<第一部 マンハッタン島編 第五章『ラフ・メンバーズ』シーン4-3>
(シーン4-3)
「……」
「……」
30秒ほど、沈黙が続いている。
アーロンはキョロキョロしていて不安げだ。デモスも、何が起きているか把握して切れていない様子だ。エリスは冷静に見える。それどころか、バーナビーの資質をこのあとの返答で判断してやろう、と考えてすらいそうだ。
オグデンとの取引において問題なのは、バーナビー自身が、自分の携わっている計画の価値を測り切れていないことだ。大学生を少数引き連れてヨーロッパを調査旅行。これが、ウィルソン大統領に対してなぜ打撃になりうるのか?ロッジはどの程度の算段を立てているのか?…これでは妥当かつ誠実な取引などしようがない。値札も確かめずに、自分の財布の中身もわからずに、買い物をしようとするようなものだ。
「ウィルソン大統領は、『白の組織』と親密なのですか?」
バーナビーは問い返してみた。答えは知っている。時間稼ぎの意味もあるが、調査団メンバーと共有しておきたい情報ではある。
「ご存じのはずです」
オグデンの返答は短い。時間稼ぎであることは見抜かれている。
「いやぁ、私の知らないことをミスター・リードならご存じだろうと思いまして、聞いてみたまでですよ」
苦笑いしながら返すバーナビー。
「そうですね…こちらばかりが一方的に情報を得ているし、このまま私だけが得をすると我が新聞の人気が落ちそうですね」
オグデンもつられたかのような苦笑いをして見せたが、余裕を伴なっている。
「ここにいるのは外交官候補の有望な若者たちばかりですしね」
そういってオグデンは、ウィルソン大統領と白人至上主義結社の関係についての短い講義を始めた。
プリンストン大学の学長だった時代に黒人学生の入学を禁止していたこと、大統領になってから連邦職員の人種隔離政策を限定的にだが復活させたこと、『白の組織』のプロパガンダ映画をホワイトハウスで上映し絶賛する旨の発言をしていたこと…。
聞きながらエリスは、小さい頷きを繰り返している。
「本人が『組織』の幹部であるという確証はありません。でも、親密ではあります、よね?バーナビーさん」
「そうですね」
オグデンの締めの言葉に、バーナビーも頷きながら返答した。
「『白の組織』の大男は、“WWW閣下に君を会わせたい”って言ってました!」
アーロンがまた騒ぎ始めた。口を塞ぐのを忘れていた。
「Woodrow Wilson…WW、あれ?トリプルには一個足りないけど・・・でも…」
「なんだい?聞かせてよ」
オグデンがアーロンをおだてて訊き出そうとする。そうなっては止めようがない。
「でも、ウィルソン大統領が白人至上主義者なら、十四か条はどうなるんですか?」
それは確かに、考慮の価値がある。
「民族自決っていうのは、どうなるんです?」
バーナビーには、答えられなかった。
他の誰も答えられないので、一瞬、沈黙がまた場を支配する。
その中で、エリスが挙手をする。
「発言を許可する」
「ありがとうございます。ウィルソン大統領の十四か条は、一国につき一民族による自治を想定していると解釈できます」
言葉を一旦切って、異論がないのを確かめたエリスが続ける。
「ただしその解釈の場合、現在複数民族で構成されている国はそれぞれ単一民族国家になっていかねばなりません。穏やかな手段で実現することではありません」
――ウィルソン大統領への批判で言われがちな論点だ。
「それに…、アメリカ合衆国自身に『アメリカ民族』と規定できる民族がいないことも難点です」
…やはり、異論は出ない。エリスは間が悪いと感じたのか、
「……以上です」
と、まとめた。
「素晴らしい。今すぐにでも外交官になれそうだ」
オグデンが褒めたたえる。




