<第一部マンハッタン島編 第五章『ラフ・メンバーズ』シーン3-1>
(シーン3-1)
午後0時14分32秒。
バーナビーは、エリス用の昼食をトレーに載せて、一度5階の作戦部室に行ってから2階の食堂へ戻ってきた。
エリス自身が「この部屋に残ります。食事は自分で持ってきているぶんで十分です」と言ってきた。リンゴとパンも持ってきていたが、それだけでは足りないはずなのでバーナビーが追加で肉類などを持って行った。監督役の指示として、栄養補給を命じた。
(これも盲点だった。あと数日、こんな不合理を続けるわけにはいかない。対策をとらねば)
バーナビーは共和党のトップ権力者であるロッジ議員の秘書なので、食堂やクラブビル自体のローカルルールを無視できなくもない。だが、28日まではわずか6日間、ルール無視はトラブルを呼びかねないし、トラブルまで行かなくても目立ちすぎる。秘密計画である十四か条調査団は、共和党内部にすら極力かくしておきたい。クラブビルにはマスコミや関連団体も出入りしている。さて、対策というのもどうすればいいか…。
考えつつも高速で、規則正しく、バーナビーのナイフとフォークは食事を口に運んでいた。薄味のローストチキンとポテト。できることならもっと、効率よく栄養補給ができる食事を望んでいる。理想的には、咀嚼せずとも済むくらい手早いやつを。バーナビーは自分の仕事も戦争と同様だと思っている。戦地にいるがごとく速く、確実な栄養補給がしたい。戦争によって缶詰食品の技術や内容が発展しており、フランス軍はフランス料理を、イタリア軍はイタリア料理を、とバラエティー豊かな缶詰が導入されているようではある。戦争が終結すれば、兵士以外にも普及していくことになるだろうが、バーナビーが求めている方向性の発展ではない。美味でなくてもいい。一秒でも速く、食事という行為を済ませたい。
砂糖を3つ溶かしたコーヒーを胃に流し込み、バーナビーの食事は終わった。向かいに座っているアーロンはまだ食べている。
「こんな上等な食事をいただけるなんて、一カ月ぶりですよ。もっとかな?」と言っていた。夏季休暇で実家に帰った日に母親が用意してくれていたごちそう以来だという。サンドイッチにハチミツとピーナツバターを大量に追加している。
バーナビーは入り口に近い、室内全体を見渡せる場所にいつも席をとっている。
午後0時33分18秒。
懐中時計を見つつ、アーロンの食事が終わりそうなのを確認しつつ、バーナビーは周囲を見回した。事務職員が数名いるが、いわゆる有力者は今日はいないようだ。
「ねぇ、バーナビーさん」
アーロンから質問された。アーロンの皿にはまだパンが一切れ残っている。
「語学、地理、なんだかスキルみたいな知識ばかりですね?」
「君たちには不足している」
「それは認めますが、もっとこう…、この国とあの国はなんで戦争してるのか、みたいなのをバーナビーさんから聴きたいです」
「それも君たちには不足しているし、講義を行う予定はある。ただ、今いる二人だけにその講義をするのは効率が悪い」
語学力が弱い二人しかいない初日だから語学講義をすることにした。政治知識はメンバー全員にバーナビーのもつ情報を共有したいので、もっと人数が揃う後半の日程になってから講義をする。
「あ…、あと何人かメンバーがいるんでしたね」
「事前に配布した資料に書いたとおりだ」
「興味深いお話ですね」
その紳士は、食堂に入ってすぐにバーナビーたちに話しかけてきた。食堂の外で誰かが近づいている気配はなかったので、少し虚を突かれた形になった。
「いや失敬、バーナビーさん、最近とくにお忙しそうでしたが、このお若い方と何かの企画を進めてらっしゃるんですね?」
バーナビーのことを常に注視しているかのような口ぶり。バーナビーとは同年齢の、新聞社社長。
「オグデン・ミルズ・リードと申します。バーナビーさんとは仲良くさせていただいております」
滑らかな所作で、座っているアーロンに手を差し出すオグデン。
アーロンが立ち上がり、握手とともに自己紹介しようとしたが、バーナビーはそれを手で制した。
「マスコミだ。警戒しろ」
シーン3-2以降は10月22日に投稿予定です




