<第一部 マンハッタン島編 第五章『ラフ・メンバーズ』シーン1-4>
(シーン1-4)
「では、どうやったら人間は戦争しなくなる?戦争はそれぞれ起きる必然性がある」
バーナビーは時計を見るのを諦めた。
「えっとぉ…、マーク・トウェインは『禁止されるからやりたくなるんだ、やらせたいことこそ禁止すべきだ』って言ってましたが…いやそれはマズイか」
答える直前にアーロンは、テーブルの上の『トム・ソーヤーの冒険』に目をやっていた。
(こいつ、話がすぐ飛躍するな…)
それに、子ども向けの冒険小説をカバンに入れていたのは、なんの手違いでもなく真剣な選書だったということだ。理解しがたい。
「では、戦争を好きなだけしても良いですよ、という状態ならみんな戦争はしなくなるということか?わけがわからんが」
「いや、だからそれはちがくて…撤回します」
撤回されては話が進まない。もう次に行こうか、と思ったが、エリスが口を挟んできた。
「ちょっと良いですか?」
「許可する」
バーナビーは時計を見なかった。そもそも時間の余裕は、エリスが早めに来てくれたから辛うじて作れていたのだ。それでもたぶん、予定より180秒以上かかるだろう。
「マーク・トウェインは、『笑いが人間の最強の武器だ』とも言っています。世界平和には、こっちのほうが近そうですよ」
「え!そうなの?トウェイン作品は全部読んだんだけど覚えてないよ」
「『不思議な少年(Mysterious Stranger)』。遺稿がまとめられて2年前に出版されたばかり」
「あー、まだ読めてないやつだ。ヨーロッパへ行く前に読んでおきたいよ。エリス君も、トウェインファンなの?」
「ボクのコミュニティにとっても、トウェインは重要な作家なんだ。アーロンはこう言ってますけど、本屋に行くことはできますか?バーナビーさん」
“全部読んだ”とさっき言っていたのは誤りだったわけだ。思い込みの激しさ、発想の飛躍、それでいて間違いをすぐ認める…スケジュールの作りづらい相手だ。こういうタイプで成功者になった人間に、かつて1人だけ会ったことがある…と、アーロンの持ってきた8冊の中の、『The Rough Riders』を見ながら思い出す。あの人は、まったくアーロンとは似ていないのに…。
「……明日は13時から図書館に行く予定だ。長話が過ぎた。次のプログラムに行くぞ」
9時34分12秒。252秒の遅刻だ。




