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<第一部 マンハッタン島編 第五章『ラフ・メンバーズ』シーン3-2>

(シーン3-2)

オグデン・ミルズ・リードはニューヨーク・トリビューン紙の社長職を先代の父ホワイトロー・リードから受け継いだ。ニューヨークで最大の発行部数を誇った時期もある大新聞であり、長年、共和党と懇意にしてきたのは周知の事実だ。ホワイトローはかつての大統領選で副大統領候補になったことすらある。…が、バーナビーはオグデンと仲良くした覚えなど一度もない。

「冷たいなぁ、バーナビーさん!」

オグデンはわざとらしくおどけて見せた。そういう軽妙さを警戒しているのだ。

「でも逆に、今バーナビーさんの進めている企画がすごく重大で、この若者も重要人物だというのはわかりました。もう少し質問しても?」

マスコミ・エリートゆえの察しの良さ、自信をもって切り込んでくるその姿勢、警戒するほかない。バーナビーはあらかじめ用意してあった答えを返すことにする。

「ロッジ議員の命で外交官育成をすることになったのです」

完全に隠そうとすれば、より深く追われる。だから、少しだけ真実を明かしておく。

「彼らの身の危険につながりかねないので、報道は慎重にお願いしたい」

アーロンに自己紹介をさせなかったことの言い訳として、これで筋は通るはずだ。


「“彼ら”ね…こちらの若者一人じゃないんですね?」

「数名同時に育成するほうが効率的でしょう」

コーヒーカップを再び口元に運ぶバーナビー。

「それはたしかに。でも、この教科書はどうだろう?」

上等なスーツの内ポケットから、オグデンは一冊の冊子を取り出した。

「これ、バーナビーさんおひとりで作ったんじゃないですか?“Absolute”から始まっているのが、あなたらしい」

それはバーナビーの単語帳だった。一体どうやって?資料室に保管した予備を持ち出したのか?


「…そうですが、それが何か?」

動揺を、ほんの一瞬の沈黙ににじませてしまった。コーヒーは飲まずに、テーブルに置き直した。

「この教科書から察するに、育成計画に携わっているのは共和党内であなたおひとりだ。でなければ、こんなアンバランスな内容で簡素な作りにはならない。タイプライターとカーボンコピーだけで作られている冊子。なのに、çのセディーユ(s音化記号)、ãのチルダ(鼻母音記号)は手書きで書き加えられている…全ページで!手製でここまで整ったものを作り、まぁ内容はアンバランスですが、さらに堂々と資料室に置くというのは、資料作成の達人"プリンス・オブ・ドキュメント"と呼ばれるバーナビー・ワイスマン氏が独力でやってるからこそだ。ロッジ議員の指令というのは、まぁ本当でしょうけどね…?」


バーナビーの動揺を突いて、オグデンが大量の言葉をぶつけてくる。バーナビーが21時間かけて作った単語帳をパラパラめくりながら。


(そんな妙なあだ名で呼ばれてるのか私は…?)プリンスも気になったが、バーナビーが考えるべきはそこではない。

ロッジ議員の秘密計画の全容を、バーナビーも知らされていない。だがこれまで、ロッジがバーナビーに“不可能な任務(インポッシブル)”を命じたことは一度もなかった。苦しい時もあったが、乗り越えるたびに成長できた。今回、「可能な限り1人で調査団の監督業を遂行しろ」と言われているのも、バーナビーにはそれができると信頼されているからだ。

メンバー選定、フランスへ向かう艦への同乗許可、共和党クラブビルの一室を1週間使用すること…ロッジが手配したのは以上であり、現場レベルでの判断はすべてバーナビーが一任されている。語学と地理の講義をメンバーに行うのも、単語帳を作ったのも、バーナビーが独断かつ独力でしたことだ。


「教科書は他にも推薦されたものを使っています。それだけでは不足と思い、個人的に重要な語句を一覧できる単語帳を作りました。私ひとりで外交官育成など、できるはずがない」

だから、この返答は嘘だ。オグデンは納得してくれるだろうか?

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