<第一部マンハッタン島編 第四章『懺悔室の手記』シーン3-1>
(シーン3-1)
9月22日午後2時30分ごろ
金縛りにあっているアーロンに一瞥だけをくれて、ダブル・ホワイトは去っていった。
数十秒経って、その男が確かに聖堂の外に行ったのを見届けてから、アーロンは体をきしませながら動かす。落ち着かないまま、懺悔室に入る。せまい。
「Hello…いや、ハローでいいんですかね?」
呼吸を整えてから話し始めたつもりが、妙なあいさつになった。
「すみません、こういう本格的な告解ってしたことがなくて…」
部屋の狭さのせいか自分の声の反響が、普段とは違いすぎる調子で聞こえる。
目の前にある格子の向こうに、対応してくれる神父だとか牧師だとかがいる…それくらいは知っている。声が答えてくれた。
〈息子よ、ここでは言葉の選び方を気にする必要はありません。ここは裁きの場ではなく、赦しの恵みを受ける場ですから、ご安心なさい〉
数時間前に告解の申し出を取り次いでくれた若い司祭スペルマンではなく、50代くらいの声に聞こえる。
〈あなたが神の御前に出る心を持っていること、それがすでに告解の始まりです。緊張するのも当然でしょう。多くの者が初めてのときには同じ気持ちになります〉
やさしく、落ち着いた声だ。これまで何千回も告解を受けてきたのだろうという経験の深さが感じられる。
「あ、ありがとうございます…えっと…それで…どうすれば?なんでも聞いていいって話は聞いたことありますが…」
50代くらいの僧侶なら、かなり偉い人かもしれない。葬儀の準備と盛儀ミサで忙しそうな日に、そんな人に時間をとらせて良いのだろうか。
〈よいのです。安心して、思うままに話してください。神の御前では、人は皆ただの子どもです。あなたの胸の中にあるもの――後悔や迷い、恐れや望み、罪。――思うことがあれば、そのことを素直に言葉にすればよい〉
「いやでも、今いちばん聞きたいのはさっきこの懺悔室から出てきた人のことなんですけど…さすがにそういうのはダメですよね?」
〈それは、なりません〉
やっぱり。ある意味では安心しながら、アーロンはやっと、椅子に座るべきだということを思いつく。古びた椅子だが頑丈で安定している。
〈ここで語られることは、神とその人の魂とのあいだにだけ属します。わたしと教会には、告解をした者の秘密を他に漏らすことは決して許されていません。もしあなたがその人について不安に思うことがあったのなら、その不安そのものをここで神に差し出しなさい〉
ダブル・ホワイトとのやりとりを聞かれていたのか、それともアーロンの動揺がわかりやすすぎたのか、先回りしてうながしてくれた。
「あぁ、そっか…それを訊けばいい、と。えぇ、彼には、”君は地下室から出てこられるのか”と言われて、それが異様に…その、気になっています」
〈……地下室、とは何を指しているのですか?〉
説明不足すぎた。
周囲の壁を見回してから、その本がまだ自分の手の中にあることを思い出して、説明をはじめた。
シーン3-2以降は10月16日に投稿予定です




