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<第一部マンハッタン島編 第四章『懺悔室の手記』シーン3-4>

シーン3-5以降は10月17日に投稿予定です

(シーン3-4)

〈けれど息子よ、疑いを楽しむということは、裏を返せば神のことを真剣に思ってている証でもあります。無関心な者は、疑うことすらしません。疑いを味わうあなたの心は、神のことを軽んじているのではなく、むしろ深く関わろうとしているのです〉

なるほど、確かに神様という存在については興味がある。


〈使徒トマスもそうでした。復活の主に触れるまで信じられず、仲間の証言を疑いました。しかしその疑いは、主との出会いをいっそう強いものにしました。『わたしの主、わたしの神よ』――そう告白したのは、疑ったトマスでした(ヨハネ20:24~28)〉


トマス、それは友の名前。トマス・J・ジェファーソン。


〈だから、疑いを楽しむ気持ちを恥じるよりも、それを神との対話の入口としなさい。その問いの先に、必ず神の応えが待っています〉

「トマス…トマスは、僕の親友の名前でした。二か月くらい前にフランスで戦死して…。僕の、宗教への疑問や仮説を、トマスはいつも面白がって聞いてくれていました。僕よりは、普通に神様を信じていた思うけど、あぁでも、いっしょにミサでいたずらしたこともあったな、いや、今のは聞かなかったことにしてほしいのですが…」

少し興奮しすぎて口がすべっている。格子の向こうの神父は、続きを待ってくれている。


「…つまり、トマスが死ぬときに、彼は神に救われたのでしょうか。それは気になっています。だから僕も…」

アーロンにはこれ以上は続けられない。体面的に、フランスに行くのはロッジ議員の秘密任務なので、口外できない。個人的にも“トマスを救いたい”という決意が芽生えはしたが、それは何の具体性も計画もない。


〈トマスという友を失ったのですね。息子よ、その痛みを神に隠す必要はありません〉

アーロンが言い淀んでいたのを、出征する兵士が戦争に怯えているのだと受け取ってくれたようだ。それは、半分嘘だが半分本当なのだ。

〈あなたが彼を思い出すとき、神もまた彼を忘れてはおられません。人は戦場で倒れるとき、祈る余裕もないかもしれません。けれど、救いは人の口に出した言葉に限られません。わたしたちの心の奥底を、神はご存じです。ミサでいたずらをして笑った日も、信仰に迷いながらも祈った日も、すべて神の前に差し出されているのです〉

「でも、戦争さえなければ…」

〈そうですね…〉


神父様も、少し言葉を途切れさせた。だが、すぐに語り直し始める。

〈この国の教会は、今まさに兵士たちを祈りと支えで送り出しています。兵士たちの務めを正義の戦いとして神に委ねています。だから、あなたの友もまた、その務めを果たすうちに神の御手に迎えられたと信じてよいのです〉

僕とトマスが、もし敬虔なカトリックの信徒なら、その言葉で納得できたかもしれない。

耳が慣れたのか、懺悔室の外のざわめきが聞こえるようになってきた。聖堂の外では車も普段通り行き交っている。


〈息子よ、トマスのために心を痛め続けるのではなく、彼を神のうちに委ねなさい。『主が家を建てられるのでなければ、建てる者の勤労はむなしい』(詩編127:1)。そして、あなた自身もまたこれから果たす務めを、ただ恐れるのではなく、神にゆだねて歩みなさい〉

「ウィルソン大統領のことはどう思われますか?」

少し熱くなっていたアーロンの心が、逆に少し冷たくなっていた。

〈ウィルソン大統領は、彼は長老派でしたね。カトリックの秘跡に連なる人ではありません。けれども、彼の心に神への畏れと真摯な祈りがあることはたしかです〉

唐突な話題の変更にも、神父の声に動揺はない。


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