<第一部マンハッタン島編 第一章『冒険への召命』 シーン5-2>
(シーン5-2)
院内ではアーロンはとくに優秀なほうではない。だが、学者の卵として学長に侮られたくはないので、必死で頭を回転させる。回転の前に、自分の書いた論文の内容を思い出さなくてはならないが。
「ウィルソン大統領が、バチカンで何かやろうとしてるのですか?」
「Cプラス」
バトラー学長が冷静に採点してくる。方向性は合ってるらしい。
「ローマ法王と会う(のか?)…その会談は秘密裏でおこなわれる予定(なのか?)…」
たしか、ウィルソン大統領の十四か条演説には、現法王ベネディクト15世の提言を参考にしたと思える条項がいくつかあった…はず。
「Bマイナスだ。まぁ、いいだろう。要するに、ウィルソン大統領より先にバチカンを調査する必要があると、ロッジ議員は考えている」
「議員からは、私が行くように、と言われていたのだがね。私はジャパンとチャイナで別件がある」と、デューイ教授。
「なぁしかし、やはりマニング君が行くべきではないか?」
「まだ戦争がつづいているし、昨日も言ったが情報部の仕事を投げ出すわけにはいかんだろう。マニング君は後方担当を頼む」
…What?情報部?
「アーロン君とマニング君は仲が良いようでもあるしな」
マニング先輩のほうを見る。黙ったまま、ウィンクをしてくる。ぎこちないウィンク。情報部って、あの情報部か?偵察とか暗号とか外国人の調査とかの?軍事機密…ってさっき言ってたような…。
「待ってください、マニング先輩が後方担当って、僕が前線ってことですか?」
「そうだ」
「イタリア語はしゃべれませんよ。それに…えーっと」
それに、宗教史専攻なのに、あまり伝統的キリスト教には詳しくない。アーロンはバージニア大学時代、アーサー王伝説を必死で調べて、それが評価されてコロンビア大学院のMA(修士)課程に入れた。でも、それを今言うと、デューイ教授とバトラー学長という、この学校の権力者二人に強い失望を与えかねない。
「君がカトリックに詳しくないのは知っている」
アーロンが言い淀んだことを、デューイ教授がそのまま言ってくる。知ってるのかよ!
「その余白が重要になるかもしれん。伝統的な見解ではない推察を伴う行動が求められる。言語の問題は、現地で通訳を用意する。イタリアだけではなく、最初はフランスだ。長い旅になるぞ。学籍は保証する。まずは今日の午後5時にロッジ議員に会ってほしい」
まくし立てられて、アーロンには、長い旅になるということしか分からなかった。




