は共和党全体に知られているのか?
「ただ、バーナビーさんたちがマンハッタンにいるうちは助けられますが、ヨーロッパに行ったあとでトリビューン紙の特派員がいるかも知れないことまでは、どうしようもありません。あしからず」
「いえ、充分です…ただし、…」
「なんですか?」
「プリンスと呼ぶのはやめていただきたい」
アハッ、と軽く笑ってパールマンは、
「わかりました。バーナビーさん!」
明るく返答した。
午後4時15分28秒。
パールマンとともに作戦部室まで戻ってきたら、妙に騒がしい。 アーロンの声だけではない、初めて聞く声も混じっている。気づかぬうちにウィリアム・J・サイディスとソロモン・アイゼンバーグが来ていたのか?
バーナビーはノックをせずに扉を開けた。




