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<第一部 マンハッタン島編 第五章『ラフ・メンバーズ』シーン1-1>

<第一部 マンハッタン島編 第五章『ラフ・メンバーズ』>

(シーン1-1)

10秒前。

バーナビーは、手中の懐中時計を見つめた。20年使いつづけているその時計の秒針は、今日も1秒を1秒として刻む。

5…

4…

3…

2…

1…

時間だ。


【1918年9月23日月曜日 午前9時00分00秒】


「来ませんね」

エリスが、とりあえず何も言わないのは無関心に見えそうだから仕方なく、と言った口調で、分かり切ったことを言葉にする。その言葉によって状況が変わるはずはなく、言っても状況が変わらないことをエリスが分かっていないはずもなく、“自分も時間を気にしてますよ”、と伝える意味しかない。まぁ、気にしないよりは気にしてくれるほうが良い。


「想定内だ」

ロッジ議員の私設秘書、T・バーナビー・ワイスマン36歳は短く答えた。強がりではなく、実際に300秒までの遅刻なら想定している。

ウェスト40丁目の共和党クラブビル、5階に臨時設置された作戦部室には、まだエリスとバーナビーの2人しかいなかった。


共和党ヘンリー・C・ロッジ上院議員の秘密計画、『十四か条調査団』の参加メンバーのうち、顔合わせのための初日である本日の午前9時に本来集合可能だったのは、引率役のバーナビーを除けば3名。そのうち、ハワード大学のエリス・C・ダベンポートは30分前に来てくれていた。

学生ではなく、戸籍があるかも怪しいネイティブアメリカンの少女セナ・グレイウィンドは、そもそも参加を期待していない。19日のロッジ議員との面会にも来なかったし、現在も行方不明だ。マンハッタン島のどこかにいるらしいから、29日の出航までに、来たければ来るだろう。どちらにせよ、戦力として想定できる存在ではない。

3人目、コロンビア大学のアーロン・J・ネイバーフッドは、19日の遠隔面会では時間ギリギリに来ていた。成績は特に優秀ではなく、家庭環境からしても…

「遅れてすみません!!!!」


バシンッ!と扉が勢いよく開かれ、寝ぐせ頭とシワの付いたシャツの青年が飛び込んできた。バーナビーも初めて会うが、彼がアーロン・ネイバーフッドだろう。


「すみません!昨日ウォッカを飲んで、たぶんそのせいで…いつもは6時に起きるんですよっ!?朝になったらマニング先輩いないし、なんか起きたら8時半で、イエローキッドに聞いたらタクシーを使うよりも地下鉄なら間に合うっていうし、ギリギリで、間に合うって…なのに途中で転んで荷物をばらまいちゃうし、あぁ、あぁ」 

158秒の遅刻だ。

「落ち着いて、大丈夫です」

エリスがアーロンをなだめている。そしてアーロンの持っていた大きな旅行カバンを、自然なしぐさで受けとり、壁に立てかけた。


「ありがとう…君は?」

「エリス・C・ダベンポート。アーロン君だよね?同じ調査団のメンバーだ」

「あ、アーロンです…。アーロン・J・ネイバーフッド。よろしく…ありがとう」

エリスが差し出した手と、アーロンの手の握手はスムーズだった。バーナビーは30分前に、…いや31分前に、エリスと握手するのをほんの一瞬だがためらったのを思い出す。


「ウォッカはロシアの酒だが、どこでどう手に入れた?」

バーナビーは、自己紹介の前に尋ねてみた。想定猶予の300秒までは、あと70秒ある。

「えっ…、と言われても、マニング先輩が飲ませてくれたので、僕は何も、手に入れるって言っても、先輩って情報部だから…あ!これ言っちゃダメなやつだ!!」

アーロンがバタバタ手を振っている。

クラレンス・A・マニング…コロンビア大学の博士号持ちの講師。十四か条調査団ではニューヨークにとどまり後方担当となる。学生の身でありながら陸軍情報部に所属しており、ロシア方面の情報翻訳に携わっている。ウォッカを入手できるルートを持っているということだが、まぁ不思議ではない。

「マニング博士が情報部所属なのは、ロッジ議員と私にとっては既知だ。君はとにかく、落ち着け」

「は、はい…」


イエローキッド、つまり新聞漫画のキャラクターに道案内をしてもらったとか言っていたのも気になるが、比較的どうでもいい。想定猶予の300秒を少し過ぎてしまった。9時05分08秒。

「私はトーマス・バーナビー・ワイスマンだ。ロッジ議員の秘書だが、今日からはこの『十四か条調査団』の監督役を務める。今後は時間厳守で頼む」

エリスは冷静な表情で、アーロンはまだきょろきょろしながら、とりあえず姿勢だけは正してくれた。


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